依存症当事者の家族がお金の管理をする目的は
こんにちは、さーです。
久しぶりにギャン妻時代のことを書きます。
ギャン妻時代というか、ギャン妻時代を経て気づいたお金の管理について。
配偶者や、生計を一にしている家族のギャンブル依存症が発覚したらまずするべきことは「お金の管理」
生活費の管理、と言ってもいいかも。
ギャンブルに生活費を流れさせないこと。
ここで知っておいてほしいのは、
お金の管理をする目的は、
当事者をギャンブルに行かせないため ではない
ということ。
ひどい依存症の人はお金が無くてもどっかしらから調達していきますからね。
お金を管理する目的はあくまで
「生活費を確保する」
「生活費をギャンブルに流用させない」
ため。
GA(依存症者の自助グループ)のハンドブックにも載っているニーバーの祈りに当てはめて考えてみます。
<祈り>
神さま、私にお与えください
自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを
変えられるものは、変えていく勇気を
そしてその二つの物を見分ける賢さを
※GAハンドブックから引用しています
家族が変えられないこと
⇒依存症当事者がギャンブルへ行かないと決断すること
(当事者の行動や思考は当事者にしか決断できない)
家族が変えられること
⇒ギャンブルに流用するためのお金を当事者に渡さないと決断すること
(お金だけでなく、勝手に売られて困るものはしっかり守る)
自由にお金が使えなくなって、結果的にギャンブルが止まる人もいるかもしれません。
だけどそれは根本的な解決にはなっていないので、どこかからお金が手に入れば結局ギャンブルへ行くでしょう。
家族がお金を管理する=当事者のギャンブル止まる
ではないので、そこは分けて考えたほうが良いです。
・家族がお金を管理することで生活費が守られる
・ギャンブルに行くか行かないかは本人が決断する
もし家族がお金の管理をしたことで、よそからお金を借りてきてギャンブルに行って借金を抱えたり、犯罪に手を染めてしまったとしても、それは本人の責任であって、家族が責任を負うことではありません。
本人が作った借金や、犯した罪は本人が償うべきことです。
それが怖くてお金を渡してしまったり、借金を肩代わりしてしまったりする人もたくさんいると思いますが。(私もそうでした)
ここの線引きができないと、待っているのは底なしの共依存です。
すでに共依存の渦中にいると、この内容も理解するのはすごく難しいですね。
私も夫と離れてやっとわかってきたぐらいなので。
じゃぁどうしたらいいのよ?
と、家族は思うかもしれませんが、
お金を渡さないように管理してください。
あなたが生きていくために。
ただそれだけです。
それができないのならば、離婚や別居など、物理的に離れる方法を見つけてください。
当事者を変えることではなく、自身が当事者から離れるためにできることへ注力してください。
家族はギャンブル依存症ではないのです。
ギャンブル依存症に苦しむ必要はありません。
「どうしたらいいの?」
と考えている時点で、依存症当事者をどうにかコントロールしようとしている状態です。
それはつまり立派な共依存です。
繰り返しになりますが
家族には当事者の行動や思考を変えることはできません。
コントロールなんてできないのです。
依存症当事者ではなく、あなた自身がどう生きたいのかを最優先に考えてください。
あなたがあなた自身にできることを、最優先に行動してください。
人生の主語はいつだって「あなた自身」です。
この記事の内容が誰かの役に立ちますように。
良ければこちらもどうぞ↓
私の失敗はこちら↓
事後報告で別居してから8ヶ月
こんにちは、さーです。
大変ご無沙汰しています。
めちゃんこ久しぶりのブログ。
私のことを覚えている人がいるか分かりませんが、こんな理由ではてなブログを始めました↓
って、今見たらちょうど3年前の今日ですね。自分で書いててびっくりです。
夫のギャンブル依存症が発覚してからのことを思い出しながらポツポツと記事を書いていましたが、今はもうほとんど更新していない状態。。。
前回の記事はこちら↓
夫と別居すべく、アパートを借りるための審査を申し込みましたよという記事でした。
それから10か月、現在は無事に(?)夫とは別居し猫と2人暮らしをしています。
とりあえず、毎日がめちゃくちゃ楽しいです。
アパートの審査が無事に通ってから夫に
「アパート借りたんで猫と2人で出ていくわ」
と宣言。
という名の事後報告。
もちろん夫は困惑&激怒してましたが、最終的にはお互いが単身用アパートへ引っ越すことでひとまずは収まりました。
肝心の離婚についてはまだきちんと話せていませんが*1
まずは離れて暮らしてみようよ、という感じですかね。
それでやっぱり戻りたいと思えば戻るだろうし。
だけど3月から別居して約8ヶ月…。
元に戻る気が1ミリもしねぇ。
ひとり暮らしが快適すぎて、もとに戻る理由が全く見つかりません。
別居してからも月に1~2回は夫と会って買い物に行ったり、出かけたりすることもあるんですけど。(私が車を持ってないので大きな買い物をするときとか、ネコの病院へ行くときとか)
夫は別居とほぼ同じタイミングで仕事を辞めて、開業届を出して独立しました。
それだけでは食べていけないようなのでもう一つ仕事をしながら。
ただ以前より収入は下がっても、無駄な人づきあいが減ってストレスも激減したそう。何よりとても楽しそうだし、小さいながらも結果は出しているみたいです。
夫が結果をだせたのは、別居したからこそだと私は思っています。
多分、私と一緒に住んでいたらそこまで仕事に集中できなかったはず。
ただやはり離婚となると、手続き的に面倒だし、今の距離感がお互いに快適だからあやふやにしてる状況ですね。
いや、手続き的に面倒なのではなくて、精神的に面倒なんですね。
周囲への説明もそうだけど、
納得の上で離婚をするとしても喪失感は絶対にある。
ただ、このままの状態はよろしくない。
今年もあと40日ほど。
年内に少し話をしなくちゃなぁ…。
そんなことを考えているところです。
そういえば明日は…
2年前の私はこんな状態でした。↓
あの頃の私は、今の自分を想像できてなかったなぁ…(しみじみ)
*1:+_+
はじめのいっぽ
こんにちは、さーです。
Twitterをやめた今、どれだけの人がこのブログを見ているかわかりませんがw
ポチポチと更新してみます。
実は…、一人暮らし(withねこ)の物件が決まりそうです!
今まだ審査中なので、正直通るかドキドキですが。。。
先週金曜日に内覧に行って、土曜日に申し込みをしました。
自分でも今年に入って、こんな早い段階で動き出すと思ってなくて正直びっくりです。
動いたきっかけは、ネコベヤというサイトを眺めていたこと。
このサイトは福岡市内のねこ飼育可能物件をチェックできるサイトです。
何となく眺めていると、私の希望のエリアに、希望通りの家賃で、希望通りの間取りの部屋が掲載されていたのです!!
で、そこですぐに問い合わせなどをするわけではなく(ないんか~い)、
「引っ越しする目途が立った時に同じような物件が空いてたらいいな~」
ってな感じでその日はサイトを閉じました。
でも次の日になっても、頭の隅にその物件のことがチラついていて。
「引っ越しをする目途がたったらって…、その目途ってやつはいつ立つのかい?」
と、RADばりに自分に問いかける自分が現れました(RADファンの方すみません)
引っ越しの目途なんて、自分で立てない限り、立つわけないなってことに気づきまして。
ひとまず問い合わせをすることにしました。
「この物件に駐車場はついていますか?」と。
結果的に、その物件には駐車場も無ければ、私が問い合わせをした時にはもうすでに契約者が決まっていたのですが、不動産会社の方が、
「希望条件を伺えれば、いくつかピックアップしておきますので内覧に来られませんか?」
と言ってくれたので、そっかーまぁ行ってみるか~みたいなノリで内覧に行くことに決まったわけです。
たった一通メールを送っただけで、こんなにもとんとん拍子に物件探しが進むものかと、正直拍子抜けでした。
自分が自分にどこかでロックをかけていたのですが、それは、
①自分が派遣社員であること
②親はもういい年なので保証人をお願いできないということ
③ねこがいること
ざっくり上げるとこんな感じですかね。
でも今、まだ審査が終わってないので何とも言えませんが、自分でムリだと思っていた問題は、ほとんど問題ではなくなりました。
①については、不動産屋さん曰く、今は正社員だろうが、派遣社員だろうがあまり関係ないそうで。(もちろん全く関係ないわけではないと思うけど)
例えば、カードの支払いが滞っていることがあったり、家賃保証会社と過去にもめているという経歴などが無ければ、大きな問題ではないそうです。
②については、最近では保証人が立てられない人のための保証会社もあります。(その分お金はかかるけど)私の父は今もまだ再雇用されて正社員で働いているので、頼めば引き受けてくれたかもしれませんが、何となく今回は独身の兄にお願いしてみました。
ダメもとだったけど「いいよ~」と快くOKしてくれたので感謝しかない。
ちなみに兄には「私が一人で暮らす部屋を借りる」ということは伝えていませんw
時期を見て伝えようと思います。
③については、もう、言わずもがな。ねこ飼育可能物件に特化した不動産屋さんなので安心してお願いできました。
希望条件をメールで伝えるとき、自分のねこ飼育に対するこだわりが強すぎて、自分自身に若干引きましたがww
不動産屋さんの担当者さんもねこを飼っているとのことで、「わかりますよ~」と明るく答えてくれて、ほっと一安心です。
そんなわけで、今はまだ審査中ですが一人で暮らせるおうちが決まりそう。
もうワクワクしかないねっっ!
で?離婚が決まったの?
いいえ?何も?www
まだ物件に申し込んだことは夫には伝えていませぬ。
というか、私が家を出ることも彼は知りません。
現在の私たちはというと、まぁ、普通に暮らしています。
一緒に出掛けるし買い物も行くし、テレビも見ます。会話も普通にします。
昨日は一緒に太宰府天満宮に行ってきました。
ただ、彼も今、仕事を辞めて独立するために色々と準備をしているようです。
お互いにとって今年は大きなリスタートの年になりそうです。
って、そう思ってんの今はまだ私だけだけど
とりあえず審査が通ったら伝えようと思います。
まずは別居からですかね。
なんかもうこうなるとギャンブル依存症とか全く関係ないのですが、とりあえず、家族という括りに収まらなくてもいいのかなと思っているところ。
家族という距離があるために、私たちの場合いがみ合ってしまうことがあるような気がするので。
独立のために頑張る彼を応援したいし、私も自分の夢に向かって注力したい。
だからお互い、家族ではなく同志として頑張ろうじゃないかと。
まぁ、夫がそれに納得するかどうかは分かりませんが。
再放送のおっさんずラブで吉田鋼太郎と大塚寧々が(結果的に)円満離婚するシーン観て思ったのだけど、結婚したからって一生添い遂げなきゃいけないっていう考え方そろそろ変えてもいいんじゃないですか。転職みたいにもう少し気楽にできませんかね。。。
— さー@自立目指すギャン妻 (@live_seaside) 2019年1月3日
昨年再放送されていたおっさんずラブを見て思ったこと。
今でもホントに心底思います。
というわけで、お部屋の審査が通ったら、夫に前向きな「解散」を提案してみようと思っているところ。
とってもまとまりのないとりとめのない、ホントにただの日記みたいになりましたw
ま、いっか。
とりあえず、文句ばかり言ってなかなか行動に移せていない人は、まず行動に移してみましょうよ~って言いたい。
やってみれば案外とんとん拍子に物事って進むことがある。
その先にはもうワクワクしかないですよ~。
当たり前だけど、動かないと何も起こらないんだなと実感した次第です。
では、また~。
このブログの初めはここから↓
自分のレッテルは自分で剥がしますね。
あけましておめでとうございます。
ものすごく久しぶりにブログを開きました。
前回更新したのは約1年前だそうです(汗)
昨年1月15日に更新した記事↓
さて、昨年の年明けのTwitterで私はギャン妻卒業を宣言しました。
ギャン妻卒業というか、Twitterのギャン妻アカウントを終わらせる宣言ですが。
明けましたね🌅2019年🐗後厄の私です🐶どんな形になるかは分かりませんが、今年をギャン妻卒業の年とします。なので今年いっぱいでこのTwitterアカウントもお終いにします😊なりたい自分になるために亀のスピードでも歩みを止めずに行きます🐢あと12ヶ月、よろしくでっす🤩
— さー@自立目指すギャン妻 (@live_seaside) 2019年1月1日
ギャン妻卒業についてのブログ↓
もう2020年も明けて4日が経とうとしていますが、まだTwitter稼働中ですw
このブログで1年を振り返ってから終わりにします。なんせ年末ぼろくそ忙しくて締めくくりの言葉も何も考える暇がなかったもんで…(という言い訳)
2019年の振り返り
実は私、転職しました~!いままで夫の扶養にはいってパートとして働いていましたが、フルタイムの仕事へ転職することが出来ました。
以前の職場はずっと働きたいと思っていたところだったので、辞めることは自分の中ではかなりの葛藤でした。でも人間関係も含め、組織として色々難ありだったので、結果として辞めてよかったと思っています。
今は派遣ですが、半年後には直接雇用になれる予定。
自活への第一歩を踏み出せた…と思いたい。
昨年の夏には仕事の人間関係でかなりメンタル弱ってたのです。胃腸の調子も最悪で。
でも秋に転職を決意してからは、一気に体調が回復しました。
なんか今まで体にまとわりついていた靄が晴れたみたいに。環境を変えることで、いろいろとリセットできたのかなと思います。
パートからフルタイムになったので、自由に使える時間は減ったけど、付き合う人や、生活のリズムが変わったことが良い方向につながったようです。
あと、とっても弱ってるときに会った占い師さんがとても良い人で、そこで話を聞いてもらったりアドバイスしてもらったのも私的にはプラスに働きました。
2020年からのこと
で?結局離婚するのかどうか?という点については、未だ未定です( ;∀;)
今年中にはできる…かな…。
ですが、Twitterで自分をギャン妻と名乗ることはこれで最後にしようと思います。
自分で自分のギャン妻というレッテルを剥がします。ペリッ。
これからは理想の自分として、Twitterやブログを続けていきます。
今年も今年でやりたいことたくさん。
ハンドメイドをもっと本格的に始めて、お店も出す!英会話も再開して、今の仕事でももっと活躍できるようなる!
私と同じように夢を持つ人たちをサポートできる人間になるために、たくさん動こうと思っています。
Twitter界隈にはひっそりといるので、見かけたら声かけてください(*´∀`*)エヘ
このブログは多分気が向いたときに更新すると思います。
ギャン妻時代のお金管理についてとか。(書く書く言いながら全然書いてない)
お勧めの本とか。
(って自分で書きながらホントに書くのか自分…と疑問符が…)
最後に
ギャン妻Twitterで関わってくださった皆さま本当にありがとうございました。
たくさんの刺激とたくさんの勇気をもらうことが出来ました。
皆さまにとって本年もよい一年となりますように。。。
私がギャンブル依存症の夫の嘘をスルーできるようになったワケ
夫のギャンブル依存症が発覚してから、私が一番悩んだのは夫の嘘つきグセでした。
夫はギャンブルや借金に関する嘘だけでなく、全く関係のない日々の中の会話でもちょくちょく嘘をついていました。
多分これはギャン妻さんあるあるだと思います。
こちらからすると本当にどうでもいいようなことで嘘を繰り返す夫。
何度も
「嘘をつないでほしい」
とお願いしました。
でも夫には私の気持ちは伝わらなかったようです。
当時、誰にも相談できなかった私は、ネットに頼るしかなく、グーグルの検索に
「嘘 夫 理由」
「嘘 治す 方法」
「ギャンブル依存症 嘘 夫」
など、思いつく限りに検索しましたが何も納得のできる答えは見つけられず…まぁ、当たり前ですけどね。。。
人間、全く嘘をついたことのない人っていないですよね。
私だってどうしてもしんどい職場から逃げたいときには上司に嘘ついて退職したことあるし、乗り気じゃない飲み会に、それっぽい適当な(嘘の)理由をつけて断ったりしたことはあります。
生きるため、人間関係を円滑にすすめるために必要な嘘もあると私は思っています。
だけど夫のつく嘘は、私からしてみれば「そんなことで?」と思ってしまうようなレベルのもの。
夫は、私という人間をギャンブルによる借金でこんなにも傷つけているにもかかわらず!
どんなにお願いしても「嘘をつく」という行為をやめてくれない。
日本語が通じないの??
私のことおちょくってる??
反省してないよね??
人として恥ずかしいと思わないの??
もう本当に一時はノイローゼになるかと思うくらいに悩みましたし、夫を罵る言葉ばかりが頭の中を占領していました。
2度目の借金が発覚したあとに、二人で夫の実家に行ったときのことです。
そのときにお義父さんがまず最初に夫に対して言ったのは、
「嘘をつくのが一番ダメ!!!小さい頃からそう言ってきただろうが!!!」
ってことでした。
私もそれを横で聞きながら、
「そうだそうだー!!」
なんて心の中で頷いてましたが、よく考えてみればそう言われて育ってきたにもかかわらず、大人になってもなお嘘をつき続け周囲の信用を失っている夫。
もう私にとっては謎でしかありませんでした。
その頃の私は、
「夫の嘘をいかに暴くか」
ということに全身全霊を捧げていました。
私の夫に対する嘘センサーは、エスパー並みだと思います。
だけどある日気づきました。
こんなことしてても意味がないなと。
きっかけは、「祈り」の言葉を自分自身に問いかけたことです。
ギャンブル依存症当事者とその家族でGAやギャマノンに繋がっている人なら、おそらくほとんどの人が聞いたことがあると思います。
私がこの「祈り」の言葉を自分自身に問いかけたのは、『7つの習慣』という本を読んだのがきっかけでした。
- 作者: スティーブン・R・コヴィー,フランクリン・コヴィー・ジャパン
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読んだことのある方は知っていると思いますが、『7つの習慣』の中で「祈り」が引用されています。
<祈り>
神さま、私にお与えください
自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを
変えられるものは、変えていく勇気を
そしてその二つの物を見分ける賢さを
※上の文章はGAハンドブックから引用しています
この本を読んだのは、たまたま自己啓発本として何度めかのリバイバルをしており話題になっていたからで、夫のギャンブル依存症をどうにかしようと思ったからではありませんでした。
だけどこの本を読む中で「祈り」の言葉を自分に問いかけてみたとき、私は今まで悶々と悩んでいたことが、一気に晴れて目の前が明るくなったように感じました。
夫が変えられないことって何だろう
夫が変えられることって何だろう
私が変えられないことって何だろう
私が変えられることって何だろう
GAやギャマノンのハンドブックは一通り目を通していたつもりでしたが、この「祈り」の言葉を自分自身に問いかけたことはありませんでした。
夫が変えられないこと
→ギャンブル依存症であること
夫が変えられること
→今日一日、ギャンブルに行くかどうかの選択
私が変えられないこと
→夫がギャンブル依存症であること、嘘をつくこと
私が変えられること
→夫とこれからも家族として生きていくかどうかの選択
考え出せばもっとたくさんあります。
だけど、この事実に気づいたとき、私は夫をコントロールすることをやめました。
だってコントロールできないんだもん。
嘘をつくことも、隠れてギャンブルに行くことも。
だけど夫と夫婦としてやっていくかどうかは自分で決められる。
自分でコントロールできることです。
私は自分でコントロールできることに目を向けようと決めました。
それからはかなり心に余裕ができました。
具体的には、あー、今嘘ついてるなって気づいてもスルーです。
どーでも良いような小さな嘘や、もしかしたらスリップしてる?と思うようなことでも、基本的にはスルー。
私がするのは夫の通帳と自分の通帳、キャッシュカードの管理。
(お金の管理についてはこちら↓)
朝帰りしようが、嘘ついて遊びに行ってようが、そのことを言及することはありません。(ツイッターにはちょいちょい愚痴ってるけど笑)
今は離婚に向けて自分にできることを努力している毎日です。(今年中に離婚する日を決めたい、ぐらいのゆるさですけどね…)
さらに今になって思うのは、私にとっては「どーでも良い理由」でついていた嘘も、夫にとっては「死活問題」に相当するくらいの嘘だったのかもしれないということです。
私が「そんなことで?」と思うような嘘でも、
もしかしたら夫にとっては
「今ここで嘘をつかないと!俺の尊厳が!!俺のアイデンティティが侵される!!耐えられない!!ぬおぉぉぉぉぉl!!!」
っていう、そのぐらい逼迫した心理状態だったのかも。
(知らんけど)
夫と私の間で、それだけ一つの嘘に対しての認識が違っていれば、
「アナタ チガウクニノ ヒトデスカー??」
ってくらいに分かり合えなくてもしょうがないのかも。
もしも今、絶賛ギャン妻、ギャン夫とし苦しんでいる方がいたら、
この「祈り」の言葉を自分自身に問いかけてみてください。
あなたに変えられることは、何ですか?
あなたがどうやったって変えられないことは、何ですか?
この言葉、依存症に限らずすべての人間に送っていいくらいの素晴らしい言葉だと私は思っています。
世の中って、結局自分で変えられるものと、自分では変えられないものの2つしか無いですから。
(あと、『7つの習慣』めちゃお勧めなので読んだことない方はぜひ)
ちなみに、義実家に二人で行ったあとの後日談があります。
その翌月に夫のお祖父ちゃんの法事がありまして。
それは借金が発覚する前から決まっていたことなので、夫一人が帰ったんですね。(お葬式も夫一人が帰ったので)
その時、まだまだ夫をコントロールしようとしていた私は、夫のケータイを覗き見しました。
するとそこには義母から夫へのメッセージが。
「法事は出なくてもいい。お父さんともう一度話してほしいから、法事という口実で帰ってこい」
というものでした。
ぅおぃっっっ!!!
親が息子に嘘つかせとるやないか!!!
いや、法事のためじゃなくても、帰省することに対して私文句言いませんけどね???
義両親は、
「夫が依存症になったのは嫁にも原因があるから二人で反省しろ」
っていうスタンスだったのですが、私からの反応が義両親の期待するものとは違ったようで、私のことは抜きにして息子を再度教育したかったみたいです。。
まぁ、もう好きにしてください。
では今日はこのへんで。
自分の人生は自分で決めます↓
貧血体質に悩んでいたら、母を許せるようになってきた
私と母は決して仲の良い親子ではありません。
いわゆる”毒親”エピソードはたくさんあり、大人になってからその思い出に悩まされたり、突然思い出して涙が止まらなくなることもありました。
今でこそ何となく平和に関係を続けられているのは、私が結婚して実家を出たことと、物理的に遠い場所でお互い生活していることがあるからだと思っています。
私は健康診断をすると2年に1回くらいの割合で貧血を指摘されます。
普段の生活の中でも、疲れやすさや寝起きの悪さ、冷え性や鬱っぽさなど、貧血からくる症状を体感しています。
鉄分のサプリメントを飲んだり、漢方のクリニックに通ったり、生理前には好きでもないレバーを買って調理したり、貧血に良いとされることは積極的に取り入れて改善を目指しているところです。
先日こんなことを知りました。
「貧血の母親から生まれた子は貧血になりやすい」
(あくまでなりやすいってだけで全員が全員そうなるわけではないです)
私は兄と2歳はなれているのですが、母親が私を出産したとき兄は2歳5ヶ月。
つまり、母が私を妊娠したときは、兄を出産してから1年7ヶ月しか経っていない計算になります。
出産は女性から大量の血液を奪います。10か月もの間胎児を育てるためにも、はがれた胎盤の傷跡を治すためにも大量の血液が必要です。
また母乳はヘモグロビンがないだけで血液からできているので、乳児に毎日授乳するだけでも多くの血液を失います。
妊娠出産してから体が完全に回復するまでには、2年ぐらいはかかると聞きました。
つまり母は完全に体が回復する前に私を妊娠出産し、そのまま育児に突入したのです。
今の私が貧血気味なのもそれが原因なのかなと、長年悩んできた貧血に対して、少し腑に落ちたような感じです。
で、なんでこれが毒親の話につながるのかってことですが。
”母が貧血状態で私を産んだから、私も貧血体質になった”
この部分だけをとらえると、私が貧血=母親のせい のようにも思えます。
だけど、母親が貧血だったのは、もしかしたら祖母が貧血状態で母親を産んだからかもしれない。
そう考えると、私が貧血体質になったのは母一人のせいではないし、
むしろ母も私と同じ立場だったのかもしれないということに気づいたのです。
私は母一人の影響を受けて生まれてきたのではない。
当たり前だけど、母親のおなかで育てられて、母親の体から産み落とされてはいますが、母一人だけの存在では私はこの世に誕生していません。
母の祖先、父の祖先、それぞれが育ってきた環境があって私が生まれ、育ってきました。
母との”毒親”エピソードが頭から離れずに悶々としているときに、ふと思ったのです。
この貧血の連鎖と同じく、
もしかしたら母も母なりに”毒親”エピソードを背負って生きてきたのかもしれないと。
母と祖母は仲の良い親子ではありません。
私と同じように、母も祖母に対して色々な思いを抱えていることは、2人を見ていれば何となくわかります。
幼少時代に母が私を無視したのも、容姿についてひどい言葉をかけてきたのも、私の言葉を信じてくれなかったのも。
全く同じではないにしろ、母も同じような体験を背負って大人になって、そのつらさや怒りを自分の中で消化する暇もなく親になってしまったんじゃないかと、最近になって思うようになりました。
私は今年37歳になりますが子供はいません。
母は25歳で兄を産み、今の私の年齢の時には3人の子育てをし、38歳の時には4人目を産みました。
25歳の頃の自分に、自分の理想とする子育てが果たしてできただろうかと思うのです。
今だって自分のことで精いっぱいなのに、3人も子供がいたら自分の時間なんて取れないだろうし、子供にとって100%理想の親になんてなれる自信は全くありません。
母の生きてきた環境や思いを想像すると、まぁしょうがなかったのかなと思うようになりました。
「許す」という言葉を使うとなんだか大袈裟な気もしますが、少なくとも「母に対する怒りの感情が心を支配して何も手につかない!!!」という状況はなくなりました。
もちろん、母からかけられた言葉やされたことに対するつらい感情は消えませんが、母が私にそんな態度をとるまでには、母が育ってきた環境と、母の中の葛藤があったのだと思います。
そんな風に思えるようになったのも、ある程度私が年を重ねたからなんでしょうね。
相手の立場になって考えろ
なんてよく言われるけど、実際に同じ境遇にならないとなかなかわからないものです。
私よりひどい毒親エピソードがある人には、私がこんなことをブログにつづっていても共感はできないかもしれませんけどね。。。
私が許せたんだからお前も許せよ!
ということではありません。
あくまで私の場合はこんな経緯でこうなりましたってだけです。
では今日はこの辺で。
依存することは生きるために必要なこと
先日とある本読む機会があり、そこに目からウロコなことが書いてあったのでブログで皆さんにシェアしておこうと思います。
ただこれは、物事において一つの考え方であり、正解ではないので念のため。
その本は依存症に関する本ではありません。
とある団体が自費出版のような形で出している本なので、アマゾンで探しても
出てきませんでした。
その本に寄稿されていた内容は、「自立とはどこにも依存しないことではなく、依存先を増やすこと」
寄稿していたのは熊谷晋一郎氏です。
自立=どこにも依存しない!一人で生きる!と、
どこかで思っていた私はまさに目からうろこでした。
依存すること自体は悪いことではない。
人は大なり小なり何かに依存しなければ生きていけない。
例えば、生まれたばかりの子供は親や養育者に依存しなければ生きていけない。
子供が自立するということは、親や養育者に一切依存しないということではない。
子供は成長するにつれて社会とかかわることが増え、親や養育者以外の依存先を持つようになる。(学校や学校のともだちから情報を得たり、バイトや就職先などから収入を得るなど)
自立というのは、何にも依存しないのではなく、依存先を増やしていき、一つの依存先への依存度を下げるということ。
このような内容を読んで、驚きとともにどこかでもやもやしていた感情が、腑に落ちたような感覚を得ました。
夫から離れるために、私がしようとしていたことは、何でも自分一人でやらなきゃということでした。
だけど、自分一人でできないことは、夫以外に頼る先を見つければいいのだなぁと考えが変わりました。
運転が苦手ならタクシーを使えばいいし、
仕事の愚痴ならSNSに吐き出せばいい。
スキンシップはネコがいるし、ネコについて不安なことはネコ友を作ればいい。
まぁ、実際にはそんなに簡単なことじゃないかもしれませんが、
「全部自分一人ですることが自立ではない」
そう思うと、少しだけ心が軽くなりました。
依存先が一つだけだと、それを失ってしまったときに、残るのは大きな大きな不安感です。
だけど、一つ失ったとしも全てを失ったわけではないと思えれば、一つのものに執着する必要もなくなります。
全く何にも依存しないのではなく、複数のものに少しずつ依存しておく。
この考え方は、持っておいて損はないのかなと思いました。
これから自分がどう生きていこうかと考えるうえで、一つの指針にもなったように思います。
熊谷さんは子供の頃小児麻痺で車いすでの生活を余儀なくされながらも、医師として活躍されています。
その本を読んだ後に、熊谷さんのインタビューを色々なWeb記事で読みました。
身体的にも、精神的にも障がいを持つ人の生きづらさや、薬物などの依存症者についても考えを述べられているので、興味のある人はぜひ読んでみてください。
↓の記事は私が読んだ本と内容は若干異なりますが、内容的には同じです。
ちょっと長いですが、興味深いです。
では今日はこのへんで。