ウイスキーの刻 ~Whiskyのとき~

耳を澄ませば聴こえるウイスキーのメロディ。
『ウイスキーの刻』は、その真実を探し求めていきたいと思います。

『余市を後にして』⑨

2020-06-16 19:19:19 | 日記
 こんばんは。Aokiです。

 今夜は、悪夢にうなされそうな画像で
 失礼いたします。


☆☆☆

 翌朝、ホテルの朝食コーナーには、
 赤羽の大将の姿はなく、チーム北千住も、
 森下さんがチームひとりを再結成していました。

 さっちゃんのお母さんが、声をかけます。

 「お早うございます。
  他の皆さんは、まだおやすみ中ですか?」

 森下さんは、お母さんを見上げると、頭を下げます。

 「お早うございます。
  多分、しばらくは起きてこないと思います。
  昨夜、随分と深酒でしたから。」

 「森下さんは、あまり飲まなかったのですか?」

 「ええ、途中で、大きな発見があったもので。」

 社交辞令か、本当に関心があったのかはわかりませんが、
 お母さんは、森下さんに尋ねます。

 「大きな発見って?」

 森下さんは、得意げにスマホの画像を見せます。

 「あら、これは、『ディオス・デル・トルエノ』の
  イメージデッサンじゃないですか。
  Tシャツにもプリントされている・・・」

 これに驚いた森下さん、「ご存知なんですか?」

 「えっ?ええ、まあ・・・」

 「さっちゃんのお母さんも、プロレスファンなんですか?」

 「いえ、そういうわけではないのですが・・・
  昔、一緒にバンドをやっていたことがあって・・・
  亡くなった主人と三人で。」

 「えっええ!?」


☆☆☆

 赤羽の大将は、二日酔いから解放される前に、
 再び地雷エリアにかり出されています。

 まだ、西日が射している時刻、
 札幌駅階上の居酒屋で、昨夜と同じメンバー・・・
 そこに、さっちゃんのお母さんも同席しています。

 さっちゃんは、同じビルにあるシネコンで、
 「ONE PIECE」を観ています。

 お気に入りのチョッパーが、
 どんな活躍をするか、楽しみにしています。

 お母さんに買ってもらったポップコーンと、
 つぶつぶイチゴ入りのソーダ水を抱えて、
 ご満悦です。

 同じ頃、ジムビームとデュアーズが入り乱れる
 ハイボールでの乾杯もそこそこに、

 「本当に、息子と一緒にバンドを?」

 赤羽の大将が、神妙な顔つきで尋ねます。

 「はい。私もびっくりです。
  まさか、〇〇ちゃんのお父さんが、
  同じツアーにいらしたなんて。」

 「“事実は小説よりも奇なり”と言うからね。」

 長老が仰います。

 森下さんが、身を乗り出して、先を聞きたそうです。

 「それで、息子は何故、バンドを止めたんだい?」

 大将は、垂直落下式のブレーンバスターを受けた後
 のような頭痛をこらえながら、尋ねます。

 「〇〇ちゃんは、何も言ってなかったのですか?」

 「ああ、小さい頃から、あいつは、俺には何も言わない。
  おっ母にも・・・ああ、そうだ、怪我しても
  隠してるから困るって、おっ母も言ってたな。」

 「〇〇ちゃんらしいですね。でも、そうだとしますと、
  私からもお話しない方がいいのかもしれません。」

 「そんなこと言わず、教えてくださいよ!
  ・・・大将のためにも。」

 さらに身を乗り出す森下さんの、
 最後の言葉は付け足しでしょう・・・おそらく。

 「わかりました。」

 さっちゃんのお母さんの話ですと、
 ようやくメジャーデビューの話が持ち上がった頃、
 やたらと難癖をつけるプロデューサーがいたそうです。

 三人ともその人が嫌いでしたが、デビューのためには、
 嫌がらせにも我慢するしかないと思っていました。

 ある日、その人が怪我をして入院したと聞き、
 内心、担当が変われば有難いと思ったそうです。

 ところが、同時に、大将の息子さんが
 警察に出頭したことも聞かされました。

 「あいつは、不愛想だけど、人さまを傷つけるような
  やつじゃなかったんだが・・・
  それに、そのことを俺は知らんよ。」

 「お母さまが身元保証人になってくれたようです。」

 「おっ母は、俺には何にも言わなかったな・・・」

 「お気遣いだった・・・のだと思います。」

 「そうか・・・しかし、なぜ、あいつは
  人さまに怪我を負わせたんだ?」

 さっちゃんのお母さんは、
 とても言いにくそうでしたが、
 やがて、意を決したように話されました。

 「この業界ではよくあることなんですが、
  そのプロデューサー、私に枕営業をしろと・・・」

 「えっ?どうしてバンドメンバーが枕の販売員をやるの?
  羽毛布団とかなら、聞いたことがあるけど。」

 「八さん、もう少しお母さんの話を聴いてみようか。」

 長老が制します。

 「もちろん、お断りしていました。
  第一、私はその当時、主人と付き合っていましたし。」

 一同が真剣に聴いています。

 八さんも、それなりに聞いています。

 「そうしたら、私のいないところで、そのプロデューサー、
  〇〇ちゃんと主人に、私を自分に差し出さなければ
  デビューさせないと脅してきたんです。」

 「ひどい話だ。」

 長老が、ゆっくりと首を振りながらつぶやきます。

 「そのとき、主人がそのプロデューサーに
  詰め寄ろうとしたそうなんですが、
  それを制止して、〇〇ちゃんが、その人を・・・」

 「あいつの馬鹿力で殴られたら、そりゃ入院するわな。
  でも、そのせいで、デビューは台無しになったんだろう?
  すまんかったな。」

 「違うんです!〇〇ちゃんは、私だけではなく、
  主人も助けてくれたんです。
  〇〇ちゃんが制止しなければ、
  主人が同じことをしていました。
  〇〇ちゃんは、それをわかっていたから、
  自分の手で・・・そうしたんです。」

 「少しは、人さまの役に立ったのか・・・」

 大将は、少し嬉しそうに見えます。

 その頃、さっちゃんは、冬に咲く満開の桜吹雪に、
 大粒の涙をこぼしています。


               ~ to be continued ~


                    Z.Aoki
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