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今日の労働判例

【レジェンド元従業員事件】

(福高判R2.11.11労判1241.70)

 

 この事案は、保険代理店Xの従業員Yが、在職中・在職後に競業避止義務に違反して競合する他社に転職し、Xの顧客を引き抜いたとして、Yに対して損害賠償を請求した事案です。

 1審は、Xの請求を概ね認めましたが、2審はこれを覆し、Xの請求を否定しました。

 ここでは、退職後の競業避止義務違反に関する問題についてだけ検討します。

 なお、競業避止義務に関してXY間が合意した契約条項は、以下のとおりです(本規定)。

 「退職後、同業他社に就職した場合、又は同業他社を起業した場合に、Xの顧客に対して営業活動をしたり、Xの取引を代替したりしないことを約束します。(後略)」

 

1.判断枠組み(ルール)

 1審と2審に共通するのは、本規定は無効ではないが、従業員の営業の自由(憲法22条1項)があるので文言どおり広く適用することはできない、という点です。

 そこで、どのような場合に本規定が適用されない(公序良俗に違反して無効になる)のか、を判断する判断枠組みが問題になります。

 そしてこの判断枠組みについて、1審2審共にこれで直接結論を出すのではなく、この判断枠組みを用いて本規定の制限解釈を行っている点が非常に注目されます。実際にどのような制限解釈がされたのかについては、次に検討することとし、ここでは

 1審は、❶会社の正当な利益の保護を目的とするかどうか、❷従業員の契約期間中の地位、❸競業が禁止される業務・期間・地域の範囲、❹使用者による代償措置の有無、❺その他の諸事情を考慮する、とします。

 2審は、①従業員が負う競業避止義務による不利益の程度、②会社の利益の程度、③競業避止義務が課される期間、④従業員への代償措置の有無、⑤その他の事情を考慮する、とします。

 両者を比べると、概ね同じ内容であることがわかります。

 あえて細かい点を指摘すると、❸と③を比較した場合、③の方が検討対象が狭くなっています。❸は、「業務・期間・地域」を問題にしますが、③は「期間」だけを問題にしています。そして多くの裁判例では❸のような判断枠組みが示されますので、❸の方が一般的で正しいように思うかもしれません。

 けれども、この事案では禁止される業務や地域が問題にならないため、2審は、無用な要素を省略して本事案に適した判断枠組みを示したと評価することができます。近時の裁判例は、例えば整理解雇の4要素について、これに国籍差別・人種差別の有無、という5つ目の判断枠組みを追加して判断したユナイテッド・エアーラインズ(旧コンチネンタル・ミクロネシア)事件(東地判H31.3.28労判1213.31、会社側勝訴)等のように、判断枠組みを事案に応じてアレンジすることが多くなりました。

 これと同様に、2審は事案に応じて判断枠組みをアレンジした、と評価することができます。

 他方1審は、❶~❺の判断枠組みを示したのにそれを活用していません。実際には、X側の事情(特に、Xの受ける不利益の大きさ)とY側の事情(特に、Yの投じた労力や不利益の大きさ)を比較衡量しています。労働訴訟では、会社側と従業員側の事情を比較する、天秤のような判断枠組みが多く用いられますが、1審はまさにこのような判断枠組みを採用しています。

 このことから、判断枠組みは判断の便宜のために柔軟に設定されるものである、という上記と同様の特徴のほか、判断枠組みの実態は、会社と従業員の間の利害を調整するためのツールである、ということが理解できます。

 

3.制限解釈(ルール)

 次に、上記のような判断枠組みに事実を当てはめることによって、1審と2審はいずれも、上記判断枠組みを活用して本規定の意味を確定しました。すなわち、いずれも本規定の適用範囲を制限する制限解釈を行い、ルールを実質的に修正したのです。

 1審は、退職後2か月間だけこの競業避止義務が有効である、つまり2か月を超えれば顧客にアプローチしても本規定に違反しない、と評価しています。期間の長さについて制限を加えているのです。

 これに対して2審は、Yの方からアプローチする場合に限って本規定は有効である、つまり顧客の方からYにアプローチする場合には本規定に違反しない、と評価しています。競業行為の態様について制限を加えているのです。

 このように、本規定を極めて厳しく制限解釈している点で、1審と2審は共通しています。

 けれども、本事案で問題とされたXの顧客である病院は、もともとYの顧客であり、しかもYがXに合流する以前からの顧客であって、YがXに合流した際にXの顧客として移管されたものでした。この病院がYの顧客として元に戻りたいと希望したことが、トラブルの発端のようです。

 そうすると、このような背景を適切に考慮して、評価に反映するのであれば、1審のように期間の長さに着目してルールを設定するよりも、2審のように誰がアプローチしたかという行為態様に着目してルールを設定する方が、利害調整のためのルールを設定するという観点から見た場合、より紛争の実態に近いルールであり、好ましいルールであると評価できるでしょう。顧客が代理店を選んだ場合には競業避止義務違反を問えない、という2審のルールの方が、紛争の実態に合致している一方で、2カ月という期間を設定しても、顧客が本当に元の代理店に戻りたいと思っている場合には、この2か月の経過を待って契約を移せばよく、脱法が容易となり、ルールとしての有効性や合理性が認められないからです。

 

4.事実認定(あてはめ)

 このような制限解釈によってルールが確定しましたが、最後の段階である事実認定は、1審2審いずれも、非常に簡単に行っています。

 むしろ、本事案にあったオーダーメイドのルールを裁判所が解釈によって作り出したのですから、最後のあてはめの作業は簡単になるのは当たり前でしょう。

 これまでの検討から容易に予想されるとおり、1審は、Xの退職後2カ月以内に病院の契約を移管してしまったので、本規定に違反する(制限解釈された、狭いルールにも該当してしまう)、という結論になりましたが、2審は、病院の側からアプローチしたので、本規定に違反しない、という結論になったのです。

 

5.実務上のポイント

 保険業界では、代理店同士で顧客は誰のものかがトラブルの原因になることが多くあります。

 私の保険会社の社内弁護士としての経験上、そこでは、顧客の意向が一番重要な判断要素とされていたと思います。現在ももしそうであれば、Xに合流する前からの顧客だった病院が、しかも自らXに引き続き担当して欲しいと願い出ている状況では、XがYを離れる際にはXの顧客として担当保険会社を移管させるのが、保険業界の常識に合致するはずです。その意味で、2審の結論が適切でしょう。

 けれども、そのためのルールとして本規定を解釈する場合、1審や2審のように「営業活動」の範囲を制限する方法よりも、「顧客」の範囲を制限する方法の方が合理的と思われます。すなわち、顧客の意向や募集の経緯、保険契約者のサポートの経緯などを考慮して、XとYのいずれの顧客だったのか、ということを正面から議論した方が、より保険業界の常識に近いルールになると思われるのです。

 その場合、ここで示されたようなロジック、すなわち①退職後の競業避止義務は制限される→②諸事情を考慮して合理的かどうかを判断する→③本規定を制限解釈する、という流れのうち、①②は不要と言えます。本規定を合意した当事者であるXとYは、いずれも保険業界に属する当事者であるから、保険業界のビジネスの実態や常識に従ってその意味を解釈するべきである、と説明すればそれで制限解釈が可能だからです。

 とはいうものの、これまでの労働判例と同じロジックを利用することにより、本判決の判断の合理性にも権威付けができますし、競業避止義務に関する共通のルールとして整理した方が、ルールとしての安定度も高まるでしょう。

 実務上のポイントとしては、競業避止義務を退職者との間で合意する場合、その範囲は合理的な範囲に制限されること、その制限の範囲や方法は、各業界の常識や慣習が考慮されること、であると指摘できます。

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

https://note.com/16361341/m/mf0225ec7f6d7

https://note.com/16361341/m/m28c807e702c9

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!