29.ボクの××は聖水だよ~それは不毛な名言1

【HJMG!不毛さん86】
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 風邪は治った。一晩寝たらスッキリと。夕べは心細くもなったけど、今思えば桃太郎なんかを頼った自分が情けない限りや。商店街のドラッグストアに一応、葛根湯を買いに行った帰り。

「ただいま~」

 アパートの玄関に入ってギョッとした。

 マフィアっぽいハゲたゴツイ男が、這いつくばって床を磨いていたのだ。

「カ、カメさん?」

「フシュー、フシューッ」

 呼吸音がすごい。額は血の気をなくし、爪の色はドス黒く変色している。

「きょ、今日はカメさん来る日違うやん。どうした……カメさん? 目ぇ真っ赤やで。怖いで?」

「す、すみません。では見えないようにサングラスをかけます」

「アカンて。やめて! 怖さ3倍増しやわ!」

 なんでも夕べからずっとこうしていたらしい。廊下や物置、外壁を磨きまくっていたという。

「心を無にして掃除をするのです。心を無にして全てを清めるのです。そうすれば、いつか俺の心も清められます……」

 ブツブツ言ってる。怖い!

「つ、疲れてるん違(ちゃ)う? 片付けても片付けてもお姉がちらかすから。カメさん、このところ幾分ノイローゼ気味やもん。不憫やわ」

 ちょっと精神のバランスを崩してるとしか思えない。でなきゃ、この人もいきなり出家なんかせんやろ。

 今日は帰って休み。ここにいたらアカン。そう言ってカメさんを追い出す。不安定でややこしい感じの人には、できるだけ傍にいてほしくない──それが本音や。

「ホンマに疲れるわ……」

 このアパートにいたら、誰もが頭おかしくなるん違うか? お姉もうらしまも、ワンちゃんも花阪Gも、オキナもかぐやちゃんも、とにかくみんな変やもん。元凶がどこにあるか分からんけど、互いが互いに影響しあって究極の不毛ワールドを構築していってるに違いない。


「あ、オキナと言えば……」

 アイツも体調を崩したと聞いた。昨日の朝会った時には憎まれ口を利いていたけど、そういやちょっと声がおかしかったかな?

「もしかしてアタシが風邪伝染したかな? そんなことないよな。一切接触なかったもん」

 まぁいいわ。ちょうど風邪薬を買いに行ったところだ。オキナにも分けてやろうと、アタシは1─4へと向かう。

「この家来るの、ホンマはイヤやねん」

 ほら、薄い扉越しにもう変な唸り声聞こえてくるし。何せこの中に住んでるのは立派な変態やからな。日常から何をしてるのかサッパリ分からん。

「オキナ? 入るで」

 鍵は開いていた。

つづく

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