選挙のたびに政治家は自分が当選したならば──ひいては自党が政権を
有権者を
刹那、人目を悦ばせ、まばたきしては跡形もない、儚く消えるばかりなり。そうした意味では、花火にどこか似てもいる。
政党政治が齎す弊害、その窮極たるモノとして。尾崎行雄や犬養毅ら「神様」どもの手によって、それこそ百年以前から何度も何度も繰り返して指摘され、警告されて来たというにも拘らず、
筆者としては2009年の選挙に際し、民主党がバラ撒いたグロテスクなあのビラを、どうしても忘れることが出来ない。「自民党政権が続けば」「民主党が政権をとれば」云々と、よくまあ謳ったものだった。
日本に於いて既に然り。
いわんや民主主義の「本場」たる、ヨーロッパに於てをや。
「二十年の停戦」中のフランスも、相当酷かったようである。
「戦争に先だつ四分の三世紀の間、フランス人の奉じた政治制度は不平の培養を主たる成功の手段とした。定った遣り方は、善きにつけ悪しきにつけ百方人を怒らせて、世界でも一番幸福であった人民を、一番ひどい目に遭って居るかの如く思はせるにあった。自分の党派に政権を与へさへすれば、フランス人の地獄は忽ち天国と化するとの約束をすることを辞さなかった。今日フランスはほんとの不幸に沈み、嘘をつき夢を見る余地はない」
1940年8月13日、ラジオを通じてフランス全土に流された、フィリップ・ペタンの演説である。
くだんの瀧澤敬一が、邦訳の労をとってまで『第四フランス通信』中に載っけてくれたものだった。
(Wikipediaより、フィリップ・ペタン)
同書にはまた、瀧澤自身の追憶として、
「1936年5月の総選挙に大勝利を得た人民戦線派の政府は『なるべく働かず金儲をしろ、規律を無視して思ふ存分人生を享楽せよ』なる標語を掲げて、人民を煽てあげた」
このような記述も見出せる。
悔しさの滲んだ文章だ。
こんなだから負けるのだ、と言わんばかりの。
それともこれは諦観か? 「諦観の内に壊死する」の感を彼も味わったのであろうか。つくづく以って、マクシミリアン・テルミドールは上手い表現を用いたものだ。
発売から既に早17年を経るというのに、『for Answer』にはいまだに啓蒙させられる。
途轍もないポテンシャルの作品だった。
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