明晰夢工房

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【感想】異世界転生版ゲームオブスローンズとして読める?『転生令嬢と数奇な人生を1 辺境の花嫁』

 

 

早川書房が「異世界転生版ゲームオブスローンズ」と宣伝している『転生令嬢と数奇な人生を1 辺境の花嫁』を読んだ。

ゲームオブスローンズは最初のほうしか観ていないので原作『氷と炎の歌』とくらべてみると、こんな印象になる。

 

・主人公がカレン一人に固定されているので読みやすい。

・一巻時点では氷と炎の歌ほどハードではない。むしろ牧歌的なシーンも多い。しかしこれはやがて来る嵐の前置きでしかないんだろう、という雰囲気は存分に感じる。

・登場人物は多いが、氷と炎の歌ほどは多くはなく、しっかり書き分けられているので誰が誰だかわからなくなることはない。

・世界観は氷と炎の歌にくらべればややライトというか、あそこまで人間関係や外交関係が複雑ではないので把握しやすい。一巻で出てくるのはカレンの生まれたファルクラムと隣国のラトリアやオルレンドル帝国くらいで、これらの国家の関係性は作中でくわしく知ることができる。

・氷との炎の歌にくらべればいい人が多い。誰も彼もが腹に一物ある人物というわけではない。とはいえ一筋縄ではいかない人物もけっこう出てくる。一番底が見えないのがカレンの婚約者候補のライナルト。

・カレンは日本からの転生者で、目線が現代の読者に近い。現代人が使う横文字が自の分で出てくることもある。そのぶん物語に入っていきやすいが、氷と炎の歌ほど重厚な雰囲気にならない面もある。

・カレンはチート能力も魔法も使えず、前世の人生経験から得た冷静さを頼りに人生を切り開いていく。このため「異世界もの」というよりは歴史小説や海外のファンタジーにノリが近い。その意味ではゲームオブスローンズに近いともいえる。

氷と炎の歌の世界にくらべれば、女性が仕事を持ち自立できる世界。とはいえ現代日本よりははるかに治安が悪く、特に女性にとっては身の危険を感じる場面が少なくない。女性の軍人が普通にいる点も氷と炎の歌とは異なる。

・タイトルや表紙は女性向けな印象はあるが、男性読者でも楽しめる内容と感じた。

 

異世界に貴族の令嬢として生まれたカレンは16歳になり、婚約者を選ぶことになる。候補は超絶美形の騎士ライナルトと、辺境の老貴族コンラート伯の二人。普通なら迷わずライナルトを選ぶところだが、前世の癖が残っていて平民らしく気楽に生きていきたいカレンには、独自の人生計画がある。彼女がどちらを選ぶのかはここでは書かないが、この二人にはそれぞれ独自の魅力がある。

 

ライナルトは容姿や武人としての実力、礼儀作法などすべてが備わった人物だが、どこか得体のしれないところがあり、カレンが夫として選ぶのをためらわせるものがある。一巻の時点ではまだその正体を知ることはできないが、その生い立ちが不幸なものだったことはカレンの耳にも入ってくる。髪結いという貴族らしからぬ特技を持ち、あまり結婚に興味がなさそうな点など、複雑で多様な面を持つ人物で、カレンにとってはいろいろと背後を探りたくなる人物だ。だが彼の周囲にどんな人物がいるのか、彼の周囲を探るのがどういうことなのかを、やがてカレンは思い知ることになる。

対してコンラート伯はもう老人と言っていい年齢で、穏やかな紳士。統治者として有能な人物でもあり、彼の治める辺境領は平和そのものだ。しかしこの人物はかつてファルクラム国王を支えていた王国の重要人物で、ライナルトとも浅からぬ縁がある。オルレンドル帝国の脅威から王国を救うためにコンラート伯が打った手を知ると、彼がただの善人ではないことも見えてくる。こちらはこちらで、ライナルトとは別の意味で重い過去を持つ人物だ。知れば知るほど魅力的な人で、カレンにとっては教師とも言っていい人物だが、一巻はライナルトとこの人の魅力で持っている部分がある。

 

『転生令嬢と数奇な人生を1 辺境の花嫁』は序章にあたる部分なので、まだあまり大きく話が動いてはいない。それでもライナルトやコンラート伯などのキャラの魅力でかなり読ませるし、カレンの行く末も気になるので、退屈することがなかった。加えてあちこちに対立の種もある。国王の二人の息子はライバル関係にあり、ここに王の側室になったカレンの姉ゲルダもかかわってくる。コンラート伯とライナルトの間にも不穏な空気があり、カレンの実家であるキルステン家とキルステン本家との関係もよくない。二巻以降で、こうした争いの種が芽吹き、ますますややこしくなっていくのを予感させる。そして、一巻の最後でやってくる決定的な破局。これを読んだら、二巻を読みたくなるのは必至。最後の最後で牙を剥いてくるこの作品の行方に、目が離せなくなる。