うるさいと言われたとき、うるさいを理解できるのはいつなのか?



うるさいと言われる側は

うるさいと思ってその行動を行なっていないので、

うるさいに対して生まれる感情は反骨心なのではないか。



ただ、これはうるさいの意味をわかっている場合の感情なのかも知れない。



基本的にうるさいと言われて静かになっている子供を見たことがない。



むしろどんどん興奮している子供が多いと感じる。

というか、うるさいと注意を受けた大人もドンドン行動がエスカレートしている気がする。



子供の場合はおそらく

うるさいの何がうるさいかわからないから、

これは?これは?これは?

と言った感覚なのではないかと思う。



そして、うるさいは自分の感覚ではなく他人の感覚だから、

どういった事がうるさいに該当しているのか。

親の反応を見て検証しているのではないだろうか?



子供は好奇心と探究心の塊。



親からすれば周りの迷惑とか多種多様な要因から、

放っておくわけにもいかず反応し続けなくてはならない。



これが自宅だったら殆ど放置で問題ない。

家でやっていることと公共の場でやっていることの違いを、

子供の感覚で理解することは難易度が高いと思う。



活動のベースの自宅でやりたいことが許されていたのに

場所が変わって許されなくなることがあることはある程度の社会性を得てからの話だろう。



しかし、なにをやってもうるさいうるさいと言われていたとしても

親からの注目を一手に受けている状態は非常に満足度が高いと考える。



じゃあどうすれば良いのか?



ここは自宅じゃないから?

みんなに迷惑だから?

誰かに怒られるから?



どれも違う気がする。



いつもと違うことには高揚感を感じる。

親の緊張や様子が違うことに子供は敏感だ。



運動の日の体育館は騒いで良かったのに、

卒業式の体育館では静かにしなさい。



これを理解しなさいは大人の都合だと思う。



大切なのはメリハリ?



良いところでしっかりと満足感を与え、

良くないところで休憩モードになるのが理想?



外出先では?



なんらかの満足感を先に得る事ができていたら、

不満行動は抑制されると思われる。



トイレに行った後はトイレに行きたいと思わない感覚みたいな?



お腹いっぱい、おもちゃ、運動など

一回満足できていたらそれほどでもないんじゃないのかなと思う。



時間ないから早くして!

と言わなくても良いような。



お互いに気持ちと行動に余裕を持った対応が良いのかも。


現地では数時間の余裕があろうとも、

一本遅れても余裕があったとしても。



電車に乗る30分前とかから待ってないと不安で仕方がない

今年40のおじさんはそー思います。



わんこにうるさいと怒ってもよりうるさくなるのも

構ってもらって興奮しているのだろうな



言葉の意味を理解しているか否か

言葉の意味を理解できるか否か



相互理解ってことかな。




 

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