彼とジムで会った次の日の朝、

「起きたらスッキリしてたよ。
ほぼ全快かな。腕は痛いけどね」


丁寧に状態を知らせるLINEが届いた。

「えっ本当に!?」

勢いで返信した後で付け加えた。

「何度もぶり返す人も居るみたいだし、
本当無理しないでね」

「昨日夜中に急に熱下がり始めて楽になったよ。
でも無理しないよ。
ありがとね」

熱、あったんだ…
当然だがわたしはこんなとき、何もできない。

「本当に?
昨日も、大丈夫って言いつつ
明らかにしんどそうだったから心配してる。
昨日長居してごめんね🙏」

「昨日は色々元気になったよ」

わたしと会ったことを言っているのだろう。
彼からはその後も、平熱だったよ、
緑茶飲んでるよ、とLINEが届いた。

普段忙しくて全然LINEしない彼からの
精一杯の誠意に胸が詰まる。

そしてどうか悪さをしませんように。
わたしには祈ることしかできない。

「2週間はスパイクタンパクが残ってるらしいし
登山も大丈夫かなって、心配してたぉ」

「さすがに〇〇くらいなら大丈夫じゃない?
天気の準備もしてね」

「天気の準備ってなんだろう?」

「俺も晴れにするように頑張るけど
出来なかったらごめんね」

わたしは吹き出した。
わたしたちはお互い雨男、雨女と言い合っているが
わたしは旅行などで殆ど雨に当たったことがなく
初めてのキャンプで雨になったのは
彼のせいなんじゃないかと本気で思っている。笑

頂上でおにぎりを食べたい、と
わたしは弁当を作り
緑茶を用意して、
彼が迎えに来た。

ワクチン接種から明日で1週間。
わたしはそこを心配したけど
ジムの常連の男の子が小1時間くらいで登った、
と聞いていたし
そんなに高い山でもないから
大丈夫だろ、と彼は笑った。

駐車場でトレッキングシューズに履き替え
お弁当と飲み物を入れたバッグを彼が背負い
登り始める。

6月ごろに一緒に途中まで歩いた山だった。
本格的な登山道になってしばらく登っていると
彼が

「まだ半分は行ってないよね?」

と彼が言ったが、そこからしばらく登ると
残りがまだ4分の3ほどあることを知り、
絶句していた。

「俺○○舐めてたわー」

彼が言ったのでわたしは吹き出した。

それからも

「無理しないで疲れたら休んでいいよ」

と彼は言ったけど
わたしは比較的体力があるので淡々と登っていたが
喉が渇いたのでお茶飲む、
と彼のバッグからお茶を取り出そうとすると

「ちょっと休む?」

と彼が適当な石を見つけてそこに腰掛けた。

二人でお茶を飲むと
そのままキスをして
そのまま彼の身体に抱きつく。

止まらなくなりそうになる気持ちを抑え
わたしは立ち上がると彼も慌てて立ち上がり
また登り始める。

残り何メートル、の表示のたびに
お互いの写真を撮り合い
絶景を眺めてはわたし達は声を上げた。

そのときわたしは
遠足以外では初めての登山だったので
早く登りたくて大股で歩いていたのだが、
途中から股関節が痛み始め、
我慢できないほどでは無かったが
500メートルを切ったあたりからは
かなり痛くなってきた。

それでも200メートルまで来ると、
もう少しだね、ようやくきたね、と
お互い声をかけ合いながら
ようやく頂上に着いた。

頂上からは、
見晴らしが最高で
わたし達はそこで石に腰掛けて
わたしが握ったおにぎりと焼き肉とブロッコリーを食べた。
ただ茹でただけのブロッコリーに、
オリーブオイルで作ったと言う頂き物の
高級なマヨネーズを付けて持ってきたのだけど
彼はとても美味しい、と言って食べた。

この顔が見たくて色々したくなる。

「梅干しも一つは食べてね」

彼は梅干しが苦手だが
身体に良いのでワクチン接種以来、
今でもわたしが食事を作るときは
必ず一つは食べてもらうようにしているが
この日もおにぎりの2つだけを梅干しにして
二人で一つずつ食べた。

食べている間に何組かの登山客がわたし達を通り過ぎ
その度に挨拶をした。
食べ終わると山のてっぺんの祠に立ち寄り中に登山ノートがあったのでわたしは軽い登山記録と日付と名前を、彼はその横に名前を書いた。
下りは登りとは比べ物にならないほど楽であっという間に下りながら
「登と下りが逆だったら登山できないね」
などと、しょうもない話をしながら下りた。
駐車場に着いたのは夕方に差し掛かるくらいの時間で鹿が出てきていた。
彼とドライブをしていると動物に遭遇する機会が多くわたしは彼を動物ホイホイ、と呼んでいる笑。

「次はいよいよ○○かなー」

わたし達は疲れたけど楽しかったね、
また登りたいね、
と話し合った。

登山ってなんなんだろう。
わざわざ苦しい思いをして
何が楽しいのかなって思うかもしれない。
だけど、登り切った時の達成感、
ご褒美の絶景。

こんな気持ちを彼と一緒に味わうことができて
わたしはとても、幸せだ。

コンビニでコーヒーを買って
飲みながら帰り道をドライブした。

「流石に今日は栗拾いは無理かなぁ」

わたしが言うと彼は元気だね、と笑った。
わたしも彼も、これからもうひと仕事なのだ。

自営業同士、
完全なる休日を楽しめないわたし達は
そんなところも似ていると思う。

家に着くと
彼はわたしの荷物を下ろすのを手伝ってくれ
玄関でキスをして、軽く抱きつく。

「明後日かな」

「うん」

「少し休んでから仕事行くんだよ」

「うん。
コウくんも頑張ってね」

真っ直ぐ家に帰らないからか
わたしもその後仕事があるからか
わたしたちの別れは割とあっさりしている。

わたしの家からまっすぐ家に帰るのだとすると
もう少し切ないのかもしれない。

キスをして送り出すと
わたしは割と素早く気持ちを切り替え
今日の仕事のことを考えていた。