2023/03/17

Lou Stein / Tribute to Tatum ('76)

A1ElegyB1Humoresque
A2Begin the BeguineB2Lullaby of the Leaves
A3IndianaB3The Man I Love
A4Stormy WeatherB4Get Happy
A5Deep PurpleB5Sweet Lorraine
A6Aunt Hager's BluesB6Chlo-E
 アート・テイタムを現代の録音技術でレコーディングしたい、そう思った人は私だけではなかったようです。

 かつて拙ブログでは「タイムマシンがあれば何とかなる」と言い放ってみたものの、現時点でタイムマシンは実用化されていないので無理。
 すでに泉下の人であるテイタムをこちら側に呼び寄せることができない以上、打てる手はありません。

 しかしあきらめるのはまだ早い。とんでもない奇策が残されていました。

 テイタムの過去音源を正確に採譜し、腕の立つピアニストに正確に再現させる。これを最新機材で録音すればいいのです。いやあ、その手があったか。

 それをやっちまったのが本作です。
 コピーキャットとして起用されたのは、ベテラン・ピアニストのルー・スタイン。
 芸歴の長いスタインをして「これほどキツかった仕事はない」と言わしめるほど、困難なプロジェクトであったそうな。

 はたして、難易度マックスのテイタム神技を、スタインはどれだけ再現できたのでしょうか。
 少なくとも私には、かなり健闘しているように思えます。でも耳の肥えた人々は、完全コピーできてないやん、なんてくさすんだろうなあ。

 肝心の音質は、鍵盤を叩く打撃音がほどよくマイルドに丸めてあり、自然なステレオ感もあって上出来です。驚愕の高音質というほどでもなく、70年代アナログ録音の平均的な水準といったところ。とりあえず音質面ではこのプロジェクト、まずまず成功したと言ってもいいんじゃないの。

 というわけで、望み叶って高音質のテイタム(もどき)が手に入ってしまいました。

 ただし本作を聴いても、テイタムの神性を感じることはありません。スタインがあれだけ奮励してコピーしたにもかかわらず、です。
 なぜでしょうか。テイタムの神性は、いったい何に支えられているのでしょう。

 私が考えた理由は、次のふたつ。

 ひとつは、テイタムのオリジナル音源のしょぼさ。
 現代のワイドレンジかつノイズレスなオーディオ音源を、当たり前のこととして享受しているわれわれには、笑っちゃうような音質です。
 このしょぼさが、聴く者に精神集中を強いることになります。ぼんやり聴くことを許さないのです。ノイズの海の向こうにあるピアノの曲芸を、リスナーは耳を澄まし、能動的に汲み取ろうとしなければなりません。
 しょぼさゆえに、音源とリスナーが真剣勝負する環境が醸成されてしまったわけ。

 もうひとつは、テイタムに付いて回るストーリー性。
 黒人にして盲人、二重のハンディキャップに苦しんだ「かわいそうな人」が、アクロバティックなピアノを弾くのです。
 じつにドラマじゃないですか。ホロヴィッツが激賞した、なんてエピソードも物語を補完します。
 佐村河内を売り出すために、被爆者かつ障害者なのをこれでもか、これでもかと強調していたのを思い出してしまいました。やっぱりストーリー性は大事ってことね。

 ひるがえって本作、高音質にしてストーリー性は乏しく、テイタムをテイタムたらしめる神性は備わっておりません。備わるわけないですよ。そもそもテイタムが弾いていないのだから。
 若人あきらがどれだけそっくりに郷ひろみをコピっても、郷ひろみにはなれません。それと同じこと。

 そうか。これがベンヤミンの提起した「アウラ」なのですね先生。(たぶん違う)

 テイタムとして聴こうとするから、おかしなことになるのです。
 ルー・スタインが、「テイタムのそっくりさん選手権」に挑戦したアルバムだと割り切ればいい。それはもう、たいへんな完成度です。ここまでテイタムに迫ったピアニストは、世界に数えるほどしかいないのではないかなあ。
★★★

Produced by Hank O'Neal
Engineering: Fred Miller / Downtown Sound
Cover & Liner Design: Ron Warwell
Liner Photo: Rollo Phlecks

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