読了 「嫌われた監督」

嫌われた監督を読みました。

私は落合監督、全然嫌いじゃないですけどねー。むしろ歴史に残る名監督だと思いますけど。

これまで、監督になった途端、大きな補強もせず既存の戦力を鍛え上げて優勝した監督って他にどれだけいます?

個人的に「勝つことが最大のファンサービス」ってまさにそのとおりだと思っています。まあでも晩年の落合監督は勝っても文句言われてましたが、勝ってなかったらもっと文句言われてましたよね。今の中日がまさにそう。落合監督の路線からファンサービス充実路線に移行しても、結局勝たなければボロクソに文句言うし客も入ってないじゃないですか。

この本を読んでいると、選手としてもはじめは落合監督のこと嫌いな人多かったみたいだけど、その指導を受け、勝っていくうちにみんなついてきたように感じますね。まあ確かに、落合監督はマスコミ相手にも、選手相手にも、発信する情報は少なすぎます。そのため勘違いされることだって多々あるみたいですが。自分の上司だったらこれだけ情報の少ない人は嫌ですが、一流の人はその真意を計るもんなんですねえ。

そもそもですが、マスコミにだって何でもかんでもペラペラしゃべる必要ないですよね。落合監督は選手のケガの情報は絶対に漏らさなかったと聞きます。そりゃそーやろって当たり前のように思いませんか?登録抹消して数ヶ月も休むような骨折とかであれば、別にバレたところでなんともないですが、死球食らって途中交代して次の日出られるか出られないかとか、予告先発もないころだとそりゃなおさら言うわけないでしょって話ですよ。

誰に嫌われていたのか?

さて、タイトルにも「嫌われた監督」とありますが、では誰に嫌われていたのでしょうか?

黄金期を築いた選手たちにはあまり嫌われていなかったようです。ファンにも嫌っている人はあまりいなかったように感じます。マスコミと、親会社の球団に嫌われていたようですね。

マスコミは情報をくれないから。とはいえ、落合監督は一人で取材にくる人にはいろいろ話してくれたようです。一人で来たのがまさにこの本を書いた鈴木忠平氏ですね。だからこそこの本も書けるのでしょうが、ただの番記者では書けないような、非常に濃密な内容でした。

球団には嫌われていたようです。落合監督退任の年、球団社長が巨人戦に負けてガッツポーズしたというのは有名な話ですね。ほんとのところはガッツポーズしたのかしてないのか、ってところは事実はわかっていないそうなのですが、そのような話が出る時点でただならぬことだと思いますね。

実は私も、中日球団、中日新聞社の内部状況ってよくわかってなかったんですよね。先日読んだプロ野球「経営」全史を読んで、初めて知りました。

もとは別々の新聞社がくっついて中日新聞社になり、社長は別々の会社の一族から順番に出ていて、まあそれが敵対してるような感じみたいです。だから落合監督がやめるときもこんなゴタゴタしたんだろーなって。落合監督になったときも、それまで色濃かった星野色を徹底排除でしたもんね。

来年から立浪監督になりますが、これも前から何度も話は出ては消えていました。いろいろ黒い噂があったからなのですが、結局社長が代わったらあっさりOKになりましたね。

もう一度監督をやってほしい

個人的には落合監督にはもう一度監督やってほしいと思っています。まだできるでしょう。もう中日ではやらんと思うし、他の11球団どこでもいいと思いますが。

もう一度やってもらえば、落合監督の作るチームが、勝つことが最大のファンサービスということが、立証できるんじゃないかなとおも思っています。なんだかんだ言って、あの頃の中日は誰が監督でも勝てたんちゃうのってくらい戦力充実してましたし。

すごく共感したこと

この本、実に共感できることがひとつ書いてあったので紹介します。

「よくファンのために野球をやるっていう選手がいるだろう?あれは建前だ。自分がクビになりそうだったら、そんなこと言えるか?みんな突きつめれば自分のために、家族のために野球をやっているんだ。そうやって必死になって戦って勝つ姿を、お客さんは見て喜ぶんだ。俺は建前は言わない。建前を言うのは政治家に任せておけばいいんだ。」

嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか 鈴木忠平

ほんと良いこといいますよ落合監督は。

私も、高校球児とかでも最近すぐ「感動させる」とか言いますが、これが嫌いです。感動させようと思って感動させる作られた感動ほど薄ら寒いものはありません。一生懸命にプレーした結果、人の心を動かすものがあれば勝手に人は感動します。それは感動させる気持ちが先ではなく、必死さ、一生懸命さというものが先です。

このセリフの中の家族というのは奥さんと子供等、つまり自分が食わせる人たちのことで、自分ががんばらねば食わせられないのでそのためにがんばれということでしょう。高校球児も自分のために、あとはちょっと意味合いは変わるが支えてくれた家族や周りの人に感謝してプレーするのは、そうなのだろうと思います。それはわかりますよ。でも、見ず知らずの他人を感動させることを第一に考える必要は何もありません。いくらファンが喜んでも成績が伴っていなければ何の意味もありません。

甲子園出ている人だって第一の目的が「感動させる」ことの人なんてどれだけいますか。自身が甲子園に出場したいから、甲子園で優勝したいから、プロ野球選手になりたいから、毎日一生懸命練習して甲子園に出るために努力するんでしょう。

甲子園も資格試験もそうですけど、結局は自分のためにがんばるもんですよみんな。

コメント

タイトルとURLをコピーしました