アガサ・クリスティ(Dame Agatha Mary Clarissa Christie DBE 1890-1976)は英国の作家。探偵小説の大名代であり、偉人である(正式名のDameはSirの女性形であり、DBEは大英帝国勲章受章者に付される称号である)。アガサの評論、伝記、解説は数多あり増殖し続けている。

 アガサの時代の女性たちは興味深い。ドロシー・セイヤーやバージニア・ウルフ(探偵小説作家ではないが)など、伝記が面白い。第1次世界大戦の男不足は”女性の解放”を準備した。苦悩しながらも結果的に旧来の観念や常識を飛び抜けた女たちである。当時の日本も、男の大量死という環境はなかったにも関わらず思潮は流入し、モガたちが”大正デモクラシー”の一角を占めている。

 本書は、1920年に刊行されたアガサのデビュー作で、以降は華々しく脚光を浴び続けたアガサ作品群の嚆矢である。この時代、主流を占めつつあった「探偵小説」のフォーマットに忠実で、「探偵小説の黄金時代」への道を開いた代表作とも言える。現代の”ミステリ”とは違い、ユルユルと読める代物ではない。本筋とレッド・ヘリング(目くらまし)、数多くの事実(証拠)が提示される。読んだというためには、メモ帳を片手に、正確なパズルを読解する強い意思が必要である。

 アガサは戦時中、病院の薬局で働いており、ここでの薬品の知識が本書の巧妙な毒殺のトリックを着想させたと言われている。アガサは1914年にアーチボルト・クリスティ大尉と結婚し、1926年に失踪事件、1928年に離婚している。本書で生活のため愛のない結婚をする夫人(マリー)が登場するがアガサの反映のようにも読める。小説ではマリーは夫との愛を確認し幸せな結婚生活へと戻るがアガサの実生活では思い通りにいかなかったようである。

 アガサ作品は現在アガサ・クリスティ財団が管理している。本書の著作権が切れ、慌てて引き延ばし対策をしたのだと言う(当主はアガサの孫娘)。現在でもベストセラー作品となることが多い。英国で最も稼いだ作家とされている(次は、ハリー・ポッターのJ・K・ローリング)。

 本書(原文)だけは青空文庫入りとなっており無料で読める。昔流の単語や、ポワロがベルギー人(母国語は仏語)なので仏語が頻繁に出てくるが古書のように読みにくいという程でもない。アガサ入門書というに相応しい。

<ストーリー>
 私は、ロイヤル・アーミー、ヘイスティング大尉である。「スタイルズ荘の怪事件」が世を賑わせた。紙上で憶測や怪説が飛び交い真実から離れつつある。
 私は、事件の際、偶々スタイルズ荘に居合わせた。そしてポアロに事件捜査を依頼したのも私である。事件の真相を明らかにしておく責任を感じていた。ポアロは文書にまとめておく事を勧めてくれたので、書き留めておくことにした。

 前線で負傷し、本国に送還されて入院した。退院後、一カ月の安静休暇を命じられ、滞在場所を考えている時、久しく疎遠にしていたジョン・カバンディッシュに出会った。学校の先輩で学童時代、世話になっていた。彼は15才年長で、以前は弁護士をしていたが、今はエセックスにある一族の地所に戻っていた。当時、休暇の際にはエセックスのスタイルズ荘を訪れたものである。
 事情を聞いた彼は、安静休暇の間、スタイルズ荘に滞在する事を勧めてくれた。

 スタイルズ荘は広大な地所を管理している館である。駅までジョンが車で迎えに来てくれた。館に着くと、住人たちは緑陰でティの時間だった。ジョンの義母エミリーが再会を歓迎してくれた。彼女は、ジョンと弟ローレンスの実母が幼い時亡くなっていたので実の母と変わりなかった。だが、つい先頃再婚し、イングルソープ夫人となっていた。夫はアルフレッド・イングルソープ。彼は、エミリーの秘書・相談係をしていた遠縁のエブリン・ハワードを訪ねてきて、気に入られて住み着いていた男だった。黒服で陰気、顔を鬚で覆われており、かいがいしくエミリーの世話をしていた。60代のエミリーより20才若い。
 エミリーは地域の名士で気前がいいと評判も良かった。亡くなった夫は、エミリーを信頼しきっており、スタイルズ荘は将来はジョンが引き継ぐことにしたが管理は妻に任せ、資産の殆どは妻に遺していた。
 ジョンの妻マリーは若く、美人だった。シンシアを紹介してくれた。彼女はエミリーの学校時代の友人の娘で、父母を亡くした彼女をエミリーが引き取ったのだった。タドミールにある病院の薬局に勤めている。戦時中なので、良家の子女といえども家にいることは許されない。
 ジョンの弟ローレンスもいた。彼は医学校に行ったが文学を志し、館に戻っていた。詩集などを出版していたが、今のところ成功しているとは言い難い状況だった。
 館には、戦時中なので少ないながらもメイド頭のドーカスやメイドたち、コック、庭番たち、運転手など使用人もいた。

 翌日、エブリンが大騒ぎして館を出て行った。エミリーに、アルフレッドに気をつけるように言ってきたが聞き入れてくれないからだと言う。ジョンやマリーは引き止めたが彼女の決心は変わらない。ヘイスティングに、アルフレッドはエミリーの財産を狙っているだけなので目を光らせておいてくれと言い残して出て行った。そんなバカなと思いながら約束した。
 彼女は近くの町の病院に勤めだした。エブリンは50才近いが独身、大柄で男のような丈夫であり、父親は医者だったので慣れるに苦のない職場だった。

 シンシアが働いている病院を訪ねた帰り、ポアロに出会った。彼はベルギーの警察の刑事で、ある事件の捜査で知り合い、その鮮やかな手際に感服していた。ドイツに占領されたベルギーから、一団となって疎開していたのだった。スタイルズ荘で会おうと約束した。彼は、疎開の力添えをしてくれたエミリーに感謝していた。

 事件は7月17日未明だった。その前日、1階のエミリーの部屋でマリーと口論しているのが耳に入った。マリーは「手紙を見せて!」と要求し、エミリーは「これは関係ないものなの」と言っていた。意味不明だったが興奮していることは分かった。シンシアは、メイド頭ドーカスから、アルフレッドとエミリーが口論していたと聞いたと言っていた。
 夕食には住人全員が揃っていた(エミリー、アルフレッド、ジョン、マリー、ローレンス、シンシア、ヘイスティング)。エミリーは「郵便局が閉まる前に片付けなければ。珈琲は持って来て」と食後すぐに自室に戻った。アルフレッドが持って行こうと言った。

 他の者は居間に移った。その時、ロンドンの医師バアンスティンが来た。村に疎開しており頻繁に顔を出していた。マリーが歓迎した。二人で仲良く散歩している姿をよく見かけた。

 エミリーはシンシアを呼んだ。寝室に行くと言い、珈琲を持って2階に行った。
 8時過ぎ、バアンスティン医師が帰ることになり、アルフレッドも村の知人と所用があるからと一緒に出た。鍵を持って行くので待たなくていいと言い残した。

 17日の夜明け前、廊下でローレンスが「義母の様子がおかしい」と騒いでおり目覚めた。ジョンとドーカスも来ていた。エミリーの寝室のドアはロックされていたので破って入った。エミリーはベッドで痙攣していた。ドーカスは庭番のベイリーに出入りの医師ウィルキンスを呼びに行かせた。折よく、バアンスティン医師が来合わせた。エミリーはベッドでエビぞりになって、「アルフレッド・・」と叫んで崩れ落ち、動かなくなった。
 ウィルキンス医師は「心臓に気をつけろとあれほど言っていたのに」と言ったが、バアンスティン医師は彼と二人だけで話したいと言い出した。協議した医師二人は、ジョンに検屍の許可を求めた。自然死ではない可能性があるので死亡証明書は書けないと。 

 ジョンは驚いたが、已むなく承諾した。ローレンスは抵抗した。私はポアロに相談するように勧めた。ジョンは世間体を気にしており、任せてくれた。信用できる探偵に関わってもらった方がいいと思ったのだろう。

 ポアロが逗留している下宿先に意向を伝えに行った。途中でアルフレッドに会った。ウィルキンス医師から急を聞いて戻るところだった。彼は、鍵を忘れて知人の家で夜を過ごしたのだと言う。

 ポアロとスタイルズ荘に戻った。エミリーの弁護士ウェルズが来ていた。エミリーが至急と来訪を求めたのだが、彼は用件は聞いていなかった。事情を聞いて、インクェスト(検屍審問:不審な死亡案件に際し開かれる陪審で、自然死ではないとされれば捜査が始まる英国の法制度)を検屍報告が出た後の金曜日に開きたいとジョンの都合を聞いた。ウェルズは審問官を務めている。

 ポアロはエミリーの寝室を調べた。寝室の両隣はアルフレッドとシンシアの部屋で、通じるドアがあったが寝室側からロックされていた。ボルトに布切れの端があった。異変が起きた時、マリーがシンシアを起こしに部屋に行ったが彼女は目覚めなかった。
 窓はロックされており、侵入された形跡はなかった。テーブルから珈琲カップが落ちて割れていた。エミリーが就寝前に飲む習慣だったココナッツ飲料の容器が残されていた。絨毯には蝋燭のロウが落ちていた。
 
 1階のエミリーの部屋に行った。暖炉には燃え尽きた薪が残されていた。ポアロは絨毯に作業靴の足跡があることに気付いた。
 エミリーは毎年遺書を書き換えており、昨年書いた遺書があったが再婚したので無効になっていた。ポアロが作業靴の主の庭番二人に聞くと遺書の証人として署名したことが分かった。エミリーは遺書を書き換え、弁護士を呼んだようだった。
 ウェルズは再婚時に作成された遺書を見つけた。ほぼすべてをアルフレッドに遺すと書かれていた。書き換えられた遺書を探したが見つける事は出来なかった。

 ドーカスから、前日、アルフレッドと口論していたと聞いた。彼女は話の内容は分からなかった。エミリーの書類鞄が壊されていたが意味不明だった。

 ジョンの連絡を受けて、夜勤中だったエブリンが駆け戻って来た。彼女は「とうとう、アルフレッドがやってしまった」と怒った。私は彼女との約束を果たせず肩身の狭い思いだった。インクェストが近付くにつれ犯人はアルフレッドという空気が強くなっていった。

 様子を見ていたポアロは、アルフレッドは犯人ではないと言い出し、スタイルズの村を聞き回り始めた。私には理解できなかった。

 インクェストが始まり、証人として呼ばれた医師バアンスティンは死因はストリキーネだと証言した。彼は、ロンドンの薬物学の第一人者だった。ストリキーネは即効性があり、5時に死亡したので、カップが割れていたので検査できなかったが珈琲に含まれていたとは思われなかった。また、ココナッツ飲料の容器からは検出されなかった。その他には、空の薬瓶があった。ローレンスが、薬には強心薬としてストリキーネが含まれていたと証言したが、処方したウィルキンス医師はありえないと論証した。しかも、ドーカスは薬は当日飲用分が最後だったと証言した。シンシアが新たに用意していた。

 タドミンスターのドラッグストアの店員が鬚面の黒服の男に、前日、ストリキーネを売ったと証言した。アルフレッドの様態は特徴的である。一度見れば忘れないし見間違えることもない。館の住人であるアルフレッドは、個人的には知らないが彼に間違いないと。署名も残っていた。

 アルフレッドはドラッグストアに行った事を認めなかった。だが、その時間のアリバイは覚えてないと言い張った。
 インクェストは故殺と判定し、殺害犯の捜査が決まった。

 インクェストにはポアロと一緒に行っていた。ポアロがスコットランド・ヤードの捜査官に気付いて教えてくれた。ジミー・ジャップ刑事、ポアロと旧知の仲だった。
 ジャップはアルフレッドの逮捕に向かう積りだったがポアロは止めた。ジャップはポアロの捜査力を敬服していた。誤認逮捕するよりもとポアロに従った。

 ポアロとジャップ刑事たちはスタイルズ荘に行き、警察の捜査が始まった。
 ポアロは、「ドラッグストアでストリキーネを買ったのはアルフレッドではない、彼はその時、レイクス夫人と一緒だった」と話し始めた。店からは距離があり、彼を目撃した者が5人以上いると。
 アルフレッドを問い詰めると、レイクス夫人との噂があり言えなかったと白状した。

 アルフレッドはスタイルズ荘を出て行った、ジョンをはじめ、引き止める者はいなかった。エブリンは敵意を隠さなかった。

 容疑者の目星がつかない警察は、住人たちの当惑の中で、館中を手掛かりを求めて探し回った。

 数日後、ドーカスからポアロに、屋根裏の衣装箪笥のなかから鬚を見つけたと知らせがあった。ドラッグストアでストリキーネを買った者が付けていたものだ。ローレンスがロンドンの舞台小道具商に発注した書類が確認されたが、当時、彼はウェールズに旅行しており発注も受領も出来なかった。ローレンスに罪を着せようとしているようだった。

 事件は膠着し、アルフレッドが犯人でなければ、他の利害関係者(エミリーの相続人)のように思え、館の空気は重くなっていった、ポアロは悩んでいた。ポアロに捜査を依頼したのはジョンなので、彼を疑いたくはないと考えていたのだろうか? 彼は証拠と論理だけで結論を導く男である。

 そんな、ある日、ポアロの下宿先から帰る途中、屋敷に通じる森を歩いた。話声がして、ジョンとマリーが争っていた。ジョンは「バアンスティン医師と親しくするのはやめろ」と言い、マリーは「あなたに、それを言う資格はない」と激しく抗弁していた。マリーは一見しとやかそうだが、職業外交官の一人娘で、世界各地で生活していた。英国の旧弊に囚われない進んだ女性だった。
 館のなかで、しっくりと納まっていると思っていた夫婦が険悪な仲だと知り驚いた。

 部屋に戻ると、シンシアが話があると言う。庇護してくれていたエミリーが亡くなり彼女は途方に暮れていた。エミリーからのシンシアへの遺言はないようだと。
 私は、ジョンがシンシアに好意的な事はよく知っている。「館の誰もがシンシアを愛している、出て行けと言う者はいない」と慰めると、ローレンスとマリーは嫌っていると泣き始めた。意外な発言で、考えた事もなかった。身寄りのない娘が、戦時中の今、館を出れば行先に窮するのは目に見えている。「僕と結婚しよう」と言った。前々から考えていた訳ではないが、本気ではあった。一瞬、呆気に取られたシンシアだったが、泣くのはやめて笑いが止まらなくなった。「バカ言わないで。あなたって、ホントにいい人ね」と言い、少なくとも多少は元気になってくれた。

 バアンスティン医師が逮捕された。彼は頻繁に館に姿を見せていた。マリーと親しいので家族の事情にも通じている。だが、エミリーを殺しても彼に利益があるようには思えない。事情を聞きにポアロの下宿に行った。彼は英国生まれのドイツ人で、スパイ罪で逮捕されたのだった。海岸に近いスタイルズは観望の適地で、スタイルズ荘に出入りしていれば怪しまれる事もない。エミリーの事件時に、騒ぎを聞いてすぐに来れたのも近くでスパイしていたからだった。ポアロは、英国で生まれ育ちながら、ドイツに忠誠を尽くす彼に感服していた。

 マリーは彼の逮捕に関心を示さなかった。ジョンとの生活は幸せに見せているだけ、愛しているから結婚した訳ではない。結婚すれば愛するようになると思ったが違った。館を出て行く予定だと話した。

 スコットランド・ヤードがジョンをエミリー殺害容疑で逮捕した。裁判は2カ月後に決まった。マリーは、ジョンの無罪を求めて必死に動き始めた。

 ロンドンに行く事が多くなっていたポアロは、警察がジョンを追っていると知っていた。容疑は色濃いが、最後の詰めが出来ていないとも。ポアロは、ジョンのために捜査しているとマリーに伝えてくれと言った。ジョン以外の誰かが犯人だと目星があった訳ではなかったようだが。

 私は、裁判が始まる9月には、ロンドンの戦争事務所勤務となっていた。カバンディシュ家はロンドンの別邸に移っており、ポアロも一緒だった。私は引き続き頻繁に出入りしていた。

 15日に始まった裁判の検事フィリップは凄腕として聞こえており、ジョンの弁護士サー・アーネスト・ヘビーウェザーは経験豊かな著名な刑事弁護士だった。ジョンはエミリー故殺を否認したので、激しいやりとりが始まった。
 検事は、ジョンはレイクス夫人との密事を義母に知られて口論、遺言を書き換えると言われて犯行を決意し、変装してドラッグストアでストリキーネを入手、エミリーの珈琲に入れて毒殺したと糾弾した。ジャップがジョンの部屋で発見したストリキーネが証拠として提出された。
 ドーカスは口論していたのはジョンではなくアルフレッドだと証言したが、レイクス夫人との浮気が公になった流れのなかでは無力だった。 
 決定的な証拠がないなか、ローレンスに疑いが向いた。ジョンが自分の部屋に証拠のストリキーネを隠していたのは不自然で、ジョンが有罪となれば、ローレンスが相続する遺産は大きくなるからである。しかも、彼は医学部の出身で薬物の知識があり、シンシアの薬局に寄ったときにストリキーネに触っていた(指紋が残っていた)。ジョンと同じ程度には容疑は深い。

 法廷は混迷し、翌週に延びた。ポアロはカードでタワーを創っていた。灰色の細胞を働かせるのに最も効果的だと信じている。机上には病院から借りて来た薬学事典があった。彼が閃いた。

 ポアロはジャップ刑事に来てもらい、マリーに別邸のホールで関係者全員再会の集まりを開催するよう依頼した。

 ローレンス、エブリン、シンシア、ドーカスが来た。アルフレッドも呼んだと聞いてエブリンは怒って帰ろうとしたがポアロは引き止めた。私はマリーの隣に座った。

 ポアロは大口説を始める演者よろしく、立ち上がって丁重に挨拶した。彼の話が始まった。

 「エミリーの騒ぎを聞いてドアを押し破って入る前に、部屋にはマリーがいた。彼女はエミリーが苦しみだして驚き蝋燭を落とした。外で声がしたので隣のシンシアの部屋に急いで戻り、廊下に出てジョン達に合流した。エミリーの寝室で、他の人達に気付かれないうちにシンシアの部屋へのドアにボルトをかけた。夕食時、エミリーとシンシアに睡眠薬を飲ませていたのでシンシアは目を覚まさなかった。マリーは、エミリーの部屋にある書類を探していた」
 ポアロは、寝室の絨毯についていた蝋燭のロウや布切れ等から断定し、マリーは「エミリーの手紙を手に入れたかったから」と認めた。死因がストリキーネと分かるまでは薬を間違えたのではないかと怖かったと。だが、ジョンの助けになるのなら隠すつもりはないと。 
 
 「前日、エミリーはジョンのレイクス夫人との密事を知りジョンを叱責、マリーはレイクス夫人との仲を疑っていたが夫人が証拠を掴んだことを知った。当日、エミリーは遺書を作成し、急ぎの手紙を書いていた。切手がなくなっていたので、合鍵で部屋の片隅にあるアルフレッドの机の引き出しを開け切手を探した。書きかけの手紙を見つけ慄然とした。
 アルフレッドが手紙を書いている時、外出している筈のエミリーが現れ、慌てて引き出しに隠していたのだった。手紙を読んだエミリーは暖炉に火を入れさせ、アルフレッドに遺産の大半を残すとしていた遺書を燃やした。その後、マリーが来て、エミリーに手紙を渡すよう要求した。ジョンの不倫の証拠だと。エミリーは「思い違いよ」と言ったが、手紙を見せるわけにもいかなかった。マリーは、エミリーはジョンを庇っていると思った。マリーは、見かけとは違い、嫉妬深く執念深い女だ。エミリーは重要書類は書類鞄に入れて寝室に持って行く。寝室を探すことにしたのだった」
 「事件後、手紙を回収しなければならない羽目になったアルフレッドは、エミリーの部屋の書類鞄の鍵を壊して手紙を見つけた。館には人が多かった。戦時経済で書類をくず入れに捨てる事は禁止されていた。アルフレッドは窮して、手紙を裂き、焚き付けの紙の壺に混ぜた」

 ポアロは、見つけたコヨリを開いて文書に戻し読み始めた。
 「エブリンへ 事件は昨夜の予定だったが、手違いで延びただけなので心配しないでくれ。今晩は間違いない。ストリキーネとブロマイドの君のアイデアは秀逸だ・・・」と書きかけていた。
 ストリキーネ入りの薬品にブロマイド(鎮静剤)を混入すると沈殿し、沈殿した薬品を飲むと死に至る。医者・薬剤師の間ではよく知られた注意事項だった。エブリンは、エミリーの服用薬に、寝室に用意しているブロマイドを混入していたのだった。エミリーが町の催しで疲れ、当日は服用しなかったので最後の服用が1日遅れたのだった。

 蒼白になったアルフレッドをエブリンが抱きしめた。ジャップ刑事は二人を逮捕した。

 町の薬局にアルフレッドの変装をしてストリキーネを買いに行ったのはエブリンだった。エミリーが死ねばアルフレッドが最初に疑われる。アルフレッドが逮捕され、裁判で鉄壁のアリバイを出して無罪になるよう企んだのだった。一度、無罪になれば再び逮捕されることはない(一時不再理)。アリバイを言えないと言う理由にしたレイクス夫人との噂はアルフレッドではなくジョンだった。ポアロに不審を抱かせた失策だった。
 ローレンスやジョンに疑いが向くように変装道具やストリキーネを後で隠したのもエブリンだった。

 裁判は終わり、戻って来たジョンは、マリーの真心を知った。マリーもジョンを愛していると悟った。
 ローレンスが捜査に抵抗したのは。密かに愛しているシンシアが関係していると恐れたためだった。事情を知ったシンシアはローレンスの気持ちを知り、彼の求婚を受け入れた。シンシアがマリーは嫌っていると感じていたのは、シンシアにジョンが優しいので、マリーが嫉妬していただけだった。

 ポアロは事件を解決しただけでなく、館の人達を幸せに導いた。
 ポアロは「ボク等も、ふさわしい相手をみつけなくちゃね」と。