「えーと、確かこの道に沿って歩けば着くはずさ。」

カザンはマイケルの案内に従い、繁華街から追い出されたような暗く湿った狭い裏路地を歩いていた。

マイケルはぶつぶつ独り言を言い、辺りを何度も見渡しながら案内しており、行ったり来たりを繰り返していた。

「…マイケル、迷ったのか?地図はもらわなかったのか?それを見ながら歩けばいいだろう。」

カザンが呆れたようにマイケルに言った。

「いや、地図はもらわなかったんだよ。流出したらやばいからね。一応口頭で説明してくれたから、それに従えば…あった!ここだ!」

マイケルが指を指したのは、シミだらけの薄汚れたドアだった。

ドアの上には朽ち果てた靴屋の看板が外れかかっており、浮浪者独特の匂いを発している物乞いがドアの前を立ち塞いでいた。

「ここがそのバーか…とても大物政治家が通っているような所には見えないがな。」

カザンがここ数年掃除も塗装もされていないような壁のシミに軽く触れ、その指に息を吹きかけると塵が少し舞った。

「そりゃそうだよ。ここがバーって警察に知られたら大変だもの。」

マイケルは鞄の中のチケットを探しながら、当たり前だというような自慢げな顔をした。

「それくらいは分かっている。だがお前に招待状を渡すような連中だ。もっとズボラな奴らだと思っていた。」

カザンがマイケルをからかうように言った。

「そりゃ酷いよカザン。僕だってバーに繋がりのある顧客を持てるくらい会社を大きくしたんだぜ。」

カザンがマイケルをからかうと、今度はマイケルが戯けたようにそう反論した。

「冗談さ。さぁ、あの物乞いにこの招待状を見せれば良いのだろう?」

カザンが微笑みかけると、マイケルも笑顔を浮かべた。

「うん!そうだね!久しぶりにお酒が飲めると思うと、なんだかワクワクしてきたよ!」

「…この老いぼれに何か恵んでくだされ。」

カザンとマイケルが談笑しているとドアの前にいる物乞いが顔を上げ、こちらを見た。

「はいこれ、チケット。」

マイケルがチケットを物乞いに渡した。

物乞いはそのチケットをしばらく眺めると、それをマイケルに突き返し、少し後ずさり、怖がるように身を縮めた。

「これは一体何でございましょう?」

それを聞いたマイケルは少しの間、疑問の表情を浮かべていたが、意味を悟るとチケットをポケットにしまった。

「『西部の狼』だったよね?これでいい?」

「…『お客様』でいらっしゃいますね?どうぞお入りください。」

マイケルの言葉を聞くと、物乞いは先程までの気弱な様子とは打って変わり、ぬっと立ち上がって身だしなみを整えるやポケットから鍵を出し、ドアを開けた。

カザンとマイケルが物乞いの案内のもと中に入ると、長い通路が見え、その壁は外の様子とは正反対に煌びやかな装飾が施されていた。

「マイケル、さっきのは合言葉かい?」

物乞いに付いて行きながら、カザンはマイケルに尋ねた。

「なにかの拍子にチケットを拾った人との区別や、もし警察のスパイがこのチケットを手に入れたとしても簡単に入場できないようにするためのものです。」

物乞いが低く落ち着いた声でカザンにそう説明した。カザンは物乞いのその言葉を聞くと、少し顔をしかめた。

「しかし、警察にこの場所を悟られている状況では、もう手遅れに近いのではないか?気休め程度にしか効果はないと思うが。」

「…」

物乞いはカザンのその言葉には反応せず、通路を進んだ。

マイケルはカザンの言葉を聞き、物乞いの背中を見つめながら考える素振りを見せた。

「…確かにカザンの言う通りだね。でも気休め程度でもいいから何か対策が欲しかったんでしょ。だって…」

「お待たせいたしました。『お客様』どうぞお楽しみください。」

マイケルが続きを話そうとすると、物乞いが被せるようにそう言った。物乞いはドアノブに手をかけ、こちらを見た。

「マイケル、続きを話してくれ。」

カザンは物乞いの言葉を無視してマイケルにそう言った。マイケルはじっと物乞いを見つめていたが、カザンの方に視線を変えた。

「…まぁ、やっぱり大した話でもないし…まずはバーに入って楽しもうよ!」

「…」

カザンは何か腑に落ちないものを感じていた。

〜 つづく 〜

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