今回は、「頭で念じてカーソルを動かすことができた」と、イーロン・マスクがXに登校して話題となったことについてです。
(©ニューラリンク社HPより)
週刊エコノミスト(2024/4/30・5/7合併号)に、脳科学者の池谷裕司さんが記事を書かれていたので、ポイントを紹介します。
・2024年2月19日に、イーロン・マスクが「頭で念じてカーソルを動かすことができた」とXに投稿
・マスク氏は、ニューラリンク社の代表。同社は、脳に埋め込んだ記録用電極でその人の意図を読みとることで、ロボットやコンピュータを制御するシステムを開発している。
・同じような制御は、これまで数十人の成功例があるが、研究者が大学で開発するような無骨な装置とは異なり、ニューラリンク社の記録装置は、硬貨ほどの大きさに1024本の電極が組み込まれ、無線で送信されるスマートなもの
・ただし、同社の試験は、どのような条件でどのような実験が行われているのか明らかでなく、半ば秘密裏に人体実験が行われている形
・記者会見、取材にも応じないし、本来臨床試験を監督する米食品医薬品局(FDA)の質問にも回答しない。
・「客観的に事実を示すものがない」とのメディアの批判を受けて、ようやく3月20日に映像をライブ配信した。
・安全性には配慮しているようだが、「科学技術を専門家コミュニティーで共有することで進歩してきた」という従来の経緯とは一線を画している。
こんな内容でした。
硬貨ほどの装置を脳に埋め込んで、無線でロボットやコンピュータを操る、といったことに向けて、その一歩が既に踏み出されているんですね。
ニューラリンク社のHPを見てみると、このような技術を「BCI」(Brain Computer Interface:ブレイン・コンピュータ・インターフェイス)と呼んでいるようです。
この「BCI」が実現し、応用が広がると、インターネットのように世の中を大きく変革するような気がします。
重要度は低そうですが、手品・マジックの世界も変わりますね。
「念力」で物を動かすなんて、”お茶の子さいさい”になる訳です。
(ちなみに、「お茶の子」とは、お茶のお供に出される茶菓子のこと。簡単に準備ができて、お腹にたまらないお菓子である「お茶の子」から来た言葉のようです。)
けれども、池谷さんが指摘されているように、マスク氏の会社の開発は、倫理的な観点・安全性の加点と閉鎖性の観点で議論が残りそうです。
人の脳に記録用電極を埋め込むのであれば、たとえそれが硬貨ほどの大きさであっても、脳への影響が懸念されます。
実験に参加された方の脳に悪影響が生じるおそれもあるし、このような実験を秘密裏に実施できるとなると、報酬につられて、SFで出てくるような”マッド・サイエンティスト”の餌食となる人が出てきてもおかしくありません。
このような倫理的な観点・安全性の観点については、今後、十分な議論が必要なのではないでしょうか。
一方で。
「成果を専門家コミュニティで共有する」との従来のやり方と異なる、との指摘は、難しい論点があるかもしれません。
政府(例えば、米食品医薬品局)の監督によって、倫理や安全性が確保されていれば、学術・学問のように、成果が公開される必要は必ずしも、マストではないかもしれません。
これは、ニューラリンク社のような営利企業が、従来は、大学の研究者しかできなかったような、基礎的かつ最先端の技術開発を行うようになってきたことで顕在化してきた論点なのでないでしょうか。
学問は、論文などで公開されて、世界中の専門家の議論や研究を経て、正しいかどうかが明らかになったり、更なる発展を遂げたりしてきました。
他方で、営利企業は、特許や非公開のノウハウにより、画期的な成果を自社の利益につなげたいと考えるでしょう。
とすれば、基礎的かつ最先端の技術開発を営利企業が行う場合は、倫理や安全性が確保されることが前提であれば、知見を専門家コミュニティーで共有する必要は、必ずしもないのかもしれないと思いました。
今回は、ここまでです。