2023年2月4日、節分が終わり春の近づく頃「第8回福澤杯争奪全国学生辯論大会」が開催されました。

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<第8回福澤杯争奪全国学生辯論大会>
慶応義塾大学弁論部藤沢会が主催する弁論大会。近代日本の議会政治の立役者、福澤諭吉に倣い、首都圏の大学辯論
部の代表者が現代社会への提言としての政策弁論を競う。会場となる三田演説館(慶應義塾大学三田キャンパス内)は、国の重要文化財指定建造物だが、この大会では一般開放される。演説時間は12分+質疑応答15分。審査は論旨70点、理念・熱意20点、声調・態度10点の合計100点。演説内容はもちろんのこと、野次や質疑への対処というその場での対応力も必要とされる。
 
 野次や質疑という聴衆からも熱気がぶつけられる中、各大学の代表者達による熱弁が繰り広げられました。

1.「場を設けよう」 山口 晟河さん
 「話せばわかる」戦前の総理大臣、犬養毅の言葉である。私は、ある企業のITセキュリティを調べていた際に、セキュリティホールを発見してしまった。発覚すれば被害が大きいものであった。しかし、現在の日本では企業へ安心して報告することができない。これは該当する法律である不正アクセス禁止法の不備によるものである。現在は仮に報告・指摘が善意によるものであっても、報告者が不正にアクセスしたと疑われ処罰の対象となりかねないのだ。かといってIPA(独立法人 情報処理推進機構)に連絡するだけでは、セキュリティホール問題は解決しきれない。
 そこで私は、こうした報告者(ホワイトハッカー)が公益のために活躍できる場を提供すべく、IPA主導での法整備を行うことを提案する。公益を守るため、法の不備が有れば話し合いの場を設け、互いの善意と立場への信頼を確立することこそが大切なのだ。


 ネットワークの時代に、対処すべきセキュリティについて踏み込んだ提案が面白い弁論でした。ルールに闇雲に従うのみならず、公益のための話し合いを絶えず行うことについて改めて考えさせられます。一方で、善意と悪意を持つハッカーの見分け方、ホワイトハッカーの認知の無さへの懸念が質疑に上がっており、クリアすべき問題も未だ見受けられました。声がこもり気味で、質疑に押され気味でしたので押し切られない様に強く言い返すと良いでしょう。

2.「ここに決めた」 小山内 建登さん
 慶応義塾はお金持ちが通うイメージがある。しかし、私の家庭も負けてはいない。そんな我が家は節税対策としてふるさと納税を行っている。この税制は都市から地方への財政移転を狙った制度で、納税に対してその地方自治体からの返礼品が来ることでも知られ、2021年納税額は合計8300億と普及している。しかし、この税制は高額納税する程、豪華な返礼品を受ける=優遇される制度でもある。それは、富の再分配という納税の理念に反するものなのだ。
 そこで私は、ふるさと納税の返礼品は納税額ではなくて収入に応じて決定するべきと考える。返礼品を減らしてもふるさと納税は減らないであろう予測もあり、こうすることで税制としての理念にかなうものになる。「ここに決めた」と納税先を選ぶ前に、その制度の在り方を今一度考えよう。


力強い声と、ふるさと納税という一見成功している税制に対する視点が面白いお話でした。聴衆の興味も上手く掴みつつお話されていますね。なぜふるさと納税に対してこだわったのか、誰を救いたいのかと鋭い質問が有りましたが、富の再分配という点では任意であるふるさと納税に絞るより他の税制をテーマとした方が説得力は出せたかもしれません。また、演説の声が力強かっただけに、質疑も同じくらいの声で発すると良いかと思いました。

3.「人生のすゝめ」 池谷 悠里さん
 「私もやってみたい!」大勢の前に立ち堂々と話す弁士の姿に感銘を受け、私も弁論を始めた。しかし、どうにも野次が煩わしくストレスに感じる。現代はストレスをため込んだ人々がうつや自殺へ繋がることも有り、ストレス対処は大きな課題である。がストレスには大きく、①優ストレス、②否ストレス、③どちらにも成り得るストレスがある。③のストレスはネガティブバイアス(一部のネガティブを全体のもの捉える思い込み)が原因で悪いものと思う場合が多い。
 そこで私は、認知の評価を見直すことを提案したい。ストレスのうちストレッサー(原因)、ストレス反応アプローチ(解消行動)への対処は限られるが、ストレス認知の捉え方を変えることで、ストレスに苦しむのではなく、ストレスを楽しむ社会に変えていこう。


気持ちの入った発声でしたね。ストレスについてのメカニズムが良く分かるお話です。
質問にあった通り、ストレス認知をどう捉え直すかについての言及が欲しいところ。これが入ることで、話の実現性が大きく上がります。また、ストレスの説明についてに時間が多く割かれており、より主張部分にかけても良かったように思えます。ストレス認知成功の実例を交えて話を展開することでより納得させられるお話と見受けました。

4.「CONCRETE SOLUTION」 芦澤 時さん
 私の来ている服は、父の会社のユニフォーム。父はコンクリート会社を経営している。社会インフラはコンクリートで成り立っているが、今そのコンクリート会社が負担を強いられている。産業構造は①セメント(コンクリートの原料)会社⇒②コンクリート会社⇒③建設会社だが、大企業である①③に比して、②は産業構造上、地域密着の中小企業かつ協同組合で価格を決めてしまっているため③への癒着をせざるを得ない産業構造は、②が無償サービスを行う場合が多く苦しい経営となる。
 そこで私は、協同組合を廃止し①②の会社を統合することを提案する。セメント、コンクリート企業の一体化は癒着を無くし産業の健全化と高品質化につながる。自信大国日本ではそれは災害時の安全保障にもつながるのだ。


野次への対抗の仕方も良く、またコンクリート産業の実情を分析そして納得させる提案が光るお話でした。どこから出す話か、一足飛びに組合の廃止まで踏み切るかは議論の余地はありますが、効果的な提言ではないかと感じました。質問への対処が、長くなりがちでしたので出来る限り回答は結論から伝えていければ、より隙がない弁論かと思いました。

5.「女神の隠匿」 高森 光さん
2014年事故に逢い障害を負った女性が起こした裁判は、加害者からの賠償額に納得できない結果に終わった。現在の日本の司法では、賠償金の判断方法は明示されない。その結果、賠償金に不服であっても控訴上告できないケースが後を絶たない。指摘に対しても国は「明示すると通例となり恣意的に使われる恐れがある」重い腰を上げず改善されないままである。
 私は、賠償金の判断方法は明示すべきだと考える。裁判所は開示を求められれば公開の必要もあり、恣意的に用いられることは現行でもあり得るのだ。また、そうした用い方を裁判所自体も退けられる。司法の女神の天秤は一方に傾けるべきではない。


質疑への丁寧な回答が印象的でした。問題提起と解決方法も明快です。ただ、提案の内容が長く一部だれてしまうところがありました。また、控訴上告ができるようにな手も裁判による決着が長引くとすると、司法全体のスピード感の話が次で言及されていく必要がありそうでした。

6.「剣はペンよりも強し」 内藤 拓真さん
 「ペンは剣よりも強し」元々この言葉は、フランスの政治家リシリューが軍を命令書で抑え込んだことからきた言葉で、ペンとは社会権力の象徴であった。現代の学歴社会はまさにペンを獲得するための競争であり、我々は否応なくこの学歴競争に参加させられる構造の暴力を受けているのだ。現在この学歴社会からは逃れられないが、そのうえでも上位も下位も疲弊するだけの無意味な学歴偏重は防ぐべきである。ペンこそが今や暴力である。
 私は、自分の目標を個々人が今一度洗い出し、そのうえで自身の学歴を再定義すべきだと考える。不登校の女の子が教師を目指すに至る、それは学歴を再定義することから始まる。


信念が強く伝わってくる演説でした。ご自身の実感がよく現れていますね。自分自身が成したいこと見つめ直すことは意義のあることと思います。すべての人ができるのか、ひとりでの再定義は難しいというご指摘にはより議論を深めてほしいところ。聞いた限りでは、学歴から離れる場所の確保が有れば進められるかとは思いました。是非、信念を胸に成してほしいと感じる演説でした。

7.「その生ヲシニ遂げる」 立花 姫菜さん
バイト帰りの暗い家で独り、孤独を感じたことはないか?コロナ禍で人と会う機会が減り、我々は孤独と隣合わせである。孤独は社会的なつながりから隔絶された時に、自らの価値が揺らぎ無気力感として襲ってくる。それを防ぐには社会との接点を持つことだが、電話相談などでは対処しきれるものではない。
 そこで私が勧めたいのは、“推し”を作ることだ。アイドルでもyoutuberでも、何かを応援する仲間とのつながりは経験則からも統計的にも孤独感をカバーできる。これを中継点とし、ゆくゆくは自分の人生を推すことができる様にしていこうではないか。


意外な提案が印象的なお話でした。前半の展開とのギャップが激しいですね。推しの引退や、推しを持つことと孤独の関係性ももう少し考えたいところですが、最終的に何かに依存するのではなく自立のためのステップであることから、推しを持った後の動きについての言及が有ると良いと感じました。また、声はやや小さく聞き取れない場合がありましたので、より張っていくと良いでしょう。

8.「命の自転車操業」 間島 秀慧さん
私が3カ月に一度行く場所は献血ルーム。年間500万人が献血し。その血液は輸血と血液製剤に使用される。しかしある時、その血液が今や海外からの輸入頼りであることを知る。輸入血液は①不安定な供給、②国産より高い副作用の2つの問題がある。献血は「命のバトン」と言われているが、そのバトン、特に血液製剤用の血液は今や大きく不足し、不安や危険が付きまとい余裕がないことから今や「命の自転車操業」なのだ。
そこで私は、廃棄する輸血用血液を血液製剤に回すことを提案したい。その為にはこれまで一部地域でしか上手く機能していなかった、ブラッドローテーション(地域血液センターによる血液の適所への仕分け)を構築すべきである。それが、血液の有用な安定供給へと繋がるのだ。


献血の実情と、対応すべき内容が明示されており納得感の高いお話でした。一般聴衆がどう行動に結びつけるかというところまでの踏み込みは、難しいと思われますが、現在のネットワークの強化という現実的な提案は魅力的です。演説そして質疑への落ち着いた声も良いですね。

 以上、8名の弁論でした。
 野次と質疑の有る弁論ということで、野次や質疑が効果的に弁論の議論を深める場面もありました。何より聴衆が受け身ではないので、大会自体に活気が有りますね。
一方で弁士や質問者の質疑が、結論が後になり進行から注意を受ける場面もありました。想定問答はされていると思いますが、質疑応答にも堂々とした態度や応答の明快さが求められる分、難しいものだと感じました。
 
結果の方は、下記と相成りました。入賞された皆様おめでとうございます。

最優秀賞:間島 秀慧 弁士
 優秀賞:内藤 拓真 弁士
 第三席:芦澤 時  弁士


入賞された皆様は、内容もさることながら質疑へ回答が非常に落ち着いており、ご自身の考えや意見を物怖じなく返せておりました。
入賞できなかった皆さんも、個々のお話に強いメッセージが有りました。
弁士の皆様の今後のご活躍、楽しみにしております。