ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

山添議員の書類送検のこと

 むかし若い頃、夜8時過ぎまで仕事をし、車での帰り途、コンビニで買い物をした直後に検問に引っかかったことがあった。そのときたまたまシートベルトをしておらず、お巡りさんにそのことを指摘されたので「はい、はい」と愛想よく慌ててシートベルトをしたが、間に合わず、そのままパトカー内に移動するように言われてしまった。「ちぇっ! ついてない」と思いながら、パトカーの中から外を見やると、シートベルトをしていない車が通って行くのが見えた。「お巡りさん、お巡りさん、あれ、あれ…」と言ってはみたが、警官は書類の記入で忙しく、ほぼガン無視。大いに機嫌を損ね、捨て台詞に「私、お巡りさんの名前、一生忘れませんから」などと口走ってしまった(若気の至りとはいえ、苦笑もの。肝心のその担当警官の名前はもう思い出せない)。

 共産党山添拓・参議院議員が鉄道の線路に無断で立ち入ったとして今月16日付で書類送検されたという。現場と思われる写真を見たが、幅5, 60センチほどの小道が線路と交差していて生活道のように見える。「私設踏切」と呼んでもいいこの小道を通ったら、「鉄道営業法違反(鉄道用地内立ち入り)」の容疑をかけられたというのだ。

共産の山添拓参院議員を書類送検 線路立ち入り容疑「機関車撮影で」:朝日新聞デジタル

 はっきり言ってこれは恣意的である。どんな人でも叩けばホコリが出てくるものだと思うが、この件は、「普通の人」ならば車で40キロ制限の道を45キロで走るような話だと思う。小生は車で走行中無差別の検問にたまたま引っかかって、座席ベルト装着義務違反となった。これは、特に小生でない別の人がが通りがかっても同じように止められて調べられるだろう。ところが、山添議員の場合は、おそらくは差別的に行動を監視された結果、こうなったと思われる。彼は、「撮り鉄」だったから上げられたのではないし、素行が悪かったから上げられたわけではなかろう。端的に言って、共産党議員でなければ、たぶん上げられなかった。もっと言えば、上げるのはこのタイミングにする必要があった。そう思える(事は去年の11月3日午前の話だ)。

 踏切のない線路を住民が生活道として横切る例(「勝手踏切」と呼ぶそうだ)はあちこちにある。小生が住む田舎にも一昔前は警報器のない踏切があった。今でも全国で約1万7000カ所にこうした「勝手踏切」が存在するという。この件は以下を参照いただきたいが、全国で放置状態にある「違法行為」を、埼玉県警は?ことさら山添議員の場合だけは看過しなかったということか。
「勝手踏切」全国に1.7万カ所 違法でも鉄道会社は黙認か | 毎日新聞

 書類送検するにしても、これは10ヶ月以上もかかる案件かという疑問もある。14日に新警察庁長官人事が発表されたタイミングにも嫌なものを感じる。法学者で早稲田大学水島朝穂さんの20日付の文章にこう書かれている。部分引用を許されたい。

平和憲法のメッセージ

…安倍政権、それを「継承」した菅政権の9年について、一般的に「功罪」を語ることは許されないのではないか。メリットとデメリットに分けて論ずることができるようなレベルの政権ではなかった。
私は3年前に、直言「安倍政権の「影と闇」――「悪業と悪行」の6年」をアップした。安倍がやった数々の悪業のなかで最大のものは、2012年の政権復帰とほぼ同時に、憲法の改正手続を定める96条に手をつけようとしたことに始まり 、2014年に集団的自衛権行使違憲の政府解釈を強引に変更したことだろう(「7.1閣議決定」)。憲法軽視や憲法無視はしばしば起きるが、「アベ的なるもの」(Das Abe) の際立った特徴は「憲法蔑視」にある。菅もまたこれを継承し、衆議院の総議員の4分の1の要求があっても、臨時国会の召集を「見送る」という態度をとり続けている。憲法53条後段により、臨時国会召集は、裁判所も「憲法上明文をもって規定された法的義務」としているにもかかわらず、2カ月以上も憲法53条後段に違反する状態を続けている。「みっともない憲法」という安倍のむきだしの憲法蔑視とは異なり、菅のそれは、寡黙で陰険な憲法蔑視といってよいだろう。
「アベ的なるもの」が菅政権においてさらに開花したのが、シュタージ(公安警察)的手法であろう。この政権は、内閣人事局公安警察的手法による官僚操縦に長けていた。特に権力私物化が際立ったのが、元TBS山口敬之の準強姦事件の逮捕令状を握りつぶし事件だろう。裁判官が発布した逮捕令状の執行を、警視庁刑事部長がやめさせるなどということは、刑事ドラマ「相棒」にも出てこないシナリオである(「相棒」の内村完爾刑事部長(片桐竜次)はけっこう憎めない性格! )。山口が「アベ的なるもの」の親密圏にいるからこその「奇策」である。この時の警視庁刑事部長は、菅官房長官の秘書官をやった中村格で、その後出世して警察庁次長になった。中村は、9月22日付で警察庁長官に昇格する。1年8カ月前の直言「公務員は「一部の奉仕者」ではない――「安倍ルール」が壊したもの」で、中村が警察のトップとなる可能性を示唆していた。安倍・菅政権の「影と闇」は深い。

 ここに出てくる中村格こそ、14日発表の人事であさって付で新しい警察庁長官となる人だ。構造的には、シュタージ(公安警察)的=恣意的手法による「私物化権力」の現れともとれる。

 Twitterの中には、警察が監視していても、この程度の些細な違法行為しか上げられないのだという意見もあったが、逆に、しかける側にとっては「この程度」で十分とも思える。今朝のテレビ朝日では、山添議員の件が、選挙期間中に自動車事故を起こして何の釈明もせず、都議会にも姿を見せない東京都議と並べて報道されていた。あるいは、「撮り鉄」たちが線路内に入り込んだり、(撮影に邪魔な?)一般人の敷地内にある樹木を勝手に切った跡を示した写真も放送された。これに山添議員本人の「反省してます」とのコメントをつければ、共産党議員の違法行為を十分世間に印象づけられる。これが、”違法行為をする共産党議員” に転化し、さらには ”共産党=違法集団 " へと進化すれば、先の「ひるおび」の八代発言や加藤官房長官の政府見解(「共産党の暴力革命の方針に変更はないものと認識」)発表をわりと抵抗なく受け入れられるようになる。

 今朝たまたま千葉テレビの番組「寺島実郎の世界を知る力~対談篇~時代との対話」(元は4月21日放送のTOKYO MXの番組)に細川護熙元首相が出ていて、こんな対話が交わされていた。

 寺島戦前の日本に戻そうとするようなエネルギーが、この10年間くらい(強くあって、)日本の進路をその方向に戻そうと…情念を燃やしているような人たちが(います)、憲法の改正なんかも含めてね。いろいろな考え方があっていいとは思うんですけど、日本という国、やはり柔らかい戦後日本が踏み固めてきたのは、かったるいと思われるかも知れないけれども、民主主義で、これを大事にしていくことだと思うんですね。ある一時代を背負われた方として、たぶん同じ思いをお持ちではないかと思うんですけど、いかがでしょうか?
 細川:私もそれは全く同じだと思います。戦後70年間、日本がこれだけ平和な国で経済的にもいい水準でここまで来られているのは、平和憲法のお陰だと思いますね。そういう意味では、「押しつけられた」憲法であっても、少なくとも数十年間、私は全く変える必要はないと思っているんです。自民党の中でいくつか環境などのテーマが挙げられていますけれども、憲法を変えなくても法律で変えられる話ですから。
 寺島細川さんと話していて感じるんですが、政治学の仰々しい議論ではなくて、「草の根」に対する問題意識だとか共感とかいうものを、細川さんは強烈に持っていると、僕は時々刺激を受けるんですね。
 細川:だんだんと国家主義的な動きや話が最近出てきていることが心配だというお話がありましたけど、何でも国が音頭をとって…。具体的に言うと法律ですね。こんなにたくさん法律をどんどんつくる必要があるのかっていうね。できるだけ少ない方がいいという感じがするんですね。国が決めたんだと、そっちへみんな行けっていうね。そういうことはできるだけやらない方がいい。見てると、毎年、150本くらいの法律が出てくるんですけど、ちょっと多すぎると思いますね。そういうことでなくて、法律の数がたくさんあることよりも、どれだけその国が、いい歌や詩や、そういうものがあるかということの方が、私としてははるかに関心がありますね。
【ゲスト細川護熙】寺島実郎の世界を知る力対談篇〜時代との対話〜#1(2021年4月25日放送) - YouTubeより)

 細川氏らしい発言だと思うし、共感もする。しかし、法律が多すぎることはともかく、その法律を恣意的に適用するこの「しかけ」と「いい歌や詩」が出てくることが必ずしも相反しないところに、この国の文化の刻印というか、闇深さを感じてしまうのだが…。


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