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今日はひとつ、想像力を用いて読んでいただきたい。

この宇宙という”無限の場”について書きたいと思う。

今僕らは生きている。人間として。

人間である以上、人類の歴史を理解することが精いっぱいであろう。

事実かどうかは別として、僕ら人類は猿であったようだ。

そこから原始人となり、とてつもなく長い年月をかけて僕はこの瞬間にブログを書いているというわけだ。

もちろんこれは推測だ。

現在の人類力で考えられる最高の推測なのである。

ここで少し話しは変わる。

コロンブスがアメリカ大陸を見つけたとき、彼は船で世界を横断した。

その当時の人類はこう思っていたようだ。

広い海の向こうは、きっと滝になっていて落ちてしまうのだと。 

宇宙が知られていない当時では、地上は平面であり、その先端が必ず存在する。

その先端までいくと崖になっているという発想なのだろう。

しかしこれも当時の人類力ができる最高の推測であったわけだ。

その後も推測は続けられ、地球が丸いことが判明し、地球が青かったと残した宇宙飛行士もいる。

ここで立ち止まって考えてほしい。

深く想像してほしいという意味だ。

この一連の人類の歴史についてどう思うだろうか?

0~10までとして考えた場合、0が原始時代。地球が青かったときが4としよう。

現在では月にも基地を作っているとかいないとか…、ここを6としようか。

こうして10の真実に向けて少しずつ宇宙を解明しているように考えているのではないだろうか?

結論から言えば、それは違う。

数字の配列のごとく順序立ててゴールを求めて進むという考えは、人間レベルの狭い思考である。

誤解をしないでほしいが、人間レベルという言葉の本質はこうだ。

僕ら人類は、人間として制限を作っていてはならないということ。

人間は創造する能力を持っている。

何もない場に、形を創ることができるのだ。

つまり0~10なんて区切りは存在しない。

しかし逆に、存在すると思ってしまったのなら存在してしまうということ。

わかる?

人類は創造した通りの現在を創り続けている。

僕らは創造によって、何もない場に形を創ることができる存在なんだ。

これは魔法使い以上の能力である。

よって使い方を間違えることだけは避けなくてはならない。


コロンブスがいなくても、他の誰かがやっていたとは思うが、

もし仮にコロンブスも、他の誰かも出てこなければ、地球は平面のままであり、その先端部分は崖になったままだったということ。

そしてこの思考で止まっていては、人間と動物の差はなかったわけだ。

宇宙人がいると創造し、接触を試み続けるのならば、人類は宇宙人と酒を交わす未来があるのだろう。

つまり宇宙とは、無限に広がる思考の場だということ。

アメーバのごとく無限に繁殖できてしまうのだ。

今までの歴史は、たまたまこのように創造されただけに過ぎない。

けして10という真実に向かっているわけではないのだ。

そしてこれは個人の人生でも適用される。

自分は何のために生まれてきたのか?

こんな疑問を持ったことはないだろうか。

その答えはアナタが持っている。

アナタが創造することで、何もない場に現実を創りだすことができる。

だからこそ、使い方を間違ってはいけないよ。

最高の人生を創ろうじゃないか。

最高の人類の未来を創ろうではないか。

何でも選択できるなら、恐怖を考えるなんて馬鹿げてる。

差別もなく、お互いを尊重し合える、自然環境にも動物にも優しい未来を創れる僕らには、その責任があるんだ。

責任が…。

よーく考える時間を作ってみてほしい。

この能力について。




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