【修行者列伝〈ミャンマーで出逢った修行者たち〉#21】 派手好みの修行者

2021年1月2日土曜日

修行者列伝

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このシリーズでは、各地の瞑想センターで実際に出会った特筆すべき修行者たちを紹介しています。一人一人の修行者から学ばせていただいたことも多くあり、敬意をもってここに綴らせていただきます。




Aさん ドイツ人 40代 女性

ミュンヘン市


修行者の掟 


 ミャンマーの瞑想センターで修行する時は、通常在家の修行者は八戒といって

①生き物を殺さない
②他人のものを盗まない
③性行為をしない(オナニー、同性間セックスも)
④嘘をつかない
⑤酒、麻薬等、酔うものを摂らない
⑥12時以降は食事をとらない(お茶、コーヒーも)
⑦装飾品を身に着けたり、歌や踊り、芝居等の娯楽に興じない
⑧豪華なベッドに寝ない(贅沢な暮らしをしない)

という仏教で定められている掟を守らなければならない。



それ以外にも瞑想センターによって服装の規定が設けられていて、男性の場合は上は自由だが、下はロンジーというミャンマーの民族衣装である腰巻きを巻かなければならない。



修行者は全員スッピン




女性の場合は更に厳しく、上に着るシャツの色も白と定められているし、ロンジーの色も濃い茶色と定められている。また髪も後ろで束ねておかなければならない。



掟破りの金髪女性 


 だがこの通り、人生をずっとセクシー系美女として生きてきて、多少の衰えはあれどまだまだ色気ムンムンで若い娘には負けないつもりでいる修行者Aさんにとって、こんな地味な服装で過ごす事など、到底耐えられる仕打ちではなかった。




ビーチではしゃぐAさん



そんな彼女が南ドイツのミュンヘンからミャンマーのS瞑想センターまでやって来たのが2015年の1月。ちょうどジャーマンウイングスの航空機9525便がフランス南東部で墜落事故を起こす2か月半前の事だった。

Aさんはまず、Sセンターに着くなりあまりの想定外の服装で瞑想ホールに現れ、他の修行者たちの度肝を抜く事になる。

なぜならその時の彼女が身に着けていたのは、一応焦げ茶色のロンジーだけは巻いていたものの、上半身に身につけていたのは、胸元にデカデカとあの伝説のイギリスのロックバンド、ローリング・ストーンズのシンボルマークが入ったど派手なTシャツだったからだ。









そればかりではない。その時のAさんは背中まで伸ばした長い金髪をサラサラと風になびかせ、顔にはうっすらとメイクを施し、耳には大きなイヤリングをし、首には豹柄のスカーフを巻き、キラキラのネックレスをぶら下げ、指には指輪がいくつも光り、香水の匂いを漂わせ、足の爪はマニキュアで真っ赤にし、そして5センチ以上も高さのある厚底サンダルを履いて颯爽と歩いて来たのだ。




猫とたわむれるAさん



その時S瞑想センターにいた修行者は全部で200人以上。内訳はミャンマー人と外人とが半々ぐらい。外人は韓国人、ベトナム人、中国本土・マレーシア・シンガポールなどの中国系がそれぞれ20人ぐらいづつ。アメリカ人が10人ぐらいで、それ以外の白人が30人ぐらいいた。日本人は私と20代の女性と2人いた。


「何だありゃ?」


当然彼女の事を修行者だと思う者は誰もいなかった。私もてっきり派手派手の外人が瞑想センターを見学にでも来たと思っていた所だった。


「コラーッA!あんた何考えてんの!?」


だがその時だった。修行者たちを世話している瞑想センターの尼さんたち数名が、凄い剣幕でAさんの事を追いかけて来たではないか。


「それダメーッ!!」


そう言ってAさんの腕を掴んで、宿舎の方に連れて行ってしまったのだ。



なぜ地味にするのか?  


 そんな感じであまりにも華々しい瞑想センターデビューを果たしてしまったAさんであったが、この時はまだ瞑想修行をする上で、服装の規定があるという事などよく判っていなかったのだ。

ではついでに、なぜ瞑想修行をするのにそのような身なりについてやかましいく言うのか理由を説明しておくと、まず修行で目的としているもののひとつに「尊敬されたい、舐められたくない、嫌われたくない」などといった承認欲求や「私は偉い、カッコイイ、美しい」などといった自分を特別視する思いの観察がある事が挙げられる。

そこには人間の世界は、それぞれがそのようなプライドやら自意識やら、トンデモナイ錯覚やらを持っているため、お互いに比較したり競い合ったり奪い合ったりして、苦しめ合い、トンデモナイ事になっているという考え方があるからだ。

そしてありのままに物事を見る事で「宇宙は実際にはひとつのもの。それぞれは別々のものではない。みんな同じものの部分部分」という現実に気づき、そのような錯覚を取り除いて、自然な生き方に戻る事を目指しているのが瞑想修行者だという事になる。

だから「私は美しい」という気持ちや「他人から良く見られたい」という気持ちを増大させるような行為を慎まなければ修行は決して進歩する事はないのだ。



探求のテーマ  



「あんたはその気持ちを探求しなさい!」


そういう訳で瞑想センターに来るなり、いきなり瞑想の探求テーマを与えられてしまったAさんであったが、この時はまだ瞑想修行とは何を目的に行っているものなのか全く判っていなかった。

Aさんは無類のアジア好きで、これまでインドやタイ、チベットなどを頻繁に訪れている。

ミャンマーは3年連続3度目の訪問だ。2度目だった前年に瞑想を知り、あまりの気持ち良さに今年はぜひ1か月間の瞑想修行に挑戦しようと意気込んで来たところだった。



「あんたそれ化粧依存症よ!」



それなのに初っぱなから尼さんたちに色んな事を言われてしまう。こんな目に遭うとはちっとも思っていなかった。いきなり現実を知らされて途方に暮れるAさん。



男たちが寄ってくる 


 だがヘコんでなどいられない。まだ全然瞑想をやっていないのだから。瞑想センターの規定通りの地味な服に着替えて、とりあえず歩く瞑想からやろうと中庭に出た。そして厚底サンダルを履いてカッポカッポ音を立てながら闊歩していると今度は尼さんから


「何その歩き方は!ちゃんと観察してるの」


と言われてしまう。


「えっ?」


驚いて周りの人々を見ると、皆んな何やら観察しながら歩いているようだ。感情とステップの勢いとの関係を観察したり、思考と身体の緊張感との関係の観察したり。

「なるほど!そういう事を観察する訳ね?面白そう!やってみよう」

やっと少し要領が判ってきてやる気が出てきたAさん。何とか見よう見まねで歩く瞑想を始めた。だがその時だった。今度は馴れ馴れしくAさんに話しかけてくる男がいたのだ。


「やあ!キミはどこから来たんだい?」


その時期Sセンターには20代から50代までのアメリカ人男性が5〜6人いたのだが、そのうちの1人の40代の男がセクシーなAさんを見て魅了されてしまったようだ。


「俺Bって言うんだけど少し話さないか?」


そうやって話しかけてくるBに戸惑いながらも彼女は「アハハ・・悪いけど私今瞑想してるの、後でね・・・・」と何とか手を振って逃げてしまった。

せっかくいい所なのに邪魔が入ってその場を立ち去るAさん。いつもは男が寄って来ないと淋しく感じるが、今はそれどころではない。

仕方ないから坐る瞑想に切り替えようと瞑想ホールに行くと今度は尼さんがいて「何で歩く瞑想止めたの?」と言われてしまった。

理由を話すと逆に「ホラ言わない事じゃない!あんたが誘惑したんだからね!」と、また怒られてしまった。

だがAさんには疑問に思う事があった。遊びに行っている時だと誰にも話しかけられないと淋しいのに、瞑想センターでは話しかけられるとウザく感じる。

「それって一体何なの?もしかしたらブッダのパワーが働いているの?」尼さんにちょっと聞いてみた。

すると尼さんは「それは良い事と悪い事って望んでる事によって違ってくるからよ。あんたその時に瞑想やりたいって望んだんでしょう?」と教えてくれた。

なるほど!言われてみればそうだ。確かに望みが叶えば気持ちいいし、都合悪いと気持ち悪い。この尼さんたちはいちいちやかましいけど、言ってる事はそれなりに理に叶っている。

そうやって尼さんたちとあれこれやり合っているうちにAさんは段々と仏教に目覚めていったのだった。



地味な修行者への変身 






 それからというのもの、Aさんは地味に黙々とやるタイプの修行者になった。

地味にというのはミャンマーのオバサンたちに混じって一緒に修行していたというだけの事だが。

また、普通は白人さんたちは最初のうちはアグラをかいて座れず、椅子に座って瞑想しているものだが、Aさんの場合は上手にアグラをかいてみせて周囲の人々を感心させていた。






あとはAさんと言えば、よく尼さんたちに混じって庭そうじをしていた事を思い出す。自慢の金髪を土埃だらけにしながら竹箒で落ち葉を集めては燃やしていた。

どうやら彼女は変身したというよりも、元々そういうタイプの人だったのかもしれない。単に服装の趣味が派手好きだというだけでイケナイ人のように見るのは、私の悪い癖だ。

だがAさんがハマっていたのは、瞑想よりもむしろ欧米の瞑想指導者たちの講義だった。

S瞑想センターにはオーディオルームという部屋があって、様々な瞑想指導者の講義のDVDが揃っている。彼女は暇があればここに来て勝手にDVDを見ていたのだ。






Aさんがハマっていたのは勿論、ドイツ出身の人気ナンバーワン指導者、エックハルト・トールだった。






Aさんと秘密を共有する 


 そんな感じでAさんがSセンターに来て10日ほど経った頃だろうか、だいぶ修行の生活に慣れてきた頃、私に何やら相談を持ちかけてきた。

AさんがSセンターにいた時期はちょうど冬休み期間中で、修行者の数が通常の3倍ぐらいになっていたのだが、こうなると大変なのは食事係だ。作る量も通常の3倍になってしまう。瞑想センターに雇われている料理人たちだけでは賄い切れない量だ。

そこで修行者たちも食事係の手伝いに動員される事になる訳だが、この時は私も古株の一人として駆り出されていた。




コーヒー係


私が任されていたのはデザート係と言って、朝食に付けるコーヒーを作ったり、ビスケットやカステラや果物を一人一人に配ったりする仕事だった。そこへAさんがやって来て言った。


「あなたコーヒー係?お願いがあるんだけどいい?私ね、朝のコーヒー大好きなの。一杯じゃ足りないからもっと欲しいの」


私は専問の料理人や他の修行者たちと毎朝200人分のコーヒーを作っていた訳だが、その総量たるや1人分100ミリリットルとして、20リットル以上にもなっていた。当然多めに作ってあるからそんなのお安い御用だ。余った分はどうせ捨ててしまうのだから全然構わない。


「いいよ!」だから二つ返事でOKした。


ただし条件がある。他の人々には内緒という事で。他の人々まで「私にもちょうだい」と言ってきたら今度は足りなくなってしまうからだ。


「判った!勿論よ!」


そのようにして私とAさんとは秘密を共有する仲になったのであった。



ライバル意識を持つ男 


 それ以来Aさんは毎朝食堂の約束した場所に250ミリリットル入りの保温可能な水筒を置いておくようになった。それに私がコーヒーを入れておけば朝食に現れたAさんがそれを持っていくという作戦だ。他の人にバレないように2人でそんな事をやっていた。

そして私はいつも食事は一番奥の出口の前のテーブルでとっていた。だから食事が終わったAさんは帰る前に私に水筒を見せて「受け取ったよ」と手を振って行くのであった。






だがそこに問題があった。私はその時アメリカ人のBという男と同じテーブルで食事をとっていたのだが、彼は以前Aさんに話しかけたものの相手にされなかった男だったのだ。

にもかかわらず、私の方はAさんと毎日何やらコソコソ和気あいあいとやっているから、どうも気を悪くしたようだ。

私の事を「何だコイツ?こんな奴のどこがいいんだ?」みたいな目で見ている。

また、話しかけようとしても「いいよ」みたいな感じで無視してしまう。宿舎にいても瞑想ホールにいてもどうもギクシャクしてしまって気まずい。本当の事を話す訳にもいかないし困ってしまった。

そこでしょうがないからAさんに「Bにも手を振ってやってよ」と頼んだ。そしたら彼女も直ぐ状況を察して「あっ!判った!」とケラケラ笑いながらOKしてくれた。

そしてAさんは次の日の朝食後から早速それを実行に移し、Bを上機嫌にしてしまった。彼女の男あしらいの上手さと言ったら素人技とは思えなかった。Bをおだてて持ち上げ、色気たっぷりに丸め込んだのだ。

まるで高級クラブのママみたいに。

一体このAさんは何者だったんだ?プロか?



自分のスタイルに戻ったAさん 


 そうやって彼女は失敗もあったが、熟練した技を見せたりもしながら、ひと月ほどS瞑想センターで修行して過ごした。

「誰かと話している時、相手の言う事を受け入れたり慈悲を送ったりしていると、何を言われても怒らないし傷つかない。メッタがあるとプライドが出ないのよ、本当よ」

「好きな人には嫌われたくないし、嫌いな人からは見下されたくないの」

そして尼さんたちの受け売りかもしれないが、一応最初に言われた観察テーマの答えも見つかったようで、Aさんは満足してリトリートを終えた。

そして瞑想センターを出て、帰国の途につこうととしたら、何と!最後に世話係の尼さんたちが皆んなで見送りに集まって来たではないか!

そして皆んな口々に「あんた、まだいなさいよ!帰っちゃダメよ!」とAさんを引き留めた。

何だかんだ言って尼さんたちは彼女の事を気にいっていたようだ。そうだAさんは自分のスタイルを捨てて瞑想センターのやり方に合わせてくれたのだから尼さんたちも嬉しくない訳がない。

尼さんたちは文化の違う国から来て自分たちのやり方に合わせてくれる人々に、本当は恐縮していたのだ。

だからAさんに「ここを出たらまた自分のスタイルに戻っていいんだからね」と済まなさそうに言っていた。

「あんたはよく頑張ってくれたよ」ある尼さんがそう言った時、Aさんはたまらずその尼さんに抱きつき、泣いてしまった


派手な人々からすれば、こんな地味な所で過ごす事は、よっぽど辛かったのだろうと思った。


画像出典 : ミュンヘン Michael Siebert




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  最終更新日 2023.12.31

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