帰りは打ち上げとなった。
ツッタカはいつもの居酒屋に行きたがったが、時間と費用を軽く済ませたいナカジとシュウジの要望でファミレスに腰を落ち着けた。
ツッタカ1人が生ビールをオーダーし、シュウジがドリンクバーのコーヒーを啜っていると、ソフトクリームにメロンソーダを注いだグラスを持ったナカジが席に戻ってきた。
「珍しいじゃん」
シュウジが言った。いつもはブラックコーヒーなのに、いまどきの若い子みたいなアレンジだ。
「だいぶ歌ったから、喉がちょっとね。冷たくて甘いのが欲しくなったのさ」
いつもなら白けてしまいそうな台詞だが、今日のシュウジとツッタカはけらけら笑って頷いている。
機材を使った初めての本格的な練習で、ひときわ気分が高揚していた3人は達成感や満足感もひとしおで、つまみに注文した一皿のフライドポテトを真ん中に、陽気に盛り上がって話が弾んだ。
「でさ、帰りにツグミちゃんが、『来年もありますからぜひ出てくださいね』ってこれくれたんだよ」
ツッタカがA4サイズの紙を出して見せながら言った。今年の夏に開催されたフェスのチラシで “蛍野川サマーフェスティバル オールフリー デイ&ナイト”と銘打ってある。
上部3分の2が演奏中の野外ステージの写真で、写真自体が少しボケていて、小さく写る演者がほとんど判明できないのは個人への配慮だろうが、発注側の質のようにも見える。
下に“スペシャルゲスト”として若者のグループ写真が2つあり、ナカジたちはまったく知らないが若い人には人気のあるプロでその宣材写真なのだろう、それぞれ奇抜な衣装と表情の写真で、明らかに野外ステージののどかな雰囲気とはそぐわない印象を放っている。
主催は蛍野川楽器店だった。
「夏祭りの時期に毎年やってるんだけど、名前くらいは知ってるだろ? これって偶然だけど、最初に、俺がバンドやろうって言ったときに話したフェスなんだよ」
ツッタカが説明した。
「ああ、言ってたやつか」ナカジがチラシを手に取ってしげしげと眺めた。「あー、ちょっと昔に始まったあれかぁ?」。何となく記憶の隅にあった気がする。
自分が子供のころから続く夏祭りはなじみ深いが、いいオヤジになってから始まった若者向けイベントは片方の耳から入っても反対側の耳から抜けてしまう。“第28回”とあるから多分それだ。
「言われてみれば、昔、協賛依頼が来たことがあった気がするなぁ」
ナカジから受取り、おぼろげな記憶を手繰りよせてシュウジが呟いた。
時代も工場の景気も良かった頃の話だ。「地域活性」なんてよく言われてて、何かというと、いろいろなところから広告や協賛の依頼がしょっちゅうきていた。
零細で一般消費者が購入する商品を作っていたわけではないシュウジには、イベント時の宣伝効果よりも“つきあいとカネ”が落としどころの範疇だった。
「そうそう、それだよ」
確信もないのにツッタカが調子よく肯定した。
ツッタカ自身もたまたま今年のフェスを見ただけで、それまでは見に行ったこともなければ興味すら持っていなかった。
「先着順でほとんど誰でも出られるんだけど、実は、あの楽器店が自分のところのレッスン生を出演させるのが目的なんだって。“フェス”に出られますよって言えば聞こえもいいし、いい目玉だろ」
「ピアノの発表会の大人版みたいなものか」
チラシの裏を返しながらシュウジが言った。「ナカジがレッスンに行き出したから、お誘いがきたってことか」。裏面には協賛広告とともに蛍野川楽器店の教室案内が載っていた。
「えー、あー、あぁそうかもね。でもさ、このフェスって俺たちに丁度よくない?」
ツッタカはツグミちゃんが自分にだけ特別に声を掛けたと思っていたので、軽くショックを受けたが、めげずに切り替えた。
「なに、もしかして出る気?」
いきなりわが身に降りかかって来て、ナカジとシュウジは驚いたが、不思議と反発は感じなかった。
常に目の前のことに精一杯だったけど、始めた時からいずれ人前で演奏することは頭の隅にあったのだ。秋さなかの今では来年の盆過ぎはかなり遠い未来にしか思えないせいもある。
「もちろん。このフェスって“オールフリー”だから年齢制限もなければジャンルも問わないし、大事なレッスン生ナカジ君の発表会でもあるからね」
2人からの拒絶がないので、ツッタカの勢いが増している。
「タダで出られるの?」
シュウジが訊いた。いくら楽器店が主催でもこのご時世、見る方はともかく出る方まで“オールフリー”でやっていけるとも思えない。
「いや、参加費はかかるって。でも現役のレッスン生は何か特典があるみたい」
「“オールフリー”もそこは範囲外か」ま、そんなもんだろうとナカジも頷いた。「カラオケ大会とは違うからな」。いくらかは知らないけど、3人で割ればそれなりな額になるだろう。
「な、俺たちのデビューステージとしては結構いい感じだろう」
ツッタカが話を戻した。
「そっかー、ステージデビューかぁ」
シュウジもナカジもステージに立つ自分を想像しただけでにやけてきた。
もう、こうなったら出るしかないだろう、いや、出るべくして俺たちは音楽をやっているのだ。
「あのう、お邪魔してすみません。この前、商店街で僕たちのライブを見てくださってた方たちですよね」
それぞれの妄想に浸っていた3人の頭に上から声が降ってきた。見上げると、若い男が笑顔で立っている。
「あれ、こんばんは。この前はどうもありがとう」
シュウジが親し気にあいさつを返した。男の顔にナカジとツッタカは覚えがなかったが、この前の練習帰りに商店街で路上ライブを見たことは思い出した。
「歩道から皆さんと、ギターが見えたんで…… あれからカホンはいかがですか?」
「んふふ、あのあとネットでも調べてさ、ホームセンターで材料買って作ったよ」
キョトンとしているナカジとツッタカにも目線を配りながらシュウジが嬉しそうに言った。
「へえ凄いな、自作ですか」
「ま、モドキもモドキだけどね」
「……」
「俺、カホンを作ったんだよ」
改めてナカジとツッタカに向き直って言った。2人は目を丸くしたままだ。ってか、カホンて何? よく分からないけど、あの時いきなり割り込んで行ったのはそのことだったのか。
忘れていた謎が解明されたけど、結局よく分からないし、ほとんど初対面の青年もいるしで、口を挟みにくく、それ以上訊くこともできない。
「あ、どうも。僕、ボーカルをやってました後藤といいます。今日は帰りですか? それともこれから?」
若者はナカジとツッタカの様子に気付くと、2人のギターを目で示しながら気さくに訊いてきた。
あの時のシュウジとのやり取りがあったからだろうけど、明らかに若者は同族の仲間としての深い親しみを持っているようだった。避けるわけにもいかず、ナカジとツッタカも話に加わる形になった。
「うん、練習の帰りだよ」
シュウジが少し照れながら答えた。「今、1人なの?」。
「ええ、仕事の帰りなんです。お邪魔でなかったらご一緒してもいいですか?」
人懐っこい青年で、丁寧な言葉遣いもあって断る理由もなく、「いいよ」と応じると、自分でコールボタンを押してドリンクバーをオーダーした。
コーラを注いで戻ると、空いていたツッタカの隣に腰を降ろした。ラフな服装でサラリーマンには見えず、まだ若いしフリーターかもしれない。
「どこで練習されてたんですか?」
「今日は、そこのスタジオ」
シュウジが楽器店の方角を指さして答えた。
「ああ、平日昼間は安いからいいですよね」
羨ましげに若者が言った。年金老人にはぴったり。若い勤め人には未踏の世界だ。
「君たちは夜とか?」
「そうですね、夜とか休日とかですね。僕もそうですけど、サラリーマンじゃない人が多いから時間が合わせにくいんですよ。ところで、どうでした? 僕たちの演奏」
単刀直入に訊いて来た。しかも真っ直ぐな笑顔で。
「すごく良かったよ。さすが歌も演奏もうまいね。大勢の人が足を止めて聞いてたし、熱心なファンもいるんだね、女子高生くらいの子なんかノリノリで楽しんでて、動画も撮ってたね」
調子よく返すシュウジにナカジはすっかり対応を任せてしまい、存在感を消して聞き役の振りをしていた。ツッタカもほぼ置物と化してジョッキに半分ほど残ったビールをちびちびなめている。
「あの商店街ではほぼ毎週演奏しているんですよ。SNSでライブの配信をしたり練習とか周辺の動画を上げたりしているんで、良かったら、そっちも見てください」
そう言ってバンド名とアドレスを書いたカードを出そうとしたが、SNSと聞いて3人の笑顔が不安混じりの曖昧なものに変わったのを見て手を止めた。
「ちょっと、お代わり」
ナカジが抜け出すように空になったグラスを持って席を立った。
すると「俺も」と、さっきからコーヒーを飲み干していたシュウジも立ち上がってしまった。ツッタカ1人を残すことになってしまうが、しかたない。
ナカジとシュウジが並んでコーヒーの順番を待っていると、ふいに後ろから男の声が飛んできた。
「言い逃れするな。2人が2年も前から不倫していた証拠はこの他にもいくらでもあるんだよ!」
ボリュームを押さえてはいるけど、強い怒気をはらんでいる。思わず声の方を見ると、テーブルに2組のカップルが座っていて、こちらを向いている30代半ばくらいの男が発言の主のようだった。
「今さらなんだ、何もかも親に任せっきりで、お前は産んだだけで母親じゃないんだよ」
男は目の前に座っている女と男を交互に睨みつけている。
ナカジとシュウジがコーヒーを手に席へ戻りながら盗み見ると、睨まれている女も30代中ごろで、顔を真っ赤にし、据えた目で歯を食いしばっている。保奈美と同じような年頃だった。
いつからいたのか、ナカジたちの席から1つテーブルを置いた後ろだが、全く気付かなかった。
他人事なのにヒリヒリする。ナカジの脳裏には保奈美の離婚騒ぎがあった。原因は違っても、関係が壊れていく不穏で重い鋭利な空気は似通っていた。
いやいや、保奈美はそれなりにちゃんとやってるし、うちはもっとましだったから全然違うけど。
不倫した方とされた側で向かい合っているようで、赤い顔の女の横で青い顔をしている男は40過ぎのようでシュウジの息子と同じくらいだった。
前に座る小柄な女がこの男の妻らしく、こっち夫婦は身なりの良さが目を引いた。不倫男の妻は4人の中では一番若かったが、一番落ち着いているように見えた。
席に戻るとツッタカと後藤君はすっかり打ち解けていた。
「ところで皆さんはこれまでどんな音楽を聴かれてきたんですか?」
後藤君がにこやかに訊いてきた。何てことない質問だけど、ナカジには年齢に伴う深い知識や経験も付帯したユニークな回答を期待されているようで言葉に詰まった。
気の利いたアドリブも浮かばず、返事の代わりに持ってきたばかりのコーヒーに口を付けようとしたが、熱くて飲めず、皿に戻して笑ってごまかした。演歌専門のシュウジを横目でうかがうと、同じように言うに困っているようだった。
「いやぁ、俺たちは古い人間だからさ……。やっぱり、ビートルズから始まったよね。同じ時代を生きてきたからねぇ。そりゃあ衝撃だったよ……」
そんな2人を歯牙にもかけず、ツッタカが滑らかに喋り出していた。
「リアルタイムで聞いてたんですか。じゃ、レコードで?」
「もちろん。あの頃はまだカセットも無かったよな」
不意にナカジとシュウジに同意を求めてきた。あ、ああそうだ。出る前だったな、と2人は無難に返した。
「今と違って貧しい時代だったからレコードもそう簡単には買えなくて。主に聞いてたのはラジオだよ。流れてくるのをかじり付いて聴いてたな。もう昔も昔の大昔、今のお兄ちゃんより若い、高校生時代の話だよ」
「へぇ、エモイなぁ」
「今と違って時代も粗削りだったからね。で、文化祭に向けて……」
「お願いです。どうか会社にだけは……」
ナカジとシュウジの背後から40男の悲痛な声が飛んできた。
2人は一瞬で後ろの会話に全神経を持っていかれたが、テーブル向かいのツッタカと後藤君には聞こえていないようだった。彼らの背後のテーブルは小さな子どものいる家族連れで、常に賑やかなせいかもしれない。
「で、演奏されたんですか?」
後藤君の声に、2人は自分たちの会話に引き戻った。
「んー、それはかなわなかったんだけど。それから長い長い年月が流れて、そのもう1人が今年、死んじゃって、葬式で集まったのを機に、またやろうってなったってわけ。だから、曲もスタイルも昔のままなんだ」
間違ってはいないんだけど、哀愁を漂わせながら、どこかもったいぶった言い方がなんか貫禄を感じさせて、現実と違うニュアンスを相手に伝えている。
「ああ、それはご愁傷様です。でも、なんか恰好いいなぁ……」
「やってるとさらに感じるけど、ビートルズは本当に古くならないよね。俺たちはこんなに歳を取ったけど、この歳で聞いても格好いいし、楽しんで演奏しているよ」
若者の素直な反応に調子に乗ったツッタカが気取って脚を組み直した。どうせ一期一会だし、と2人は黙認して特に何も言わなかった。内容的にも、桁外れなホラではなかったし。
「このチラシ、今年のホタフェスですよね。出られてたんですか?」
「取引先の立場を利用して、わざと俺を出張させて、
しかも俺の家で……」
いや、とシュウジが口を開きかけた瞬間、背後から踏みにじるような男の声が低く響いてきた。うわぁ、なんて男だ……。2人の目線は遠くなり、全後頭部が耳になる。
「ああ、それには出てないよ。でも、さっきの練習帰りに顔なじみの店員さんからぜひ来年は出てくださいって、熱心に誘われちゃってね……」
ツッタカがするりと答えていた。ナカジとシュウジは後半の誘われたくだりだけ聞き取れたので、口角を上げて頷いてみせた。
「君たちは出てたの?」
会話に戻らねばと、座り直して頭を切替えながらシュウジが訊いた。
「今年のは出てないけど、バンドを始めた頃は出てましたよ。3回くらい出たかな。ライブハウスもいいけど、地元だし、野外だから風と……」
「あなたにもまだ小さな娘さんがいらっしゃるでしょう……」
40男が情に訴えようとしていた。ナカジとシュウジからしたら、“孫”だ。違う意味で心が一杯になる。
「お前こそ自分の息子にどんな顔を向けるんだよ!」
こっちもかよ。しかも相手の子を盾に使うなんて……。
「……あははは、笑えるよねぇ」
こちらのテーブルでは、どこかに向かって話が広がっていたようだった。
「じゃ、来年は出られるんですね」
「うん、まあ、そのつもりではいるかな」
そうだよな、とツッタカが微笑みを浮かべ、ナカジとシュウジに同意を促した。2人ともまあな、と眉を上げてゆったりと頷いて見せた。
「実は僕の本業は介護士で、老人ホームで働いているんですけど、今度よかったら苑にボランティアに来てくれませんか?」
後藤君が目を輝かせて言った。
「俺たち、介護とかできないけど、どんなことやるの? 掃除とか話し相手とか?」
話題が変わり、完全にこちらの会話に切り替わったシュウジが訊いた。
義母が施設にいることもあって現場が忙しいのは分かるけど、何もできない初対面の素人を誘うほどなのかな。
「違いますよ、バンドでですよ」
若者が笑いながら言い直した。シュウジの疑問は冗句だと思ったようだ。
「うーん、洋楽で大丈夫なの?」
ツッタカがテーブルに片肘をつき、アンニュイに頬杖をつきながら訊き返した。
さっきからの気取ったポーズのままで、傍から見ると大物ミュージシャンが出演交渉を受けてるみたいだ。伸びた天然パーマが本当に怪しい効果を上げている。
「もちろん。洋楽好きの人も多いんですよ。ただ、入居者さんたち音楽は大好きなんですけど、僕たちみたいな今風の曲はあんまり受けなくて。若い頃流行した曲が喜ばれるんですよね。ですから、年齢的にも近い……」
「今さら親権なんてどの口が言うんだ」
“親権”で、またもナカジとシュウジの耳と心は後ろに切り替わってしまった。
「あんたには慰謝料の他にも社会的制裁をたっぷり受けてもらう、
やっただけの責任はとってもらうからな!」
40過ぎの社会的制裁……。シュウジの中でひときわ重く響いた。ナカジも相応に感じたようだった。
やってたことが汚すぎた。よくて降格、へたすりゃクビか。再就職はかなりきついだろう……。
シュウジは肚の中で溜息をついた。同情する気持ちは毛頭ないが、息子と同年代の男の愚かで情けない姿は憐れすぎてやりきれない。
「……だけど、実はそろってないんだ」
こちらに戻ると、ツッタカがちょっとねって感じで肩をすくめ、にっこり笑っていた。よく分からないけど、困ってる素振りでゆとりを見せつけている。
後藤君も真に受けていて、完全にツッタカ劇場になっていた。
「あぁ、それでしたら大丈夫ですよ。僕たちが協力しますから」
なんてことないですよと、明るく答える若者に、理解しきれてないままナカジとシュウジはうんうんと頷いた。
「ビートルズなら、入居者さんたちの年代にぴったりですよ。実は再来週に予定していた子供たちのよさこいソーランが水疱瘡の流行で来れなくなっちゃったんです。
皆、楽しみにしてたからがっかりしちゃって。代わりと言っては失礼ですが、多少なら日程も調整しますから、いかがです?」
“多少なら”に“暇な毎日”と決めつけられている感があるけど、そもそもナカジとシュウジには現実感が無く、社交辞令としか受け取っていなかった。
「俺たちはちょっと個性が強めでね。何と言うか、皆さんが知っているビートルズとは少し違う感じでね……」
ナカジとシュウジは呆れるしかなかった。妙な内容なのに、ツッタカのゆとりを感じさせる真面目くさった物言いに、相手は興味をそそられているようにも見える。
「いいじゃないですか、演奏者の数だけ演奏は異なるんですから。それが面白いんですよ。こう言っては何ですけど、ボランティアに来られる方って、顔ぶれがある程度決まっていて。こう言っては何ですが、ちょっとマンネリなんですよ」
後藤君の喋りが鋭く向かってきている。一期一会の好き勝手なやりとりだったはずなのに、これってちょっとまずくないか……。
「同世代の方が演奏するビートルズなら、入居者さんたちにも新鮮だし、懐かしい青春時代がオーバーラップして、絶対に大盛り上がりになりますよ」
後藤君の押しは強く、仕上げに入ろうとさえしている。
このままでは冗談で済まなくなると、ナカジとシュウジが割って入ろうとした瞬間、女の呻くような低い声が耳に飛び込んだ。
「あなたは真面目で正しい。でも、どうしようもなくつまんないの。
あなたとの生活は、死ぬほど退屈だったのよ!!」
「!」
「!」
ナカジとシュウジの胸に太いくさびが刺さった。“つまらない”“退屈”という言葉が心の中を駆け巡って乱打し続けている。
家庭を持ち、社会人生活を全うした自分と自分の人生に満足していたはずなのに、自慢のラベルでもある“安定”と“無難”を引っ剥がされて、もう1人の自分、真面目田地味男が動揺し続けていた。直接自分にぶつけられたわけじゃないのに。
「……ですが、ぜひ、やらせていただきます」
ツッタカが背筋を伸ばしてオファーを了承しているのが見えた。
ナカジとシュウジに口を挟む余力が戻らないまま、トントン拍子に話が進み、あっという間に3週間後の土曜日、3人のデビューが決まってしまった。