白鷺館アニメ棟

放送中のアニメ作品について、アニメファン歴50年以上という鷺が軽いツッコミを交えて与太話

すずめの戸締まり

 今日はダブルヘッダーで映画を2本見に行ってきた。次はダブルヘッダーの午後編。最近何かと話題の新海誠による最新作である。なお以下の感想はネタバレも一部含むので要注意。

    
小説版も出ている模様

 

 

すずめの戸締まり

「君の名は」以降作風が変化してきた新海誠の完成形

 新海誠については、話題となった前々作の「君の名は」辺りから作風の変化が見られ、前作の「天気の子」ではそれがまだ中途半端である感を受けたが、本作で明らかに完成したと感じられる。

 新海誠の初期作品というのは、恋人同士のすれ違いばかりが正面に出た切ない話がやたらに多かったのであるが、それが「君の名は」辺りから若干雰囲気が変わり、「天気の子」ではある種のハッピーエンドとなってはいるのだが、そこにあまりに無理がありすぎて「本当にそれで良いのか?」という意味不明なオチになってしまっていた。そこのところが本作ではスパッと綺麗なハッピーエンドで終えている。その辺りは私が以前に「天気の子」の時に言ったが、新海誠の心境の変化(自身が成功してリア充化した)や、成功するパターンをつかんだというところに尽きると思う。

 相変わらず主人公が内面に葛藤やわだかまりを抱えた十代の若者という点は一貫して変化がないのだが、その葛藤をそのまま抱えたまま何の解決もなしにウダウダしたまま終わる話でなく、主人公の決断と行動によってその葛藤を乗り越えて一回り大きく成長する物語というストーリーの王道を踏まえるようになったのが、最近の新海作品の傾向であり、本作はその完成形とも言える。

 

 

行動力が高い「強い」ヒロイン

 本作のヒロインのすずめはとにかく非常に行動力が高いのが特徴的である。何しろただの女子高校生が宮崎から最終的には東北までほとんど思いつきレベルで単独(一応同行者がいるとも言えるが、かなり特殊な事情なので実質1人に近い)で移動するというのは、それだけでも尋常でない行動力と言える。とにかく不屈の意志の強さを感じさせる芯の通ったヒロインであり、内面に大きな傷と葛藤を抱えているにも関わらず、それを克服できるだけの強さを持っている。

 かように行動的な本作のヒロインにとっては恋愛も行動力につながっている。この辺りは恋愛がむしろトラウマのようになって逆に行動を縛っていたように見える初期新海作品とは対称的なところで、「天気の子」以降明確になってきた傾向であるのだが、本作ではよりハッキリとしており、最後のヒロインの必死の行動力の源泉となり、それが最終的な大団円につながる原動力となっている。こういう展開は明らかに「ウケ線」のパターンではある。観客に大きなわだかまりを残す不快なウジウジさが消滅したわけである。その分、作品にジブリ感が増すことにもなっており、実際に本作にはジブリに対するオマージュではないかと思われる部分が多々見られた(「シシガミ」のようにしか見えない「ミミズ」が最たるものであるが)。

 

 

ヒロインを支える愛情に満ちた周囲の人々

 さらに周辺の人物の描き方が、「天気の子」の時よりもさらに一歩踏み込んでヒロインに協力的であり、善意溢れる人たちが多く登場する。主人公の強さが増えた上に周辺サポートが強くなったことで、爽快感があると共に主人公がより活発に動きやすくなってもいるわけである。

 また初期からずっと見られる「親の不在」であるが、「天気の子」辺りから擬似的な親や家族が登場するようになったが、本作でもやはり親は不在であるが(というか、その理由自体が話の大きな核心でもある)、その代わりに実質的に明らかに母親ポジションである叔母が登場しており、ヒロインは一応は温かな家庭を持っている人物であるということも描かれているのである。やはり環境の全てが「君の名は」から「天気の子」を経て進んでいった方向の延長線にある。ただヒロインの家庭は「真の親子」ではないことから来る潜在化した軋轢のようなものも存在しており、ヒロインも叔母も心の奥底でそれは封印していたのだが、それを今回の事件をキッカケに互いにぶつけ合い、そのことによってお互いをより深く理解し合うことになってつながりがより強くなるという展開も含んでいる。擬似的な家庭が、真の家庭に進化したのである。

 

 

リアルに描かれた地獄のような光景がヒロインの成長の糧となる

 本作で登場するのは地震を起こす超常的な存在である「ミミズ」で、それを押さえるべく日本中を駆け回ることになるヒロインは、東日本大震災における津波で母親を失ったという経験をしており、それが心の奥底にザックリとした傷を残している少女である。叔母との九州での生活の中で、その傷は無意識に封印されていた彼女が、超常的な「ミミズ」に相対することで、必然的にその避けていた記憶と直面することを余儀なくされる。しかし彼女はそこで怯え立ち止まることはなく、勇敢にそれに真っ正面から立ち向かって最終的には克服して決着をつけるという美しい物語となっている。

 なお新海作品の特徴とも言える画像表現の美しさは相変わらずであった。本作で特徴的なのはその美しい映像で描いた、東日本大震災後の地獄のような光景であった。かなりリアルであり、これは実際の取材にも基づいていると思われたが、この恐ろしい津波後の風景は、その恐ろしさ故にヒロインがそれを真っ正面から克服するために直視する必要があるものであった。震災時幼かったヒロインは、それを直視することは到底出来ず、自らの記憶を黒色で塗りつぶしてしまったのであるが、成長した彼女はようやくそれを直視して乗り越えることが出来ることに気付いたのである。そして未だに苦悩の底から抜け出せていない過去の自分自身に対して「未来は大丈夫」と言い切れたわけである。これこそが本作におけるヒロインの一番の成長であった。

 全編を通して本作はヒロインのトラウマの克服と成長、さらに真っ正面から捕らえた恋愛、さらには家族の情愛といった王道テーマを扱いつつ、感動的で美しいドラマにまとめ上げた秀作である。新海作品はようやくある1つの完成形に到ったという印象を受けた。