テイル形の習得

 

長年日本語を教えていても、それぞれの学習者がどのように日本語を習得していっているのか長期的に観察することはなかなか難しいと思います。

例えば、動詞の過去形やテイル形は、教科書や教室で導入の順番は決まっていても、その通りに学習者が習得していくということはまずあり得ません。実際にどのように習得されていくのか見てみましょう。

その前に、テイル形についてちょっとおさらい。テイルは何かしらの変化の後、変化した状態がそのまま続くことを示しますが、動詞が「ラブレターを書く」「デートする」など継続的な動作を表しているか、「結婚する」「死別する」など、どちらかと言えば瞬間的な動作を表しているかによって、意味が異なります。

前者のタイプの動詞は「何も書いていない」「デートができるか分からない」状態から、ラブレターを書き出したりデートに誘ったり誘われたりして、「ラブレターを書いている」「デートしている」状態になります。ここでのテイルは動作が継続中であることを示しています。

一方、後者のタイプの動詞は「結婚しようか悩んでいる」「ずっと一緒にいられると信じている」状態から、プロポーズをして(またはされて)結婚したり不慮の事故で死別したりして、「結婚している」「死別している」状態になります。ここでのテイルは変化の結果が続いていることを示します。

おもしろいことに、日本語母語話者の発話では、前者のタイプよりも後者のタイプの動詞の方がテイル形で使われることが多いそうです。「知ってますか」も「よく覚えてるね」も「たくさん持ってるよ」も後者のタイプの動詞です。

では、本題に入ります。東京在住の日本語学習者61人(第一言語は英語、ドイツ語、ウクライナ語、ブルガリア語)に以下のような多肢選択式のテスト(実際はローマ字バージョンも提示されたテスト)をしてもらったところACTFLOPIで中級レベルと判断された学習者(30人)と上級レベルと判断された学習者(31人)で回答の傾向に違いが見られました。

高橋:あれ、シャツに口紅 (lipstick)が______ね。

山本:え、ほんとうですか!?

A. つきます B. つきました C. ついてます D. ついていました

上級レベルの学習者は動詞のタイプに関係なく全体的に80%以上の正解率だったそうです。ところが、中級レベルの学習者は個々の動詞とフォームの組み合わせによって正解率にバラツキが見られたそうです。例えば、動詞「知る」は「知っています」が正しい選択の時の正解率は93%だったのに対し、「知りました」が正答の時の正解率は41%でした。動詞「落ちる」は、「落ちています」が正答の時の正解率は47%、「落ちました」が正答の時の正解率は94%でした。また、ある動詞と一つのフォームの組み合わせを好む傾向は、継続的な動作を表す「書く」「食べる」のような動詞よりも「知る」「結婚する」などの瞬間的な変化を表す動詞に強く見られました。これはどうしてなのでしょうか。

研究者の考察によると、原因は二つ。

一つ目は、脳がより効率的な学習方法を採用するため。日本語では継続的な動作が進行中であることを示すのにはテイルのみが使われるので学習者にとってルールを習得するのが比較的簡単なのに対し、変化の結果を示すのにはテイルのほかに過去形が使われることもあり(『正気を取り戻した』という意味での「目が覚めた」など)学習者にとってパターンを見出すのが難しい。そのため個々の用例に頼ったほうが効率的だという思考になり「この動詞はこのフォーム」と暗記するような学習方法が採用される。

二つ目はフォームに触れる頻度が違うため。母語話者の言語使用を見ると「知る」は「知った・知りました」よりも「知って()る・知って()ます」の方が圧倒的に多く使われていて、逆に「落ちる」は「落ちて()る・落ちて()ます」よりも「落ちた・落ちました」の方が多く使われている。ということは学習者がそれぞれのフォームを聞いたり読んだりする頻度もそれに比例するはず。

この研究は日本に住んでいる学習者が対象でしたが、日本国外で日本語を学んでいる学習者は日本語に触れる機会が限られています。なるべく多くの自然なインプットをどう与えることができるのか頭の悩ましどころです。


引用・参考文献

Sugaya, Natsue, and Shirai, Yasuhiro. 2009. Can L2 learners productively use Japanese tense-aspect markers? A usage-based approach In Corrigan, R. et al. (eds.), Formulaic Language: Volume 2. Acquisition, Loss, Psychological Reality, and Functional Explanations, Amsterdam: John Benjamins, pp. 423–444.


用例の出典

Sugaya, Natsue, and Shirai, Yasuhiro. 2009. Can L2 learners productively use Japanese tense-aspect markers? A usage-based approach In Corrigan, R. et al. (eds.), Formulaic Language: Volume 2. Acquisition, Loss, Psychological Reality, and Functional Explanations, Amsterdam: John Benjamins, pp. 423–444.