鑑三翁に学ぶ[死への準備教育]

内村鑑三翁の妻や娘の喪失体験に基づく「生と死の思想」の深化を「死への準備教育」の一環として探究してみたい。

[Ⅳ197] 心に荒野を持て(5) / 交際と比較で喪う「荒野」

2022-12-01 12:50:16 | 生涯教育

 

「無教会」の確信に至る端緒がアメリカ留学にあったことは間違いがないが、その一方で鑑三自身の「信仰」そのものへの深い理解があったことを忘れてはならないだろう。次に鑑三翁の信仰観を荒野の世界観とともに考えてみたい。

【信仰は人と人との交際の結果としてもたらされるものではない。人間は社交的動物であるよりも、むしろ”拝神的”動物である。ギリシャ語のantholoposは「上を仰ぐ者」の意味だという。周囲に人間がいないと思って、上を仰いで至上者(いと高き者)と交通する者が古人の見た人間であるという。ところが今日の人間は「世論」を作らなければ何事も為すことができないと考えている。‥しかしながら昔から今日に至るまで、「世論」が人類の進歩に寄与して成功した事柄はない。‥ゆえに「単独者」でもよい。いや「単独者」のほうがよい。「単独者」であって「単独者」ではないからである。】(全集15、p.129-30)

【信仰はもし神からの”直示”でなければ、信仰というものは信仰の”ごときもの”であって真の信仰ではない、…信仰とは上から来る恩恵の確認である、このようにして上からの確認がなければ人間は何人も神を識ることはできないし、また聖書を真に解釈し理解することはできない。】(全集17、p.328)

鑑三翁は信仰というものは”単独者”に対する神からの”直示”だとする。だが信仰が教会や仲間の会や団体の会合などでの交際でもたらされるものではない、とする鑑三翁の言葉は誤解されかねない。事実今でも鑑三翁の言質は誤解されている。私の周囲のプロテスタント教会の知人やグループのキリスト者たちに内村鑑三翁のことを話題に出すと、多くの場合この話題を避けようとする。あるいはあからさまに嫌悪の表情を表したり警戒をし始める。それは教会や上部組織の教団の拠り所とする教会の存在そのものを、鑑三翁が否定していると彼らの多くが考えているからだ。

だがしかし鑑三翁は教会の存在そのものを否定してはいない。そうではなくて教会という組織にどっぷりと浸かって依存的で、ここで聖書の言葉や説教を指導者や牧師から聞き、献金し讃美歌を共に唱和することで、キリスト・イエスへの信仰が深まると考えている教会員たちに鑑三翁は警告を発しているのだ。深みの無い漫然とした生活をしている教会員に忠告し、日曜日毎に教会に行っているだけの習慣的信者に対して鑑三翁は注意を与えているのである。そして単独者としてキリスト・イエスの前に立て、助ける者とてない荒涼とした荒野に独り立て、極限の孤独のなかで自らの信仰の鍛錬をせよ、と言っている。私は鑑三翁の言葉をそのように聞いている。それが人間一人ひとりの信仰における新しい創造(For New Creation)をもたらすものなのだと。

鑑三翁は教会そのものにも深い敬意を表している。なぜならば教会そのものは神が作られた存在だからだ。

【自分自身は自身無教会信者であることを明言しているが、すべての教会に対して深い尊敬の念を抱いている。プロテスタントの諸教会に対してのみならずギリシャ教会に対してもカトリック教会に対しても同様である。だが私は私の言う所の無教会主義にもある真理が存在しており、すべての教会にもある他の真理が存在していることを認めざるを得ない。真理というものは一人または一団体の専有するものではない。無教会と言って悲しむことはない。悲しむべきはキリストを棄てることである。我々は信と義に基づいて一致して働くべきである。】(全集14、p.370以下〈要約〉)

「人間との絶え間のない交わりによって、比較を探し出すことによって、人間と人間との間の相違を気にすることによって、人は「人間」であるということが、何を意味しているのかをすっかり忘れている。」とはキルケゴールの言葉だ(ゼーレン・キルケゴール:野の百合空の鳥. p.97、創文社、1968)。

(教会や組織団体という場での)「交際」によって強く堅い信仰が獲得され堅持されるものではないことは鑑三翁だけが指摘しているわけではない。19世紀デンマークの優れた哲学者にして真摯なキリスト者キルケゴールも、交際とか人間の「比較」をすることで真実の信仰が獲得出来るものではないことを鋭く指摘している。

私は鑑三翁とキルケゴールが、荒野での苛烈な試練と孤独な自己の錬成によって生まれる堅固な信仰を獲得せよと言う点で”共振”していることを確かめている。神が時間を下さればこの”共振”を主題にして論文にしたいとも考えているが残された時間は少ない。


コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« [Ⅳ196] 心に荒野を持て(4) / ... | トップ | [Ⅳ198] 心に荒野を持て(6) / ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

生涯教育」カテゴリの最新記事