新型コロナウイルス感染拡大による行動制限が健康度に及ぼす影響

2021年10月17日

はじめに

以前、20ヶ国に住む10万以上のOura Ringユーザーを対象とした研究を紹介しました。

その研究によると、新型コロナウイルス感染拡大に伴うロックダウンや外出制限といった政策によってMidsleep time(就寝時間と起床時間の中間点)が遅くなり、Midsleep Variability(睡眠の規則性)と安静時心拍数が減少したことが報告されています。

安静時心拍数は、心血管イベントや全死亡率と関係が認められる指標です。
また体力や心身のストレス度とも関係し、通常は低い方が良好な健康状態にあると評価します。
したがって、以前紹介した研究結果は、COVID-19の感染拡大は人々の健康度に部分的にはポジティブな影響を与えたことを示しています。

今回は、Fitbitデバイスを利用したコホート研究に参加していたシンガポールの若年成人を対象として、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う移動制限に伴い、睡眠や身体活動量、安静時心拍数がどう変化したのかを検証した論文を紹介します。

論文概要

出典

Ong, J. L., Lau, T., Massar, S., Chong, Z. T., Ng, B., Koek, D., Zhao, W., Yeo, B., Cheong, K., & Chee, M. (2021). COVID-19-related mobility reduction: heterogenous effects on sleep and physical activity rhythms. Sleep, 44(2), zsaa179. https://doi.org/10.1093/sleep/zsaa179

方法
Fitbitデバイス(スマートウォッチ)を利用した「Health Insights Singapore」研究の参加者を対象
2018年8月に開始した当研究は、21-40歳の1951人の若年成人が参加

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う移動制限の影響を評価するために、シンガポールで最初の症例が報告される3週間前(ベースライン:1月2日-22日)、制限強化中の3週間(制限強化:3月17日-4月6日)、ロックダウン中(ロックダウン:4月7日-27日)のFitbitデータを分析

Fitbitの主な分析データは下記のとおり
1日の歩数
中-高強度の身体活動時間(Moderate-to-vigorous physical activity: MVPA)
安静時心拍数
全就床時間(Time in Bed)
総睡眠時間
就寝時間
起床時間
睡眠効率
中途覚醒時間(Wake after sleep onset: WASO)

結果
【対象者の特徴】
・対象者のうち51.64%が女性

・対象者の多くは新型コロナウイルス感染拡大前ではビジネス街に通勤、86.1%が学士を保持、独身者は57.8%、平日の1日通勤時間は約2時間(片道約1時間)

【睡眠データ】
■ベースライン
・平日
就寝時間:0時15分
起床時間:7時10分
全就床時間:6.92時間
総睡眠時間:5.99時間
睡眠効率:86.6%

・土日
就寝時間:0時55分
起床時間:8時25分
全就床時間:7.49時間
総睡眠時間:6.5時間
睡眠効率:86.7%

・平日と土日の差
全就床時間の差:35分
ソーシャル・ジェットラグ(社会的時差ボケ):58分

■制限強化
・平日
就寝時間:0時27分
起床時間:7時31分
全就床時間:7.07時間
総睡眠時間:6.11時間
睡眠効率:86.5%

・土日
就寝時間:0時58分
起床時間:8時38分
全就床時間:7.65時間
総睡眠時間:6.62時間
睡眠効率:86.6%

・平日と土日の差
全就床時間の差:34分
ソーシャル・ジェットラグ(社会的時差ボケ):50分

■ロックダウン
・平日
就寝時間:0時45分
起床時間:8時03分
全就床時間:7.28時間
総睡眠時間:6.3時間
睡眠効率:86.4%

・土日
就寝時間:1時16分
起床時間:9時00分
全就床時間:7.73時間
総睡眠時間:6.68時間
睡眠効率:86.5%

・平日と土日の差
全就床時間の差:27分
ソーシャル・ジェットラグ(社会的時差ボケ):43分

【身体活動量と安静時心拍数】
■ベースライン
歩数:9344歩(平日)、8992歩(休日)
MVPA:38分(平日)、41分(休日)
安静時心拍数:66拍/分

■制限強化
歩数:7796歩(平日)、7423歩(休日)
MVPA:34分(平日)、36分(休日)
安静時心拍数:65拍/分(平日)、64.9拍/分(休日)

■ロックダウン
歩数:5284歩(平日)、5432歩(休日)
MVPA:24分(平日)、27分(休日)
安静時心拍数:64.2拍/分(平日)、64.1拍/分(休日)

解説

この論文は、シンガポールのサラリーマン世代を対象として、新型コロナウイルスの感染拡大前から感染拡大中までのFitbitデータの変化を検証しています。
(なお、論文内では休息-活動リズムをタイプ別に分類した上で詳細な検証もしています)

その結果、新型コロナウイルス感染拡大後、行動制限が強くなるにつれて、就寝時間、起床時間が後ろにシフトしましたが、起床時間の方がより遅くなったため、結果的に総睡眠時間や全就床時間が長くなりました
また、平日と週末の差も減少しました。

特に平日の全就床時間については、ベースラインでは45%の人しか7時間を超えていませんでしたが、ロックダウンでは64%もの人が7時間を超えていました。
論文の著者らは、先行研究のエビデンスをもとに、通勤時間がなくなったことが、睡眠時間の増加に繋がったと考察しています。

一方、身体活動量は以前紹介した論文同様に感染拡大後に減少しました。


そして心身の健康マーカーである安静時心拍数は減少、すなわちポジティブな変化を示しました
この結果もOura Ringユーザーを対象とした結果と一致しています。

この論文を含めた複数の研究を概括すると、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う行動制限は運動量にはネガティブに作用するものの、睡眠についてはポジティブに働くようです。
そして、運動量低下のネガティブな影響よりも睡眠へのポジティブな影響が凌駕するようです。
(少なくとも安静時心拍数に対しては)

ただし、アメリカで行われたFitbitユーザーを対象とした論文において、新型コロナウイルスの感染拡大前後の安静時心拍数の変化は、総睡眠時間、睡眠の一貫性に加え、身体活動量と関係することが報告されており、アクティブな活動時間は安静時心拍数を減らす傾向があるようです。
(引用:Rezaei, N., & Grandner, M. A. (2021). Changes in sleep duration, timing, and variability during the COVID-19 pandemic: Large-scale Fitbit data from 6 major US cities. Sleep health, 7(3), 303–313. https://doi.org/10.1016/j.sleh.2021.02.008

したがって、睡眠時間を増やしたり、平日と週末の睡眠データの差を減らしたりした上で、身体活動量を増やすことが、新型コロナウイルス感染拡大中の行動制限下で健康的に過ごすコツだと考えられます。

まとめ

新型コロナウイルス感染拡大に伴う行動制限は若年成人の睡眠に好影響を与えた