論語エンジェルの【誰でも君子になれる論語の現代語訳】

論語の原文を、何のひねりもなく素直に読んで、現代語に翻訳するよ!

問.統率者さえいれば、誰の個性も潰れなくて済むの?

答.統率しても自滅する人はいるし、自滅した上で他者の個性も潰すよ!
  自分の部署がわからないなら、統率者がいない時と同じになるんだ!

☆★☆ピックアップフレーズ☆★☆

ちがよ ごしょうなり
知我よ 吾少なり

自分らしくない者になりたがる人は、客観的に自分を見る能力が足りない。という意味。

社会性のある理知的な自分自身を育てなければ、情動の内容まで変わっていく。

9-6(213)

〔大宰〕

子貢さんへ、質問がある。

あの人は、聖者だ。

何と関連すれば、そのような多能になるのだろうか。

 

〔子貢〕

こだわりをもって、集合体にとって重要な道理を、

思うがまま実行していく、他者から慕われもするリーダーなので、

だから、聖か、または多能なのでしょう。

 

孔子

大宰のお方は、

自分の内なる情動をワガママだからと押し殺して、

代わりに外部から取り入れた、実体験に基づかないけど崇高そうな知識を、

自分の内なる情動と思い込んでいる人だよ。

現状で自分らしくあり、そして更に自分らしさを追求する情動があるのなら、

現状の自分とは無関係な聖や多能に、自分らしい情動で憧れるはずがないからね。

 

こうなる原因は吾、つまり社会性のある理性的な自分が少ないからだろう。

自分の理性で自分の感性に語り掛ける事ができないから、

自分の感性が、他者から鵜呑みにした情報ばかりに強く反応してしまい、

その結果、本来の自分らしい感性までが、侵略されて失われてしまうのだ。

 

貧しい暮らしの中で、他者に頼る事なく自分でやりくりしなければならなかった人が、

後の人生で、様々な分野に精通した能力を手に入れていく。

できる事が多いか少ないかとは、ただ住む環境に適応した結果なだけだ。

 

国の行事を施行する君子の、能力の幅は広い方が良いって、本当かな?

能力の多さの問題ではないだろう。


≪状況の推測≫
多能のコツを聞きたがる者へ、多能かどうかより何が自分に必要か不必要かを自分で選別するべきと助言中。

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ついに「吾」や「我」の説明を入れないと意味が通じない所にさしあたったでござる。長文で入れ込んだよ!
それにしても、子貢さんのスルーされっぷりがシュールだ。前章の将も重要だけど、吾も大事って話だね!

白文

大宰問於子貢曰

夫子聖者

與何其多能也

 

子貢曰

固天縦之將

聖又多能也

 

子聞之曰

大宰知我乎

吾少也

賤故多能

鄙事君子多乎 哉

不多也

書き下し文

大宰、子貢において問いて曰く

夫子は聖者

與むは何で其の多能なるか

 

子貢曰く

固く天を縦にしゆく將

聖または多能なり

 

子、聞きゆきて曰く

大宰、知我よ

吾少なり

賤の故めきが多能

鄙の事、君子は多よかな

多にあらずなり