カテゴリ:小説 マトリックス・メモリーズ
第9章 アンチャラ戦役 6
「ええ、ユウカ様は今日は自室で、暫くはイメージトレーニングをされるそうです」 「イメージトレーニングを?」 「詳しい事は、後でご本人から直接お聞き下さいませ。この事に限らずわたし共のご説明では八木沢様はご納得には成らないでしょう?」 「そうだな、悪いが俺は未だあんた達の事を信用していない。だから歓迎会なんかも本当は出たくないんだが、由佳に会えるのと生ビールが飲めるらしいから仕方なく・・・」 「ほほほ。ええ、八木沢様が宴会にご出席されたくないお気持ちは良く分かる積りです。ですがわたし共も精一杯、飲み物やお料理をご用意させて戴きましたので、それに免じて宜しくご出席をお願い致します」 リルジーナは、どこまでも上品な言葉遣いでそう言った。 普通、これだけ丁寧な物言いをされたら少しくらいは鼻につくものだが、リルジーナの場合はそれが全く感じられない。 リルジーナは、天性の上品さを持ち合わせている女らしい。 「リルジーナさんにそこまで言われたら、流石に断る訳にも行かないな。分かったよ、有難くお供する事にするよ」 リルジーナは満面の笑顔を見せると、これまで通り、俺の左手を引いて歓迎会の会場に俺を案内した。 会場は、宴会場と言うより会議室に似た場所だった。 そしてリルジーナが言った通り、参加者は本当に少人数だった。 「お待ちしておりました。八木沢様、どうぞこちらのお席にお座り下さい」 やたらと姿勢が良くて普段は威厳が有りそうな中年の男が、膨らみの有る低音で俺に席を薦めた。 「初めまして。私はここの責任者をしておりますエルドラルドと申します。今回は八木沢様をご本人のご了解もなく、こちらの方へお招きした全責任は私に有ります」 エルドラルドは俺に対して前傾姿勢を取って、非礼を詫びる仕草をした。 「あんたが俺を拉致した、裏幕の張本人って訳か?」 俺は、エルドラルドの顔をまじまじと見た。 「許してくれとは申しません。ですが、ユウカ様から根気良くお話を聞かれた上で、私共を是非助けて戴きたいとは願っております」 「あんた達の話の中に、時々、俺に助けて欲しいと言う言葉が聞かれるのだが、俺は造形デザインで他人から雇われいるしがない男に過ぎないんだが?何かの間違いじゃないのか?」 「全ては、ユウカ様からお話を聞かれた上で」 俺に助けて欲しいだと?俄かに信じ難い話の展開に、俺は戸惑っていた。 「さあ、さあ、これは八木沢様の歓迎会ですよ。皆さんも今夜はご一緒に楽しみながら、飲んだり食べたりしましょう」 リルジーナはそう言うと、俺の右隣の席に座った。 俺の左隣の席がエルドラルドの大将で、その隣が白衣のボンボン、そしてその隣、つまり俺の正面には如何にも真面目そうな青年が座っていた。 その青年は初めて見る顔だったので、後で俺に挨拶に来るだろう。 そしてその隣の席だけが、未だ誰も座っていなかった。 そう言えば、リルジーナが口が悪い不思議な小娘が来るとか言っていたので、 そこは其奴の席なのかも知れない。 俺の席に生ビールのジョッキが約束通り運ばれて、皆の席の前にも色取り取りの飲み物が用意された。 するとその時、何処から入って来たのか体長60cmくらいの、みなしごハッチが女装した様な羽根で飛ぶ生物が、俺の顔の周りを2周した。 「ドッヒャー、このオッサンがメェメェ良く鳴く勇者ぁ?ビックリ!」 お前もビックリしたかも知れないが、俺の方がもっとビックリしたぞ! 「何なんだ?此奴は?」 俺は周りも気に留めずに大声でそう訊いた。 「ウチはマヤよ!ねぇ、リンドウ、このオッサン、間違って連れて来ちゃったんでしょ?勇者がこんなブサイクな顔をしている筈がないもん」 誰の顔がブサイクじゃぁー!!! 「マヤ、この方で間違いないよ。リルジーナ様がセレス様に確認されたから」 ボンボンがそう答えた。 一体、何か間違っていないんだ? 「えーっ、そうなんだ!まあ、ユカのボーイフレンドじゃ多くを望む方が無理よね」 俺は堪らずリリジーナの方を見た。 「八木沢様、ごめんなさいね。この娘はわたし達が叱ったり窘めたりしたくらいでは、全く聞き入れてくれないの」 それなら、こんな変竹林な蜂娘なんか最初からこの席に呼ぶなよ!と俺は怒鳴りそうに成ったが、その言葉は直ぐに呑み込んだ。 俺はどうも、由佳とは全く違う意味でリルジーナには弱いみたいだった。 それなら俺が、此奴の根性を一から叩き直してやる! 「さあ、皆の衆、早くメシにしようぜ!ウチは腹が減ってるの」 それが一番遅れて来た奴が言う科白か! 今度、お前が俺に不愉快な事を言ったら、佃煮にして食っちまうからな! いや、それは止めておこう。 幾ら佃煮だと言っても、こんなヤバい蜂娘を食ったら、絶対食中毒くらいでは済まないだろう。 それよりもセイロで蒸して、そのままオークションにかけたら、何処かの物好きが高値で買い取るかも知れない。 俺は何時の間にか、由佳が言っていた会社の同僚の瀬戸山美樹とか言うアホ女と同じ発想に成っていた。 「それでは、マヤ様も待ち遠しいご様子ですし、私も乾杯の言葉が思い付きませんのでそれぞれで会食を始めましょう」 エルドラルドの大将がそう言った。 賢明な判断だな。 おまえ達がもし乾杯の言葉を述べるとしたら、今回、俺の拉致が無事に成功した事ぐらいしかないもんな! それにしても、ここの責任者である筈のエルドラルドが、何故、蜂娘の事を様付けで呼ぶのだ? すると、俺の正面に座っていた青年が起立して、俺に自分のグラスを捧げ持った。 エルドラルドの大将とボンボンも席に座ったままだったが、俺に向けてグラスを持ち上げた。 リルジーナは、まるでバーカウンターに並んで座った男女が交わすような自然な乾杯を、俺のビールジョッキに重ねた。 あの蜂娘は?と、俺がそちらの方を見やると、何と蜂娘は空中で一回りした。 それが蜂娘なりの、歓迎の動作なのだろう。 俺は今回は、蜂娘を佃煮にするのもセイロ蒸しにするのも見送って、今後の態度を経過観察する事に決めた。 ←ここをポチっと押して戴けると、この作者は大変喜びます。 ←PVランキング用のバナーです。ここもプリっと押して戴けると、この作者はプウと鳴いて喜びます。 ファンタジー・SF小説ランキング →ここまでグニュ~と押して戴けると、この作者はギャオイ~ンと叫んで喜びます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2022.08.18 00:11:36
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