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一般向け

教授選挙その②

そろそろ大学は退職する予定であるが、その前に経験した教授選について思うところを述べたいと思う。

今回の教授選は病院教授のポストである。病院教授なので、人事権はなく病院で定年までいられるというものである。教授と言っても人事権を持つのは主任教授で、各講座に一人が基本である。一般的に思い浮かべる教授のイメージは主任教授であろうと思う。教授、准教授、講師、助教というヒエラルキーの頂点に立つポストである。大学病院内のその科の人事だけでなく、関連病院への人事権を握っているため、その地域の医療に大きな影響力を持つ。

さて、今回の病院教授選であるが、ほとんど出来レースの印象があった。内部からの候補者は主任教授の選挙に敗れており、慣例通りであれば外に出るしかない。おそらく政治力を発揮して病院のポストを作ってもらい大学病院に居座る算段のように思えた。大学というところは基本的に定年まで勤められるのは教授だけである。というのは、いつまでも大学に残っていると下が育たないからである。また、大学というところは研究や臨床で実績を積んで、その業績でもって出身大学、他大学あるいは大きなセンター長などのポストに挑戦するところである。教授選では高齢であると、任期が短くなるため不利になる。したがって、50前後に教授選に出ないといけなくなるので、当然そのチャンスがなくなった業績がない人間は外に出ないと下の人間が実績を積めなくなるので組織としても弱体化してしまう。しかしながら、大学病院は特殊な疾患を専門にニッチな研究、診療をしていることが多いので50歳すぎると受け入れ先も限られてくる。そのような要因で、大学病院でしか働けない(大学病院にかじりつく)人間ができてくる。

今回の病院教授の選挙は出来レース感があったが、外部から二人の候補者が立っていた。大体教授選のパターンとしては、内部からの候補者に旧帝大からの業績十分な候補者と、旧帝大以外の大学で頑張っている候補者といった感じだろうか。公聴会にも参加したが、内部の候補者よりも明らかに外部の二人の方が、論文も書いているし、臨床でも頑張っているように思えた。しかしながら、蓋を開けてみると内部の候補者が当選した。結局のところ、選挙といっても実績だけで決まるわけではない。それぞれの診療科の利害関係や、縦のつながりなどの実績以外の要素も多分に影響する。人格なんかの評価も重要で、内部の候補者であっても評判が悪いと身内に足を引っ張られることもあると聞いている。

結局出来レースとなっており、自分としては残念に思った。どういう選考基準かは知らないが、競争力がある人間が然るべきポジションにいないと組織としてはジリ貧になってしまう。おそらく一般企業もニュースを見ている限りは同じようなことがことが起こっている様に思もうが、日本の悪い風習というか、波風立たない様に無難に物事を決めていくのがまかり通っていると思った。他人を批判すると、自分に返ってくる。お互いぬるま湯に使っていると自分達はいいが、若い世代はたまったものでない。大型の研究費を取ってくきたり、学会内でのパワーがあったり、熱心に指導してくれる上司はいつまでもいてもらっても部下も助かるが、単に働かないおじさんの様な人が残っていると、やる気のある若手はどんどんその職場を去ることになるだろう。日本の国際的な競争力が落ちているのは、このような背景もあるのではないかと思う今日この頃である。

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Girimaro
40代脳外科専門医、救急科専門医、アメリカ留学経験あり 日々考えていることを記録します https://blog.with2.net/link/?id=2073035

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