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村の神社(NL/人外)

 いつからだったかは思い出せない。少なくとも、小学生高学年になる頃にはもう言われていた。サナは、神社に行ってはいけない。両親は彼女にいつも口うるさくそう言った。

 神社に行ってはいけないというのは、厳密には村の神社に行ってはいけないという意味だった。村にひとつしかない寂れた神社に行けないからと言って、特段困ることはなかった。サナは素直に言いつけを守っていた。だが、一年のうち二回、村の神社に行きたくなる時期があった。それは祭りと年末年始だった。

「サナちゃんは、今年もお祭り行かないの?」

 サナは俯いたまま、「うん、行けない」と寂しそうに呟いた。「お母さんとお父さんがダメだって言うならさ、抜け出しちゃえばいいよ。きっとばれないよ」と、友達はそう言って笑った。

 子供の考えることなど、親はお見通しである。祭りの日や年末年始は「今日は特別だぞ」と言い、夕方からずっとサナにリビングで、町のレンタルショップで借りてきたDVDを見せた。村のそばに映画館は無いから、嬉しくはあった。一方で、どうして親がそこまでして神社に行かせないようにするのか不思議だった。

 今年も例年通り、リビングで上映会が開かれた。窓の外を見ると、神社の方が明るい。提灯のせいだろう。両親がサナを見張っている。抜け出すなんて絶対無理だ。神社に行けるみんなが羨ましくて仕方が無かった。だが、映画を2本も見れば、そのままリビングで眠ってしまうのだった。

 祭り当日よりも、次の日の方が嫌だった。学校ではみんな、昨日の祭りの話ばかりする。あの屋台の食べ物が美味かっただとか、金魚すくいの金魚がもう死んでしまっただとか、誰それのお兄ちゃんがどこかの家の奥さんと神社の裏でキスしているのを見ただとか……。くだらない話ばかりではあるけれど、会話に入れないのが面白くなかった。

「おい、ウルシマ、なんで今年も祭りに行かなかったんだよ」

「神社に行けないから……」

 無神経な男子なんて、無視すればよかった。サワダは「なんだそれ!」と大笑いだ。サナは唇を噛んだ。

 

「夢か」

 サナは、電車の中、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。ずいぶん昔の夢だ。もう十年も前のことだろう。バッグの中から、三つ折りにしたA4用紙を取り出して広げる。紙には『同窓会のご案内』と書かれている。毎年、同窓会には不参加だったサナも、上司に「今年は休みをとって、田舎にでも帰ってゆっくりしてこい」と言われたこともあり、久しぶりにあの村に帰ることにした。あの村を出てから数年。思えば、一度も実家に帰っていない。

『次は、■■村です。降り口は……』

 サナは慌てて荷物をまとめると、電車を降りた。見慣れたぼろぼろの無人駅は、屋根だけこまめに葺き替えされているせいで、相変わらずアンバランスな印象を受ける。すっかり変色した木製の駅舎に不釣り合いな真新しい自動改札機を通ると、懐かしい田園風景が広がっていた。5月とはいえ、盆地のせいか茹だるような暑さだ。日傘を持ってこなかったことを後悔しながら、サナは歩き出した。

 数年後には廃校になるという小学校や、店主が亡くなり閉店してしまった駄菓子屋を横目に、寂しい気持ちになりながら歩き続ける。やがて、件の神社の石製鳥居が見えてきた。もう大人なのだし、両親の言いつけを守る必要は無いだろう。今年は忙しかったせいで、初詣にも行けなかった。初詣には遅すぎるが、お参りしていくかと思い、サナは鳥居をくぐり、石段を登り始めた。デスクワークばかりで運動不足の彼女には、数十段の石段は応えた。登り切ると、妙な達成感を覚えた。参道を通り、拝殿を目指す。人気の無い寂れた神社だ。確かお参りの作法があったはずだが、思い出せない。電波の悪いこの村で、わざわざスマホで調べようという気にもなれなかった。

「鳥居の前で一礼しないのは、どうしてかな」

 突然声をかけられ、驚きのあまり心臓が止まりそうになる。まさか人がいたとは。振り向くと、濃色の羽織に白い着物を着た男が立っていた。その男は黒髪に黒い目で、肌が白いところを除けば、どこにでもいそうな男だった。

「あ、ごめんなさい……。作法とか、よくわかっていなくて」

「忘れちゃったの? 昔、教えてあげたのに」

 何を言っているのだこの男は。どう考えても初対面だ。誰かと勘違いしているのだろうか。サナは愛想笑いを浮かべ「初めまして、ですよね」と恐る恐る問いかける。その問いかけに、男は機嫌を損ねたようだった。腕を組み、サナをじろりと睨みつける。

「も、もしかしたら、以前お目にかかっているのかもしれません。ですが、私にはどうしても思い出せなくてですね……ええと、あなたはこの神社の神主さんでしょうか」

「違うよ。俺はクチナ」

 クチナ……やはり、聞き覚えが無い。苗字か名前かも判断できない。

「どうしてそんなに様子が変なの? 最近、遊びに来てくれなかったし。最後に会ったとき、俺、何かしたかな」

 サナは、怖くなってきた。このクチナという男は、少しおかしいやつなのかもしれない。早々に話を切り上げて、この場を去ろう。

「すみませんが、人違いだと思いますよ。私、用事があるので――」

「サナだよね、知ってるよ」

 本当に昔どこかで会った人なのか、サナのことを一方的に知っている所謂ストーカーか。

「人間が忘れっぽいことは知っていたけれど、ここまでとは。結婚を誓った仲なのに」

「それって……子供の時とかの話じゃないですか?」

「そうだけど、それがどうかした? 約束は約束だよね」

 クチナがにやっと笑う。やけに尖った犬歯が不気味だ。

「そうだ、もう一回教えてあげるよ」

 そう言うと、クチナはサナの手を引いた。なぜかその手を振りほどけなかった。そのまま石段を下り、鳥居の外に出た。

「ほら、身だしなみを整えて。襟が変だよ」

 クチナのひんやりとした指が、サナの首筋に触れる。襟を整えると「よし、これでいい」とクチナは笑った。

「さ、次は一礼だよ」

 クチナに促され、サナは素直に鳥居の前で一礼した。顔を上げると、先ほどやっとの思いで登った石段が見えた。またこれを上らなくちゃいけないのかと思った瞬間、いつの間にか石段を上がりきった場所に立っていた。瞬きした間に、瞬間移動したとしか思えなかった。自分も暑さで頭がやられてしまったのかと不安になる。

「さあ、手を洗って――」

 クチナのレクチャーは、二礼二拍手一礼まで続いた。

 

「で? 思い出した?」

「せっかくいろいろ教えてもらったのに申し訳ありませんが――」

「あっそ。で? 何願ったか教えてよ」

「願い事は、他人に言ってしまうと叶わなくなってしまうんですよね」

 クチナはきょとんとした表情を浮かべた。

「別に、俺にならいいでしょ。ほら、何を願ったか教えてよ。何でも叶えてあげるから」

「何でも? クチナさんは神様なんですか?」

 サナは冗談のつもりだったが、クチナは真剣な顔で「そうだよ」などとのたまう。少しだけ気を許してしまっていたが、この男が頭のおかしいやつであったことを思い出す。

「だからほら、願い事を教えてよ」

 サナは困ってしまった。そもそも、サナは何も願わなかった。ある程度の年齢になるとどうにもならない理不尽な現実に何度も直面し、神頼みなどしなくなる。

「君の心の声を聞いてたんだけど、何も聞こえてこなかったんだよね。作法に必死で願い事を忘れたんじゃ無いかと思ってさ」

「願い事はありません」

「そう? 本当に?」

 サナはにこっと笑って「もう行きますね」と神社を後にした。

 

 実家に着くと、サナの母親が大量の料理を作って待っていた。

「今日お父さん遅いの。お腹空いているなら、先、食べちゃおうね」

 今は昼過ぎだが、村にはファミレスもなく、お昼ご飯を食べ損ねていた。

「もうぺこぺこ。お昼、食べなかった」

「そうなの? じゃあ、お昼ご飯にしましょ」

 母親が茶碗に白飯をよそいながら、「駅弁でも買えば良かったのに。ちゃんと食べなきゃダメ。倒れたらどうすんの」と言った。サナは苦笑いを浮かべた。いつも食事を疎かにしていることも見透かされていることだろう。食事を終えると、母親は居間にお茶を用意してくれた。

「そう言えば、あそこの神社の神主さんって、ちょっとおかしかったりする?」

 母親はため息をついた。「あのね、ご高齢の人を悪く言うのはだめよ」とぴしゃり。母親によれば、神主は年配の男性で、何度も同じ連絡を回したり、いつも探し物をしていたりと、最近物忘れが多くなってきたのだという。そんな人をおかしいなんて言うなと、改めて怒られた。

「ご、ごめん。神主さんはおじいさんだったんだね。じゃあ、私が会った人は別の人だね」

 母親の眉がぴくりと動く。

「会ったって? 誰に? どこで?」

「神社で、紫の羽織に白い着物の、変な人。クチナとかいう」

 母親はまたため息をついた。

「神社に行っちゃいけないって言ったでしょう。もう、本当に行っちゃダメだからね」

「どうして?」

「その人は、人間じゃ無いの」

 サナは思わず笑いそうになった。母親までそんなことを言い出すとは。
「そうだよ。その人は神様。あの神社の神様」

 

 聞けば、あの神社に祀られているのは、土着の神だと言う。
その神は元々、邪悪な蛇だった。村人を何人も食い殺し、戯れに家屋を壊して好き放題していた。年々力を増していった蛇は、ついには川を決壊させ、村を水浸しにする。生き残った村人たちに、蛇を退治しようなどと言う気力は残っていなかった。小さな社をどうにか完成させると、蛇に言った。

「この村の神として祀る。どうか鎮まってほしい」

「良いだろう。ただし、俺は神になったのだ。無礼なものに容赦はしない」

 その言葉通り、神となった蛇がむやみに村人を食らうことは二度と無かった。その代わり、よそ者と無礼者には容赦が無かった。

 

「だから、あの神社に――あの神様に近づいてはだめ」

「昔話でしょ。それに、私はよそ者じゃないし、特に無礼も働いていないから平気でしょ」

 母親は俯いた。

「小さい頃、あんたはよくあの神社で遊んでた」

 サナは目を見開いた。うんと小さい頃の話なのかもしれない。神社で遊んだ記憶など、全くない。

「他の子たちは山に入って遊んでいたから、それよりはいいかなと思って、私たちも神社で遊ぶことを止めなかった。ある日、あんたが言ったの。『神様と結婚の約束をした』って」

 思いのほか、自分の両親が信心深いことに驚いた。普通、子供がそんなことを言いだしても、放っておくのでは無いだろうか。

「あんたは昔も今も、全然わかってない。神様に嫁ぐと言うことは、死ぬってことなんだよ。だからあんたに、神社に行くなって言ったのに。行ってしまったんだね。執念深い神様は、絶対にあんたのことを諦めないよ……」

 

 その日は、父親が帰ってきても暗い雰囲気のままだった。居心地の悪さに耐えかねたサナは、自分の部屋に布団を敷き、いつもより4時間も早く寝床に入った。明日の夜は、同窓会だ。明後日の昼には、もうこの村を出てしまう。明日の朝、両親にちゃんと謝ろう。そう思いながら、サナは目を瞑った。

「お父さんとお母さんに怒られたの?」

 目を開くと、昼間の男――クチナがサナを見下ろしていた。どうやって入ったのだろう。母親の言うとおり、この男は本当に神なのかもしれない。サナは両親を起こしてはいけないと思い小声で「どうしてここにいるの」とクチナに問いかけた。

「俺もさ、考え直したんだよ。いつも君のことを神社で待ってた。でもそれじゃダメなんだよね。待ってるだけじゃ」

「だからって、いきなり来ないで」

「ふふ、サナは夜這いって知ってる? 昔はこの村にもあったんだよ」

「神様だよね? やらしいこと考えないで」

「土着神なんてそんなものだよ。酷い神は、村中の娘を犯して孕ませて……」

「あなたの方が酷いでしょう。村人を食べて、村を水浸しにして」

 そう言ってから、今のが無礼な振る舞いだと思われたらどうしようと心配になった。恐る恐るクチナの顔を見る。彼はニヤニヤとしているだけで、怒っている様子は無かった。それどころかクチナはサナのすぐ横に寝転がると、同じ布団の中に入ってきた。

「君が俺の過去を知っているなんて素敵だ」

「……。どうして、そんなことをしたの?」

「村人を食ったのは、どうしてだったかな。何か気に食わないことがあったはずなんだけど思い出せないや。人間ってさ、大して美味くないんだよ。でも、食べれば食べるほど強くなれた。そのうち、いろんなことができるようになって、つい試したくなっちゃったんだよね。俺はずっと楽しくやっていただけなのに、神様になれた。ついてるよね」

 クチナの冷たい手が、パジャマの下のお腹に触れた。

「ちょっと!」

「いいの? 大きい声を出すと、お父さんとお母さんが起きちゃうよ。邪魔とかされたら、殺しちゃうかも」

「……」

 ひんやりとした指が、サナの乳房の輪郭をなぞるように動く。

「クチナは、どうしたいの?」

「約束を守ってほしいだけだよ。結婚するんでしょ? 俺と」

 サナはクチナの耳元で「約束を破ったらどうなるの」と囁いた。クチナがサナの体を力強く抱きしめる。

「そんなこと、言わないで」

 今にも泣き出しそうな声だった。てっきり、約束を破るのなら殺すと言われるものだとばかり思っていた。もし、その予想通り殺すと言われたのならば、この男を心の底から嫌いになれただろう。サナは約束を忘れていたことを申し訳なく思い始めていた。

 

 朝、目が覚めると、もう隣にクチナの姿は無かった。神社に帰ったらしい。昨晩は必ず何かされると思っていた。少し残念に思う自分に嫌気がさす。もっと触れてほしかった。彼からは香のような匂いがする。その匂いが、懐かしくて大好きだ。昔の自分は本当にクチナのことが大好きだったのだろう。どうして彼のことを忘れてしまったのだろう。もし、記憶があったのなら、サナは今すぐにでも嫁いでいたに違いなかった。

 昨晩は、両親に神社に行ったことをちゃんと謝ろうと思っていた。だが、結局謝れなかった。神社にはもう二度と行かないという約束は守れそうにないし、二人とも目も合わせてくれ無かった。あれこれ考えているうちに、謝るタイミングを逃してしまった。どうにも気まずく、家を出た。同窓会まではまだずいぶん時間がある。散歩にでも出かけることにした。

「あれ? ウルシマ?」

「あ、ハラダくん? 久しぶり」

 同級生に偶然ばったりと会ったことで、思わず顔が綻ぶ。

「いやあ、やっぱ都会に行った人は違うな。一生村にいる女は、いつまでも芋くさいかんな」

「そんなことないって」

 サナはぶんぶんと首を横に振る。村の女性たちにあまりにも失礼だ。デリカシーが無いところはまったく変わっていないと見える。

「ところで、今年は同窓会に出るのか?」

「うん、そのつもり」

「そっか、みんな喜ぶぞ。ここ数年、同窓会を開いても村に残ったやつしか集まらなくてさ」

 その後は、軽く近況を報告し合い、別れた。特に予定も無いサナは、神社に向かうことにした。

 

「クチナ、来たよ!」

 返事が無い。留守だろうか。神社の中をふらふらと見て回るが、クチナの姿はどこにもなかった。代わりに、紺の着物を着た男を見つけた。クチナとどこか雰囲気が似ている彼は、クチナ同様人間ではなさそうだが、クチナのことを知っていそうでもあった。

「すみません、クチナがどこに居るか知りませんか」

「誰かと思えば、おまえか。穢らわしい人間のメスめ」

 この男も、サナのことを知っているらしかった。

「軽々しく兄様の名を口にしやがって!」

 怒り狂った男が、サナに飛びかかる。男の体重に耐えきれず、サナは地面にうつ伏せに倒れ込んだ。その瞬間、周囲の景色が一変した。男の股間を思い切り蹴り上げ、男が怯んでいる隙に急いで立ち上がると、全速力で走り出した。周囲は霧が深く、30 cm先も見えない。

「おーい、神域で無闇に走るなよ。どこまでも地面があるとは限らないぞ……ふふふ、はは、はははは……」

 声のする方を見ても、霧のせいで何も見えない。神域という場所らしい。どこまで走っても、知っている場所に出ない。確かに、走り回るのは危険かもしれない。サナは茂みを見つけると、そこに身を隠した。

 ずず、ずずず……。

「おーい、どこへ行った」

 重くて大きなものを引きずるような音。男はまだサナを探している。見つかれば、酷い目に遭うのは間違いない。

「どうしてまた、兄様に付き纏う? 記憶を消してやったのにさぁ……」

 記憶を消したのは、この男だったのか。小さい頃の記憶をそれなりに覚えているのにも関わらず、神社とクチナのことだけ忘れているのはずっと不思議だった。

 ず、ずず、ず……。

 霧の中を大きなものが移動している。手足の無い長いからだ、メラメラと光る鱗……巨大な蛇が、霧の中、サナを探している。サナは恐怖のあまり、泣き出しそうだった。

「見つけた」

 顔を上げると、巨大な蛇がにやりと笑っていた。

「こ、来ないで……」

「じゃあ、僕に嫁ぐか?」

「どうしてそうなるの。私のことは嫌いでしょう」

「嫌いだね。兄様に付き纏う人間は大嫌いだ。兄様は、いつも人間に傷つけられてばかり。それなのに、いつも人間をかばう」

 クチナが人間をかばう? 殺すのでは無く? そもそも、あの神社に祀られているのは、クチナだけではなかったのかと気づく。昔の人は、クチナとこの男を同じ存在と勘違いしたのかもしれない。

「人間を食べていたのは、あなた?」

「ああ、人間は美味い。たまらなく、美味い。だからたくさん食べた。村のやつ、全員食べちゃいたいよ。でも、昔から兄様がうるさくて」

「そ、そんなやつに嫁ぐなんて嫌!」

「生意気な女だなぁ。勘違いするなよ、僕も君なんか嫌いさ。でも、僕たちのことを見えるやつとしか結婚できない……子供を作れないんだ」

 目の前の大蛇が、元の紺の着物を着た男に戻っていく。サナは震える唇で「子供を作ると、何か良いことがあるの?」と問う。

「もっと強い神になれる」

 男は嬉しそうに「もっと強い神になって、もっと人を食う」と笑った。こんなことを言う男と、結婚なんてできるわけがない。かといって、安易にここで断ったら、サナも食べられてしまうのだろうか。

 サナは小さな声で「考えさせて」と言った。

「何だと?」

 男がサナを睨みつける。

「だってほら、先にあなたのお兄さんと結婚の約束をしていたから。お兄さんが許してくれると思う?」

「確かに。許さないだろうね。君が兄様を説得してくれる?」

 サナは首を横に振った。そんなことをして、クチナに食われたら元も子もない。

「じゃあ、どうするの?」

 苛立った男が、再び大蛇へと姿を変える。

「僕の役に立たないなら、腹の足しにさせてもらうよ……」

 大蛇が大きな口を開く。

 もうだめだ。そう思った瞬間、もう一匹大蛇が現れ、口を開いた大蛇の首に噛みついた。二匹の大蛇がもつれ合いながら、地面に倒れ込んでいく。大蛇は元の男の姿に戻ると「ちょっとふざけていただけだよ!」と叫んだ。もう一匹の大蛇は、姿を変えること無く、シューシューッと威嚇を続ける。

「本当だって! それなのに、酷いよ。本気で噛んだだろ!」

 見ると、男の首からだらだらと真っ赤な血が流れ出ていた。

「ふざけていただけかどうかは、俺が決める」

 クチナの声だ。噛みついた方の大蛇も、クチナの姿に変わっていく。男は何か人のものでは無い言葉で叫ぶと、霧の中に姿を消した。

「クチナも、より強い神になるために私と結婚したいの?」

「弟が、何か言ったの?」

 サナは俯く。違うのであれば違うと言ってほしかった。即答しないあたりが、不安な気持ちを増幅させる。

「もっと強い神になるとか……どうでもいいよ」

「じゃあ、どうして私と結婚の約束なんかしたの?」

「それは、君が願ってくれたから。大好きな君の願いを叶えてあげたかったんだ」

 サナは顔を上げた。クチナが今にも泣き出しそうな顔で「今はそれが願いじゃ無いなら、俺は身を引くよ」と言った。

「クチナ……」

 サナはクチナに抱きつくと、「あなたと結婚したい」と囁いた。記憶が無くても、クチナのことを愛していた。

 

 神域のクチナの家らしきところに連れて行かれ、サナは裸になるよう命じられた。言われるがまま、衣服を脱ぎ捨てると、そばの水場で体を清めた。濡れたままの体をクチナが抱きしめる。

「人間と違って、ややこしいことはしないんだ。交わればつがい……俺たちは、結婚したことになる」

 そう言いながら、クチナがサナの首筋を軽く噛む。くすぐったくて、少しだけ痛い。唇を重ね合わせ、互いの呼吸を奪う。クチナの体は相変わらず冷たいままだが、サナの体温は上昇していくのを感じる。

「ゆっくり横になって」

 クチナに体を支えられながら、部屋に敷かれた布団の上にゆっくりと仰向けに寝転ぶ。布団に寝転んだサナに、クチナが覆い被さる。そして再び、唇を重ねた。互いの舌が絡み合い、卑猥な音を響かせる。クチナの冷たい手が、サナの胸に触れ、ゆっくりと味わうように揉みしだく。

「ふ、あ…………っ」

 唇と唇の間から息が漏れる。どちらのものとも分からぬ乱れた呼吸音だけが聞こえる。胸を揉まれているだけで、太股の間が濡れていく。そのことを恥じるように、サナが腰をくねらせる。

 クチナの手が、サナの体のラインをなぞりながら秘所に移動していく。愛液ですっかり濡れた秘所の周囲を指先で撫でる。クチナが少しだけ体を起こし、唇を離した。

「最初は痛いかもよ」

「大丈夫、我慢できる」

「いや、我慢はよくないよ。だから、指でいっぱい慣らそう」

 そう言いながら、クチナは冷たい中指を根元まで蜜壺に差し込んだ。冷たさと異物感、快感にサナの体がわずかに跳ねる。

「だ、だいじょうぶだって…………あっ!」

 クチナの指が動き始める。すでに愛液で満たされていたそこは、指が動かされるたび、ぐじょぐじょといやらしい音を出す。いつの間に探り当てたのか、クチナはサナの〝良いところ〟を一定のリズムで何度も何度も刺激する。サナが絶頂に達するのも時間の問題だった。

「ぁああっ、あ――っ!」

 サナの体がびくびくと震える様を、クチナは満足そうに見つめる。蜜壺から引き抜いた中指を、クチナがべろりと舐める。

「まだ、だめだと思うなあ。次は、2本にしよう」

 クチナはそう言うと、今度は中指と人差し指をサナの蜜壺に差し込んだ。

「ぁ……だ、だめ、イッたばっかで……」

 クチナはサナの言葉を無視し、先ほどと同じように動き始めた。

「く、くち……あ、あああっ」

 二回目の絶頂で、布団は愛液でびしょびしょだ。

「これなら大丈夫かも」

 指が引き抜かれ、代わりに男根が入り口に押し当てられた。指よりも太いが、骨がない分柔らかい。それが少しずつ、中に入っていく。

「ぁあっ……、あ、ん」

 クチナのすべてが、サナの中に入った。ゆっくりと動き始める。肉壁を擦られるたびに、サナは小さな悲鳴を上げた。

「は……はあ……クチナ……」

 クチナがいくつもキスを降らせながら、腰を振り続ける。

「ん……も、も……う……」

「自分は好きなだけ気持ちよくなっておいて、俺はダメなの?」

「あ……」

 先ほどよりも腰の動きが速くなっていく。サナは声を押し殺しながら再び達した。クチナの方はまだ余裕らしく、腰の動きを変えようとしない。

「ん……はっ、は……ああ……」

 快感のあまり、目が潤む。涙のせいで、クチナが歪んで見えた。記憶が無くても、不思議とこの男のことを好きだったということが分かる。

「何か余計なことを考えていない?」

「なに、も……あっ」

「本当に?」

「私の心が、読める……でしょ……」

「俺をそんなに野暮なやつだと思ってる?」

 サナは少しだけ笑った。

「もし、記憶があったらって思ったの」

 クチナががぶりとサナの首筋に噛みついた。

「いっ!?」

「今度は簡単に忘れないでね」

「あ、ああっ、あん……ああっ!」

 熱い精液がたっぷりと子宮に注ぎ込まれた。体は冷たいのに、精液は熱いのか。それとも冷たすぎて熱く感じたのか。ぼんやりとした頭では、うまく考えられなかった。