バンクシーって誰?展

寺田倉庫 G1ビル

2021年11月27日(土)


 

 

世界をまたにかけて活躍する正体不明のアーティスト、バンクシーの代表作は建物の壁に勝手にスプレー缶で描いたものばかりで、移動ができません。

 

そこで寺田倉庫の展示スペースに実物サイズのセットを作ってしまいました。全館撮影スタジオと化しており撮影し放題。撮影の合間に作品鑑賞もできます。

 

 

 

正直私はバンクシーにいいイメージを持っていません。簡単にいうと、

 

社会活動家としては仕事ができる奴、

アーティストとしてはキライ。

 

キライのポイントをまとめると3つ。

 

 

  • 「昭和の不良か暴走族かよ。」他人様の建物に勝手に落書きするグラフティという形式は器物破損にあたる犯罪行為です。迷惑をかけた人に謝罪もしない。

 

  • 「ただの嫌味、悪口じゃん。」作品の多くにイギリス人が好む知的ユーモア、いわゆるアイロニー、皮肉がベースにあり真面目な日本人の自分には不快。

 

  • 「炎上系マーケティングの元祖」紛争地へ赴き作品を制作するというのも話題づくりのパフォーマンス。美術館やディズニーランドに乗り込んで警備員の監視を潜って作品展示を行うとか。

 

 

もちろん、スキとかキライは感情論です。

 

アートコラムを書く身としては、感情論だけで終わる気は毛頭ありませんので、翻って私がスキなバンクシーの作品3点について考察していきましょう。

 

 

Girl with Balloon

 

 

Flower Thrower

 

 

The Son of a Migrant from Syria 

 

 

「Girl with Balloon」(イギリス ロンドン)

女の子が持っていたハート形の風船を手放してしまった瞬間を描いた作品。これは何度も使われているモチーフでバンクシーのアイコンになっています。2018年サザビーズのオークションで100万ドル(約1.5億円)で落札した瞬間にシュレッダーをかけられた額装の作品もこれでした。

 この階段の壁面描かれたグラフティは比較的初期のもので、現存していません。右側にある「THERE IS ALWAYS HOPE」(いつだって希望はある。)という一文はバンクシー以外の誰かが後から書き足したものと言われています。画讃のように効いている想定外のコラボは、この作品に普遍的でわかりやすい解釈を付加しました。

 ハートの風船は希望の象徴、希望は少女の手から逃げてしまったのか、いつかは誰かに届いて新たな希望となるのか。どちらにしても必ず希望はあるという強いメッセージがよく伝わります。

 


「Flower Thrower」(パレスチナ ベツレヘム)

マスクをした暴徒の青年が石を投げている絵、と思いきや、手に持っているのは石ではなく花束。

「闘争は過激に行うものである。しかし暴力ではなく平和的に行わなければならない。」

メッセージが端的に表現されていてコミュニケーションスピードが早い。無駄が徹底して削ぎ落とされていて広告的。バンクシーは対極にあるものを組み合わせて作品することも多い。その中でもこの作品は洗練されている。

 このグラフティはパレスチナのガソリンスタンドの壁に描かれました。国際的な政治紛争の地を制作の場所に選んだのは注目度が高いからに疑いありません。「暴力はいけない。話し合いで。」そんな正論を振りかざしてもこの地域の問題の解決に役に立っていないなら、売名行為と揶揄されても仕方がない。しかしアーティストは現実的な課題とは距離を取るべきという考え方もある中で、敢えて火中の栗を拾うというのは一貫したバンクシーのスタイルです。

 

 

「The Son of a Migrant from Syria 」(カレー フランス)

フランス北部、英仏海峡沿いの港町カレーにあるシリア難民キャンプの近くで描かれたグラフティ。黒いセーターに坊主頭のメガネをかけた男、どこかで見たことがと思いきや、スティーブ・ジョブズ。ジョブスはシリア移民の父をもつ。アメリカが移民を受け入れなければアップルという世界企業は生まれなかった。移民の受け入れなしに国家の未来はない。フランスがシリア難民受け入れに消極的なことを非難する、バンクシーが公式Instagramで声明まで出したとても直接的なメッセージの作品。ここまでやると、芸術活動というより社会活動。芸術家が戦争、人権問題などの社会課題に対して作品によりメッセージを放つことは大切ですが、バンクシーは軸足が特に社会活動寄りです。さらに作品のイメージを拡大するメディアの仕掛けが巧み過ぎてオリジナル作品より、メディアを通して伝えられたイメージが作品本体と思える。その辺が作品制作ではなくキャンペーンを貼っているようでまるで広告に見えます。


アートとは何か?


よく掲げられる問いです。芸術の価値観や枠組み、システムを皮肉る作品も多いバンクシーは、アートを壊してばかりです。


そもそもバンクシーはアートに愛があるのでしょうか。社会活動のただの道具としてアートを利用しているだけなのでは。


バンクシーがアートに投げつけるものは、

石なのでしょうか、花束なのでしょうか?


どちらにしても最後のメッセージは


「いつだってアートに希望はある。」 


であって欲しいと、バンクシー嫌いの私は切に願います。



 

 

 

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