墜ちる

『墜ちる』は菊池直恵さんの作品です。検察官の女性が売春中に殺された。そんなショッキングな出来事から時間が遡ります。11年前。高校生のはるかは同級生たちから憧れられていると思っています。

かわいい顔。高い成績。素敵な彼氏。ただ、はるかには不満がひとつあります。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

検察官の父の転勤で転入してきた佐藤正美に成績学年トップの座を奪われたからです。1位をとるために学校のランクまで下げたというのに。はるかは激しいいじめを行います。気に留めていなかった正美も音を上げて反撃します。はるかの彼氏に体を許すことを条件にはるかと別れさせたのです。

そんな正美の唯一の関心は父に向いています。正美は父と体の関係を持っているのです。バレなければいいのだから、と関係を続ける二人。しかし、8年前、父が急死して二人の関係は突然おわります。二人の関係と、正美自身がなによりもそれを望んでいたことを知っていた母は、大学生になっていた正美と決別します。母は、世間にバレなければお互いいい母と娘でいられるといいます。

正美はいえない乾きを抱え、告白してきた男子学生とセックスしようとしましたが、自分を好きかと聞かれて一気に褪めます。男子学生としたあと、乾きを鎮めるため正美は父親を思わせる男性を相手に売春を始めます。

そして現在。正美は検察官になったものの相変わらず売春を続けています。しかし、同僚から告白されて正美は興奮します。父と同じ検察官とセックスすれば乾きも癒えるかもしれない。でも本当にそうか?正美はいつもどおり売春します。するとひょんなことから相手が検察官とわかってしまいます。喜び「バレなければいいのよ」と男に言った正美に対し、男は「脅迫するのか」と激高し正美を殺害します。

取り調べをした刑事のひとりはあのときの男子学生。「あんたとこんな再会をするとはね」と吐き捨てた彼が、正美の最後の表情を表現した言葉は「喜色満面」

そんな頃、犯人とおぼしき男は「バカな女が死んだというだけだ」とつぶやきます。

菊池さんは社会問題をはらんだ、救いのない作品をたくさん世に出しているイメージがあります。この作品を読んで、東電エリートOL殺害事件を思い出したのは私だけではないと思います。若い方はご存知ないでしょうが、確か東電の研究所で副所長を務めていたという彼女が、たちんぼの娼婦をしてはした金で体を売っていたという事実は衝撃的で、当時OLだった人は私も含めてただならぬ関心を持ったものです。ちなみに犯人とされた外国人はその後冤罪であるとして釈放されています。

この事件からインスパイアされた創作がたくさんありますが、私が「最高峰」と思うのは桐野夏生さんの『グロテスク』です。

菊池さんのこの作品も、おそらくこの事件からヒントを得られたものだと思います。父親との関係についてはグロテスクでも注目されていましたが、単に濃密な父娘の依存関係、父に認められたいという娘の気持ちをもう一歩進んだものにして、合意の上の近親相姦というストーリーにしている点と、「罪がバレなければ罪を問われない」というテーマを盛り込んだのが菊池さんの作品の特徴だと思います。

最初にはるかの「もっと私をうらやましがりなさい」というマウントから始まるのもおもしろかったです。表紙もはるかのアップが使用されていたので、私はまんまとミスリードされて、はるかが堕ちていく話なのかと思ってしまいました。

高校の時のはるかの彼氏は、正美が体を与えることで容易に陥落していましたが、大学生の彼は正美の態度に違和感と嫌悪感を持つのがとても印象深かったです。変わり果てた正美の姿にまで軽蔑をぶつける彼の姿に象徴されているものは何でしょう?でも彼は正美から強く影響を受けています。どんな状況にも四字熟語を当てはめるのは彼女の癖だったのですから。

そして「バレなければ」というテーマもとても印象的です。正美を殺した検察官も、バレなければ、ただ女が死んだだけのことだ、で済ませるからです。さらにここに、現実の事件の経緯を合わせて、最初からあやふやだと思われる証拠や状況証拠で外国人が犯人とされたことや、再捜査はもう難しいだろうと思われる頃に冤罪として釈放されたことを考えると「バレなければ犯罪はなかったのと同じことになる」というのが、父娘の本当の関係がバレなければ大丈夫だと父が娘に言い聞かせていたことを考えると因果を感じざるを得ません。

私にとってはとても興味深い作品だったのですが、東電エリートOL殺人事件を知らない世代の方が読んだらどういう感想をもつのか、是非うかがってみたいものです。

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