宇宙の卵

『宇宙の卵』は程野力丸さんの作品です。第二次世界大戦終戦後のフィリピンマニラが舞台です。ゴミの山でゴミ拾いをする日本人の少年ルイは、周辺に迫害されています。

亡くなった祖父は、すべてを事象として捉えよとルイに言い残していました。だからルイは辛くても、日本人だからと差別されても前向きに、いつか学校に行くことを夢みて金を貯めていました。

ここから先は、ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

しかし、せっかく貯めた金を「強盗に参加しなかった」という理由で、ゴミ山仲間に強奪されたルイは絶望し、ゴミの山で自殺しようとします。そこで見つけた卵のようなものの殻を割ると、中から暗黒物質が溢れ出し、ルイは気を失います。

気づいたときには世界は変わっていました。誰もが念じただけで目の前の人を殺す力を手に入れたのです。ルイはこの事象は自分が卵を割ったことに起因し、暗黒物質を閉じ込めていた卵の殻になにか秘密があるはずだと考え、研究するために、身柄を引き取ってくれたシスターに頼んで勉強を始めます。街は荒み、誰もが「いつでも殺される」という恐怖の下に暮らしています。

シスターのもとに集まった仲間の中でも、ルイは日本人だということで迫害されますが、頭脳明晰なアンヘルが助けてくれます。アンヘルも同様にシスターに助けられた子供でしたが、いまは立派に成長しています。

ある日、ホセ・マリアを名乗る人物が、大量虐殺を始めます。大統領も殺して国中を恐怖に陥れます。アンヘルとルイは一度はホセ・マリアを追い詰めますが、失敗し、アンヘルは命を落とします。

ルイは研究を続け、シスターとの連名での論文を書きます。卵の殻と同じ成分の物質を一定間隔で設置することで、人を殺す力を無効化するという考えです。

論文ができた頃、ルイは再びホセ・マリアにまみえ、死闘の末、ルイは一緒に死ぬことでホセ・マリアを滅亡させます。それが1966年。現在ルイの功績は讃えられ、彼の命日には人々が献花台に訪れます。

わりとかたい感じの絵柄とフィリピンのゴミの山が舞台という設定から、海外漫画なのではないかと思いましたが、日本の作家さんのようです。

フィリピンのゴミの山は、あの有名な『ワンピース』のルフィの故郷のモチーフとされているそうで、馴染みのある方も多いのでしょうか。私は『ワンピース』を読んでいないので、解説系Youtubeで初めて知りました。

そんなゴミの山から始まるこのストーリー。しかも第二次世界大戦直後です。フィリピンは戦前は米国の植民地で、米国は善政をしいていたとの説もあり、そもそも日本が侵略したときから好意的には受け入れられなかったとの説を聞いたことがあります。日本の東南アジアへの侵略については、インフラ整備を行って現地の方にも受け入れられたという話もありますが、場所によって違うのかもしれません。ましてや、このお話は終戦直後。ルイは日本人だから、と拾ったゴミも買い叩かれ、抗議すれば二度と来るなと言われてしまいます。

この世のあらゆることは単なる事象だと思え、と言い残したじいちゃんの気持ちを考えると切なくなります。ルイが孫だということは、じいちゃんは息子なり、娘なりを失っているはずです。そのときも「これは事象だ」と捉えようとすることで乗り切ってきたのでしょうか。ルイも、ゴミの山で換金できるものを毎日も、日本人だからと差別されることも乗り切りますが、唯一の夢だった学校に行くことを、仲間に阻止されて断念せざるを得なくなります。読んでいてもつらいこのシーンから、急に物語が変わります。

卵から割れでた暗黒物質がすべてを変えます。人々も変わりますが、ルイの境遇も変わります。アンヘルに引き取られたことで、毎日の餓えの心配から解放され、卵について、暗黒物質について、いろいろ考えることができる境遇になったのでした。

そこからラストまでは一気に物語が進んだように感じました。上巻を読んでから下巻が発行されるまで1か月ほどあったのですが、それでもスピードがすごく早かった気がしました。

宇宙の卵の仕組みが明らかになった気はあまりしなかったのですが、殻と同じ物質を使った箱を利用して暗黒の力を封じるという考えはよく理解できました。また、ホセ・マリアが「何故人を殺したいかは分からないが、彼がやろうとしている殺戮を考えると、奴が次にどこに現れるかわかる」といった、アンヘルやルイの推理もあたりはぞくぞくしました。無垢なイムノやシスターも、感情に任せて動いてしまう周囲の人々も魅力です。

これが日本だとすると、シスターの立場とか、難しかったかもしれません。キリスト教信徒は日本では異端といってもいい少なさですし、お坊さんでも意味合いがまた違う。日本は「もはや戦後ではない」という言葉がでるくらい発展し、戦後の困窮を多くの人が抜け出ましたが、フィリピンのゴミの山はいまでもあります。

現在のフィリピンの人口は1億1000万人程ですが、終戦直後のフィリピンは1200万人程度だったそうです。このお話の中ではそれを遥かに上回る人数が死んでいるので、暗黒物質は国境をはるかに超えて威力を発揮していたことがわかるのですが、程野さんが舞台をフィリピンにしたのにはどんな意味があったのでしょうか。今の時代のフィリピンのイメージはなんといっても前大統領の破滅的ともいえる麻薬撲滅運動でしょうか。この漫画の背景で考えると、16世紀からスペインに支配されて国の原型がつくられ、19世紀末に米国に支配が移ったキリスト教国で、人口はマレー人が多くを占めるようです。その中で、戦争に負け、忌み嫌われている日本人という存在が、国と世界を救った、国籍も宗教も違う人々と共闘して。というところがこの物語のキモなのでしょうか。

ホセ・マリアという名前も気になります。ホセ、ということはスペイン系の住民なのでしょうか。それとも、マレー系の人にも、ホセという名前は浸透しているのでしょうか。そして日本人なら絶対に聖母を連想するマリアという名前を使っていることに、フィリピン人だったらどんな印象を持つのでしょうか。

そのホセ・マリアは、自分のゴールは、自分だけになることだと語ります。他者の絶滅。自分が唯一の存在になること。途方もないことだと思いつつも、そもそも人を殺傷する能力を得てしまうこと自体が途方もないことなので、ホセ・マリアの希望を、ただただ憎むということもできません。憎むところまで理解できないというのが本音です。ホセ・マリアの冷たい表情もよかったです。

「最初に卵を割ってしまった。だから自分が封じるのだ。大量殺戮を行うホセ・マリアをただ殺すのではだめだ、皆にりかいできるように裁かなければ」と、ひたむきに進むルイの気持ちもわかります。

読み応えのある作品でした。

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