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強いが正義ではない。勝者の品格


中村です。

最近はゲームばかりやっています。
「Apex Legends」というFPSゲームの他にも
会社の上司が誘ってくださった「eFootball2022」という
以前はウイイレと呼ばれていたサッカーゲームもやり始めました。

「eFootball2022」に関しては学生の頃にやりこんでいたので
始めたその日からそこそこ対人戦でも勝てています。
昔と比べて操作が複雑になったのと、操作する選手の動きが機敏ではなくなったので
やりこんでいた頃のイメージと現在とのギャップにイライラしながら
楽しくプレイしています。

どちらも対戦ゲームですので、必ず勝ち負けがあります。
相手の方が上手いとか、でも結果としては自分が勝ったとか
そこには一時的な格差が生まれるのです。

それは実社会でも同じで、様々な分野で勝ち負けのような格差が生まれます。
それが良い悪いではなく、生物として存在している限りそうなんだと思います。

文明が進化していなかった頃の人類は他の生物たちと生きるか死ぬかの競争があったのでしょうし、
今ではそういった生死に関わる争いではなく、資本を賭けて格差を生み出すというような
人が安全に暮らすためのシステムに変わっていったのだと思います。


いちいち仕事をするにしても、趣味で何かをするにしても
格差がどうとか言ってるのは非常に世知辛い感じがしますが、
現代社会はそうやって成り立っているのでしょう。


話は「eFootball2022」に戻るのですが、
始めたばかりですが、私はすでにそこそこの実力者です。
それは当たり前で、10年以上も過去作をやりこんでいたわけですし
多少の違いはあれどやることは基本変わらないゲーム性ですから
初日から強いのは当然です。

これは私自身に対する戒めでもあるのですが、
そこで自分が偉いとか、驕るというのは間違っていると思います。

それは初日だからというわけでもなく、
強いから正義でもないし、勝ったから正しいという考え方が違うのだと考えています。

最近だとマウントなんて言い方もしますが
たかが一時的に人より上に立ったからと言って天狗になるのは
自分のためにならないし、他人のためにもなりません。

バスケットボールの神様、マイケル・ジョーダンが
「成功したいと思うなら自己中心的でなければいけない。
だが、もし最高のレベルに達したなら、自己中心的であってはいけない。
他人とうまく付き合い、一人になってはならない」
と言っていたように

自分が強いと自覚したのであれば、周りに良い影響を与える人になるべきなのだと思います。

チーム競技や学校や会社といった団体に限った考え方ではなく
個人競技であったりフリーの仕事であっても同じことです。

組織内で派閥があったり地域ごとに情報がたまっていたりする業界はあまり伸びません。
情報共有が盛んで、誰でも上の人のノウハウを聞ける状態が望ましいです。
結局は業界の下の人たちのレベルが上がらないと、上の人のレベルも上がらないのです。
勝ち負けは一時的な格差ですから、質というのを度外視した価値観なのです。


強いとか勝者には質というものがあるのです。
そこに人がついてくるのです。

一時的な勝ち負けで驕ってはいけません。
本当の勝者は人から賞賛されるものです。

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