おばちゃんの笑い声が、

また聞きたい

 

昨日おばちゃんの

死を知りました。

私の父方の叔母です。

 

おばちゃんは明るい人でした。

以前は東京にいてOL👩‍💼をしていました。

定かではないが、

日暮里か田端か鶯谷の辺りに、

住んでいた記憶がある。

思い出せない。

 

いつも、美味しいものを、

買ってきてくれて、

よくKentucky flied chicken

(こう箱📦に書いてあった頃)、

ケンタッキーフライドチキンを

食べさせてくれた。

コールスローは叔母の味だった。

 

うちの親父のDVが酷く、暗い我が家。

叔母ちゃんの来た日だけ笑い声だった。

 

叔母ちゃんは生涯結婚をしなかった。

年を経て秋田仙北郡のお婆ちゃんの家に帰った。

そこで秋田魁新報に勤めていた。

 

いつも不思議に思っていた。

おばちゃんは何故あんなに明るいのかって。

お婆ちゃんを始め、

彼女の姉さん、

兄さん(僕の父)、

親戚も悉く鬱病で暗かったのに、

彼女だけは明るかった。

躁鬱(双極性障害)と言う人もいたが、

違うと思う。

純粋に明るかったのだ。

 

最後に会ったのは、

仙北郡が大仙市になった後、

奥羽新幹線で藻を連れて行った時だった。

もう父もなく、

昔からの家に一人で住んでいた。

私は父の墓参りと、

久々におばちゃんに会いたい、

あの家の宝門清水と言う旧地名の、

美しい清水(きよみず)を藻に見せてやりたいと、

思ったのである。

でも、おばちゃんは僕が、

親父の遺産を取りに来たと思い、

警戒していたようだ。

僕には、

全くその気が無かったので、

ちょっと残念だった。

 

初夏の明るく涼しい1日、

秋田への日帰りの旅は、

有意義だった。

 

おばちゃん、安らかに。

ご冥福を祈ります。

今日からこの苗字を名乗るのは、

僕一人となりました。

 

 

○冥福を祈る言葉

 

「冥福を祈るとは仏教的な言葉です。死後の世界があることが大前提に成っています。冥界(死後の世界)の幸福を祈ることです。

亡くなった人が少しでも死後の世界で幸福になるには沢山の人の祈りがあった方が良いので、冥福を祈ります。

家族も大勢の方に冥福を祈ってもらうことにより励まされます。仏教の葬儀は故人の冥福を祈ること偲ぶ事だとおもいます。また故人の冥福を祈れることが尊いのです。キリスト教には冥福はありませんので哀悼になります。

冥福を祈るとは心の言葉・日本の文化ですので自然に出てしまうものだと思います。いかなる意図もありません、死後の幸福を祈る言葉です。

個人の感覚なので冥福に抵抗があっても良いです。因みに真宗の僧侶は冥福に抵抗が有る人が多い見たいです、その人の宗教感覚なので自由だと思います。わたしは哀悼に抵抗を感じます。だから個人の感覚で言葉をかければよいのですが日本の場合は冥福が受け入れやすいと思います。

 

>故人がやすらかにあの世にいけるといいですよね

あの世に行くのは決まっているので行ってからの幸福を願うのが冥福です。

それと含みがある言葉のほうが心が伝わります。」

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