ひとりひとりの考え方が変わらない限り

世の中なんて変わるわけがないのに

 

と学生運動の華やかかりし頃

政治や体制批判に絶望し

背を向け続けて50年。。

 

ようやく多くの人の意識の目覚めが

起こり始めているのを感じます。

 

 

「愛」の反対は「無関心」

といわれますが

 

「無関心」と揶揄されても

仕方ない生活を送ってきたことは事実です

 

でもどうすればいいのだろう

何ができるのだろう

 

と心の奥では葛藤してきた

痛みは誰にもあるはずです

 

 

では「無関心」の反対は何か

ということで考えてみると

 

気持ちをかける

思いやる 

 

といイメージが

浮かんできましたが

どうでしょうか

 

気持ちがかけられない

ということは

 

その気持ちも伝えない

伝えたいとも思っていない

 

ということになります

 

 

想いが交流しないということは

どんどん孤立し

やがてバラバラに

なってゆくかもしれません

 

 

だから

愛は和につながることに

なりませんか

 

心の通じ合う人たちと

正直に語り合う時ではないでしょうか

 

 

自分のまわりの

多くの助けや守りに

気づくこともなく

 

多少想いがあっても

どうにもならないと決めてかかり

何もせず流れてゆくことも多い昨今

 

そんなちょっとした一歩を

踏み出す時ではないでしょうか

 

 

愛というのはまた

特定の人に向けることではなくても

 

行為そのものが愛

 

というものではないのかなと

思うようになりました

 

ただただやりたいからやる

人のためでも

自分のためでも

どちらでもいいではないかと

 

想いの力を信じたい

 

父や母が無条件に

かけ続けてくれて

 

私の今があるからです

 

 

 

 


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