黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました。大河ドラマが好き。

【どうする家康】大河ドラマの本気、出してきた?

お花畑にいつまでもいられる訳はない

 2023年NHK大河ドラマ「どうする家康」の第3回「三河平定戦」が1/22に放送された。元康にとっては、かなりつらい展開。あらすじを公式サイトから引用する。

故郷の岡崎へ戻った松平元康(松本潤)は、打倒・信長(岡田准一)を決意するが、弱小の松平軍は全く歯が立たない。一方、今川氏真(溝端淳平)は援軍をよこさず、本多忠勝(山田裕貴)らは、織田に寝返るべきだと言い始め、駿府に瀬名(有村架純)を残す元康は、今川を裏切れないと悩む。そんな中、伯父の水野信元(寺島進)が岡崎城にある人を連れてくる。それは16年前に生き別れた元康の母・於大(松嶋菜々子)だった。(これまでのあらすじ | 大河ドラマ「どうする家康」 - NHK

 今回描かれたのは、桶狭間の戦いの翌年にあたる永禄4年(1561年)で、元康は数え20歳。とうとう今川氏と敵対した。それに伴い、ラスト2~3分では、駿府に人質とされていた三河衆のおなごたちが、元康離反を知った今川氏真によって処刑されるというショッキングな場面が描かれた。

 まあ、そうですよ・・・史上最も有名人のうちの1人ともいえる徳川家康の話なんだから、私のような一般人の大河ファンにも知られている部分の史実を動かせるわけもなく、今後、家康と瀬名以下の家族の歩む道は茨の道だ。初回のままごと遊びのお花畑の頭のまま、いつまでも戦国時代に生きる元康がいられる訳もなく、どこかでこういう局面へと舵を切らないと、完全コメディーで描く異次元大河でもない限り物語として展開していけないはずだった。

 ドラマでは、史実と異なり瀬名が駆けつけて処刑を目撃する演出になっていたのが残酷だったが、ちょっとホッとした。いや、かなりホッとした。

 この処刑については実際に13人前後の三河衆が殺されているとのことで、人質の皆さんは駿府ではなく吉田城という別の場所にいたと今作の時代考証メンバーの専門家・平山優先生のツイートで知った。処刑も吉田城下の寺だったとか。そのお寺には、彼らがかなり悲惨な殺され方をしたとの言い伝えもあるらしい。

 ツイートにはまだ続きがある。また、(8)と打ってあるから分かるように、この他のトピックについても平山先生はがっつり解説ツイートをされていて、これが面白い。サービス精神旺盛に書きまくっているけれど最終回までそうしてくださるのだろうか。こちらとしては大歓迎、でもご多忙なのに続くのかしらと少し心配だ。

  1. 生母於大の方と家康の再会という話
  2. 家康の水野攻めの話
  3. 六名村ってどこ?
  4. 武田信玄が家康を小者扱いする話
  5. 築山殿、竹千代、亀姫が駿府で人質となった話
  6. 吉良義昭の登場
  7. 水野信元が、大高城に在城する家康を見逃すよう信長に懇願したという話
  8. 三河国衆の人質を処刑した話
  9. 家康が今川氏からの自立を決断した背景

 トピック名を並べてみるだけですごい。ご関心のある方、ぜひツイッターの方で解説の中身をご覧ください。

まだまだ「今川家臣マインド」の神君

 これまで元康は、己の立場や家臣、領民の置かれている状況を理解しておらず、ファンタジーの中に生きていたかのような設定に思った。まるで現実を見ずに居心地の良いゲーム世界に没入して生きている青年のようだ。

 現実では松平の当主として非常に微妙な立場にいるのに、彼の周りが誰も必要な真実を教えてこなかったのはなぜ?と思う。今川義元が息子の氏真のいわばご学友に抜擢して育てるくらいの優秀さが本来はあったはずだけれど、今作の元康は、筋金入りのヘタレなんだからしょうがないか。よく義元に選んでもらえたものだ。

 師である太原雪斎や、駿府に一緒にいたはずの祖母の源応尼が今作のドラマには出てこないのは、そういうことか。ふたり揃っていたら、元康がああしたヘタレでいられるはずもない。「麒麟がくる」では、源応尼を真野響子がちゃんと存在感たっぷりに演じ、風間俊介の徳川家康はきちんと祖母からも薫陶を受けたらしい、甘えのない弁えた人物に描かれていた。

 それに引き換え今作の元康。三河衆の故郷での苦境など何のその、ファンタジー世界で蝶よ花よと育ったように、何も知らずに駿府で今川の植民地のプリンスとして良いように取り込まれ「今川家臣」としてノビノビ育った、ということなんだろう。

 崖下に突き落とされるようなラストとの対比で面白いなあと思ったのが、冒頭の今川氏真から手紙を受け取って元康が無邪気に喜んでいる場面だ。手紙にはこうあった。

 元康、そなたの働き、今川家中の鑑であり余の誇りである。余は直ちに今川を立て直し我が父の敵を討つ。そなたは岡崎に止まり、三河から織田勢をことごとく打ち払え。然る後に駿府に帰参し、余を傍で支えよ

 氏真は、父の義元が濃い紺色一色の出で立ちだったのと似た、青一色の衣装。今川家中は紺色で、まるで制服だ。個人的に、氏真の作務衣みたいな青い衣装は御曹司の身に着けるものとも思えず、記号的な物を強く感じさせる。

 テーマカラーが若い頃の赤➡黒の信長もそうだが、黒澤明「乱」も赤・青・黄に3人の息子が色分けされていた。他家の家中をそれぞれのテーマカラーのように色分けして分かりやすさを追求して見せるのは、松潤ファンを中心に新しい大河ドラマ視聴者のためなんだろうか。あ、甲斐の国は赤備えの混じったローマ帝国の設定で、そろそろ「信玄の隠し湯」テルマエが出てきそうだ。

 脱線したので戻るが、先ほどの氏真の手紙を読んだ元康の反応がこうだった。

三河の織田勢を打ち払ったら駿府へ帰って来いとの仰せじゃ!儂は氏真様の側近になるんじゃ!我が心は、常に今川様と共にある。それをよう分かって下さっておる!

 喜々とした元康、哀れだ・・・。酒井忠次は「ようございましたな、殿」と元康に声をかけていたが、どこが?心中は泣いているだろう。今川家臣マインドどっぷりのトンマ発言をして喜んでいる殿、松平の将来に良い訳がない。大変身でもしなければ、この元康が戦国を渡っていける(しかも覇者になる)ようにはとても見えない。

 私が忠次なら、こんな殿にしてしまった今川を恨むし、お付きで駿府にいた間に、噛んで含めるように物事を教えてこなかった石川数正の失態だ、一体何をしておったのだ、と思うだろうな。

 氏真の手紙の真意は、数正が「織田勢を打ち払ったら・・・我らだけで三河を平定せよ、と」と説明を付けたので、さすがに元康も織田との戦を「やらねば、儂は駿府へは帰れぬ」と青くなった。でも駿府へ「帰る」じゃない、あなたの本領はここ岡崎なんだよとは、誰も突っ込まない。

 どうしてだろう。やっぱり忍びないってことかな。今川御一門の姫を妻にもらい、子どもも生まれて。今川どっぷりマインドのファンタジーの幸せに生きる殿に、現実を理解させることが既に忍びなさ過ぎて、できなかったのかな。

 でも、殿をいきなりファンタジーの甘い世界から引きずり出し、心の準備なく現実に直面させる方がショックではないのか。幼少期から少しずつ少しずつ吹き込んできた方が良かったのではないのか。そうすると、義元の前に出た時にぎこちなくなってかえって立場を危うくするような器しかない殿だったのかな。

 今作には養育に当たった祖母の源応尼がいないから、松平家中に殿の心を支える人がいないように見える。

 刈谷城攻めに失敗した後、元康はまさにファンタジーに生きる夢を見た。まだ自分を庇護してくれる今川義元が健在で、会いたい妻子の輝く笑顔があって。ずっと一緒じゃ!とは言うものの、夢が醒めれば現実にはひとりだ。元康はもう、かなりメンタルがやられている。

 そうそう、岡崎に入った元康の下へは、史実では瀬名も亀姫も来ていたらしい。ごく最近はっきりしたことだそうで、脚本にはこれまでの説が採られたのだそうだ。

首桶が出てきて、母もやってきた

 まだ今川方で戦う元康は、今川の本家筋の吉良義昭と共に戦うが、また負けた。元康の言葉を聞かずに勝手に振る舞う義昭が面白かった。勝った織田方で首実検を行っていたのは久松長家、元康の母・於大が再嫁した夫だ。

 長家はリリーフランキーが演じていて、すっかり大河ドラマの隠れレギュラーになった感のある首桶を開けて「その者で間違いない、次」なんて言っていた。どこかで聞いたが(たぶん時代考証メンバーの小和田哲男先生のYouTube動画か、「かしまし歴史チャンネル」のきりゅうさん)、この義父である「長家」の「家」をもらって元康➡家康に改名した説があるそうだ。

 そうそう、今川義元の首は、ちゃんと首実検と弔いはしたのか。信長に投げられた後、どうするんでしょうね(←しつこい)。それと、水野信元が言っていた「もう一度恋文を送るか」・・・恋文か、なんだかんだ優しい伯父さんだ。どうして元康は嫌いなんだろう?

 負けが込んだ松平家中では乱闘が起こり、石川数正も「次で負ければお家は破滅でござる。今川は立ち直る気配なく、軍用金も底をつき始めている」と、とうとう現実を殿に口にした。そこで、まだ「駿府の三河衆を見捨てろと言うのか」と返す元康。

 史実では瀬名と亀姫が岡崎に来ていたとしても、竹千代(後の信康)は駿府に残ったのだろうし、これまでの駿府での妻子とのファンタジー生活を考えたら後ろ髪は引かれる。引かれるなんてもんじゃない。でも、ここで元康の甘いファンタジーを断ち切ってグイッと現実に引き込んだのは母・於大だった。

 於大には、桶狭間の戦いの始まる直前、大高城への兵糧入れの前に隙を捉えて会いに行ったと、「徳川実紀」に従って描かれてきたものが多かったと思う。前回ブログで紹介した杉本苑子作「長勝院の萩」でもそうだった。

 しかし、今作では織田家に転ぶきっかけとして織田方にいる母との面会を持ってきた。じいの鳥居忠吉がため込んでいた銭や武具を披露するのも、タイミングを通説とはずらしてきたし、ヘタレ元康の心の成長に見合ったところにあえて挿入してきているようだ。

 「妻子を捨てて今川から離れろ」とは、三河衆一同の願いだとしても、家臣からはとても言葉にしにくい話。そこを乗り越えて言える関係性として考えられるのは母親だ、と脚本家は考えてこのタイミングに持ってきたのだろう。

 このシーンは、説得に来た於大・松嶋菜々子と、元康・松潤の演技が良かった。その前に、入ってきた於大を見て驚く酒井忠次(大森南朋)の表情も。先代のかつての「御方様」だもんね。酒井らにとってはむしろ於大の登場は渡りに船、これで何とかなりそう、助かったと思ったのでは。

於大:ご立派になられて・・・(略)変わっておらぬ。母はここが好きでありました。昨日のことのように覚えています。この城に嫁いだ日のこと、小さなそなたを、この手で抱いた日のこと

元康:(差し出された於大の手を握り)元康、母上のことを、心の中でずっとお慕いしておりました

お:母も、そなたを思わぬ日はありませんでした

も:母上(万感の思いを込めて抱擁)

お:(抱き合ったまま、耳元で)今川と手をお切りなさい。今川はもうおしまいです

も:(驚いて)母上

お:そなたは信長様には勝てません。(元康から離れて座り、白湯を飲む)信長さまは松平と対等に結び、三河をそなたに任せてくださると、そう仰せです。この上ない有難いお話でございましょう

も:母上

お:母も、そなたを傍で支えましょう

も:(於大の近くに来て)母上、私の妻は今川御一門衆であり、駿府には今も私の妻と子どもがおります

お:それが、それが何だと言うのです

も:私が今川を裏切れば、妻と子はどうなるのか

お:それが何だと言うのです。つまらぬことです

も:(さらに驚き)なんですと

お:そなたの父上は、かつて尾張におったそなたを見捨てました。恨んでおいでか?私は、大層立派なご判断であったと思います。(元康の正面を向いて)主君たるもの、家臣と国のためならば己の妻や子ごとき平気で打ち捨てなされ!

も:出ていかれよ。今すぐ、出ていかれよ。出て行け!

お:(去り際に)そなたを助けている吉良義昭殿を攻め、所領を切り取られよ。それが信長様への返事になる

も:儂の敵は水野じゃ、信長じゃ!儂は今川の家臣じゃ!

 於大の熱弁。確かに今作のヘタレ元康に重い腰を上げさせるには必要だったろう。ただ、於大にとっても重大なことが抜け落ちている。たびたび指摘しているが、今作に描かれていない元康祖母の源応尼。彼女は於大の母である。「己の妻や子ごとき平気で打ち捨てなされ!」と言う於大その人のかけがえのない母も、元康が妻子を捨てる時には、駿府で共に犠牲になるべき立場にある。

 於大は、威勢よく息子に言う心中では、自分も母を失う悲しさに大声で泣いているはずだ。でも、それは今作では描かれない。尼がいたら、於大の断腸の苦しみも描かれて物語に奥行きが出たのにな、と残念だ。

 「長勝院の萩」では、源応尼を逃がそうとした瀬名(お領)の父・関口刑部の策が失敗し、逃走用の船へあと一歩のところで一行は今川兵に討ち取られる。その悲しいドラマチックな場面は、とても忘れがたいものだった。

 今作でも、渡部篤郎と真矢みきが演じる瀬名の父母は、そろそろ氏真に自害を命じられるのでは。その前に、瀬名と子らを引き取るための一大作戦が松平家によって展開されるはずだ。悲しくもワクワクする。

反今川の家中で、元康だけが今川に縋りついていた

 さて、於大の訪問を経て、ここにきてようやく酒井忠次と石川数正が田んぼの畔に膝をつき、泥の中で命を懸けて説明をし「松平と三河のため」と今川からの離反を懇願した。なぜだか氏真は松平に全く援軍を送ってこないのだから仕方ない。忠次らの元康への言葉も、今回の大きな見せ場だった。

酒井忠次:百姓はたくましゅうございますなぁ。度重なる戦に駆り出され、親兄弟に死なれても、実りの時になればこのように大はしゃぎ。特に今年は格別に張り切って刈り入れております。何ゆえかお分かりですか。

 今年は今川様に搾り取られずに済むと思っておるからです。我らの殿が岡崎に帰ってこられた。もう今川の支配下ではない。これからは、たらふく飯が食える。そう思うておるからです

元康:今川から独り立ちしたなどと、儂は一言も申しておらぬ

さ:私が、兵や百姓どもにそう申しました

も:左衛門

さ:今川様のために戦えと申しても、兵が集まりません。皆、それほどひもじい思いをしてきたのです。我らのために殿が三河一国をお切り取りくださる、そう信ずるからこそ、皆槍を持ち戦に出張るのでござる。(膝をついて)誠に恐れ多いことながら、我ら三河衆は皆、とうの昔に今川を見捨てておりまする

も:やめろ

さ:殿のご心中を思えば、左衛門も涙が出ます

も:もうよい、やめろ(左衛門の腕を振り払おうとする)

さ:(追いすがって)されど、どうかどうか、どうかご決心下され

も:何を申しておるのか、わかっておるのか

さ:わかっておりまする。松平のため、岡崎のためでござる。どうか、どうか

も:嫌じゃ、儂は駿府に帰るんじゃ

さ:(刀を取り出し)左衛門のこと、御手打ちにして下され

も:よし、手打ちにしてくれるわ(刀を構える)

石川数正:数正も!御手打ちにして下され!故に、どうぞご決心を!(酒井忠次と並んで土下座)

さ:三河のために

も:嫌じゃ、嫌じゃ嫌じゃ~

さ&い:お願い申し上げまする

も:(振り上げた刀を下ろして)嫌じゃ~嫌じゃ~わしは駿府に、妻と子の下に帰るんじゃ~(号泣)ああ~!

(高台から見ていた爺・鳥居忠吉も頭を下げる)

 今川の庇護の下、居心地のいい甘いファンタジーの住人でいたかった元康。でも、現実に直面させられたのが今回の元康だった。酒井忠次らによって既に外堀は埋められ、もうどうしようもない。とうとう、母の言ったとおりに吉良義昭を攻めた時、隣に座るのは水野信元だった。

 見るからにメンタルボロボロの元康。今回の冒頭では、氏真からの手紙を見て喜々としていた彼なのだ。狙いだろうけれど、寺島しのぶのナレーションにある「神の君」との乖離がすごい。ここから試練に転がされて生きのびるうちに、神君として成長していくのだろう。(ところで、やっぱり寺島しのぶは後に春日局で登場するのか?ぴったりだ。家光役は、彼女の息子が二役かな。)

 大河ドラマとしてもエンジンがいよいよかかってきたのかもしれない。大河は主人公の成長譚として描かれるものだし、前作「鎌倉殿の13人」でも主人公・北条義時が、初恋の八重さんに振られたと言ってワーワー泣いていた姿から、最終的には重々しい黒執権になっていった。元康時代から「神の君」然としていたらつまんないものね。いつ、ナレーションとの乖離が無くなっていくのかが見ものだ。(ほぼ敬称略)