「永世乙女の戦い方」第8巻と里見香奈女流五冠特集Part2 | 将棋大好き雁木師の新将棋文化創造研究所

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「将棋大好き雁木師の将棋本探究」をリニューアルしたブログです。
主に将棋に関する詩などの作品紹介と、自分の将棋の近況報告を行います。

読者の皆様こんばんは。ABEMA師弟トーナメントのエンディング曲のサビ(?)がすっかり頭に焼き付いている雁木師でございます。

さて、今年も年の始めから、将棋界は様々な出来事が相次ぎました。中でも、人気女流棋士のご結婚に驚かれた方も多いかと思います。

1/6(金)には塚田恵梨花(つかだ・えりか)女流初段がご結婚を発表。

ご自身のTwitterでも発表されました。お相手は一般の方とのことです。

最近ではNHK杯の棋譜読み上げでも登場されている塚田女流初段。今後のご活躍にも期待がかかります。

 

1/8(日)のNHKEテレで放送された将棋フォーカスでは山口恵梨子(やまぐち・えりこ)女流二段がご結婚を発表されました。

連盟からの正式な発表は1/10(火)でしたが、将棋フォーカスでの発表に驚かれた方も多かったと思います。こちらもお相手は一般の方とのことです。

将棋フォーカスでは山口恵梨子女流二段とともにMCを務めるサバンナの高橋茂雄さんもご結婚を発表。ダブルでおめでたい出来事としてでも話題になりました。

 

お二人とも、遅くなりましたがご結婚おめでとうございます。

 

また、1/13(金)には里見香奈(さとみ・かな)女流五冠の妹して知られる、川又咲紀(かわまた・さき)女流初段が「出産及び育児のため」休場が発表されました。

復帰後のご活躍を楽しみに待ちたいと思います。

 

話題も多い女流棋界。昨年は後ほど触れる里見女流五冠のプロ棋士編入試験西山朋佳(にしやま・ともか)女流二冠の初代「永世女王」、女流棋士が7名も誕生と、ますます活気になっています。

 

さて、前置きがだいぶ長くなりましたので今日の本題に入ります。今日はコミックのご紹介です。今回はこちらです。

 

 

永世乙女の戦い方⑧」

をご紹介します。

原作はくずしろさん、監修は香川愛生(かがわ・まなお)女流四段。ビッグコミックスペリオールにて2019年10号より連載開始。今回紹介する第8巻は先月末に発売されました。

原作のくずしろさんについてはこちらから。

 

監修の香川女流四段についてはこちらから。

なお、補足事項として香川女流四段は昨年は倉敷藤花戦に挑戦者決定戦に進出。決定戦では西山女流二冠に敗れてタイトル挑戦はなりませんでした。女流王将戦は本戦トーナメントベスト4で敗退。こちらも準決勝で西山女流二冠に敗れました。女流名人リーグでは3勝6敗の成績でリーグ陥落。今期はまず、予選突破を目指します。

また、今年の状況としてはマイナビ女子オープンはベスト4に進出。準決勝の相手は加藤桃子女流三段です。女流順位戦はB級在籍で2勝0敗の成績です。女流王位戦では挑戦者決定リーグ紅組で0勝2敗の成績です。

 

 

ではコミックの内容に入ります。前回の第7巻のおさらいがしたいという方は下記リブログ記事からご確認いただけます。

このコミックのストーリーは、現役女子高生女流棋士の早乙女香(さおとめ・こう)が女流棋界の絶対王者である天野香織(あまの・かおり)とのタイトル戦での対局を目指して奮闘する日々を描いたものです。

第8巻は前半から香と現役中学生にして奨励会二段の須賀田空(すがた・うつろ)によるマイナビ女子オープン挑戦者決定戦の対局の続きです。対局は空の攻めを香がしのいで耐える展開に。空は自分が優勢と自信を持って指し手を進めるも、攻め切ることができない状況が続きます。

そんな中、空はあることに気づきます。彼女はことあるごとに香や香織、ひいては女流棋士全員に敵意をあらわにしてきました。その理由が分かったのです。一体なぜ彼女は香に敵意むき出しで挑むのか?その原因は、兄でかつて奨励会三段に在籍していた須賀田蒼(すがた・あおい)との記憶にありました。ストーリーでは、空と蒼の関係の変化も丁寧に描かれています。

一方の香は周囲の「劣勢」との評価を知ってか知らずか耐えてしのぐ展開の中で反撃に転じます。そして最終盤、棋譜中継を見ていた香織でさえ、「思いついてなかった」と言わしめた手を指します。果たして、挑戦者決定戦の行方は如何に!?

 

そして、本書の終盤は香織の女流タイトル戦での対局です。女流王将戦三番勝負に臨む香織。「魔女」と称されるかつての第一人者、夏木小百合(なつき・さゆり)を挑戦者に迎えての防衛戦です。この2人は小百合が休場を経ての第一線に復帰ということもあって、公式戦での対局はこの番勝負が初めて。しかし、香織によると「子供の頃に一度指していただいた」とのことです。

注目の第一局。戦いは硬直状態の中、「分が悪い」と判断した香織が大盤解説会場を驚かせる強行策を決行。果たして、番勝負の行方は?

 

また、第8巻でも、紙媒体ではカバーを外すと詰将棋が出てきます。腕試しがしたい方はぜひ、紙媒体をご購入いただいて挑戦してみてください。

 

以上が本書の内容です。実際に読んでみた感想は以下の通りです。

コミカルシリアス

このコミックの特徴にコミカルとシリアスの塩梅がいいとは何度も述べていますが、この第8巻はどちらかと言えばシリアスに重きが置かれているという印象です。今回は空と蒼の回想シーンが多く、蒼が奨励会を去った後の空も描かれているのでシリアス多めな印象を感じるのは否めないかと思います。そこで次のポイントです。

 

兄妹の絆

空と蒼の関係、気持ちの変化もこのストーリーの核を担う1つ。幼いころの空は蒼を慕っていました。しかし蒼が奨励会を去った後、空はすっかり別人になり蒼に対し苛立ちの感情を抱くようになります。

一方、蒼は奨励会退会後は空に対して何も言葉を発しなくなりました。しかし、2人の関係は決して断絶されたわけではなく、むしろ蒼は空をひそかに応援していたのです。それが明らかになるのは空の対局中でした。果たして、蒼は空にどんなメッセージを、どの方法で伝えたのか。ぜひ、本書でお確かめください。

 

「脇役」の描写と生かし方

今回の第8巻は、香と空の対局内容と空と蒼の関係がストーリーの軸となっています。それゆえ、印象が弱くなりがちな脇役をどう生かすかというのもストーリー構成の醍醐味です。

全体としてはシリアス多めと前述しましたが、合間を縫ってコミカルな描写を散りばめているのはさすがと感じます。コミカルに描く場合は、漫才でいうところの「ツッコミ」を入れてくれるキャラクターが欠かせません。今回の第8巻で言えば、角館塔子(かくのだて・とうこ)がその役割を担っていると言えます。彼女自身もストーリーによっては強く印象を与えてきましたが、今回の立ち位置は対局者を冷静に一歩引いて俯瞰するというポジション。で、他のキャラクターの行動にツッコミを入れていく。こうすることでコミカルの描写が描かれていくという感覚を受けました。

私が子供の頃に読んでいた「遊戯王」の作者で半年前にお亡くなりになった高橋和希さんは、かつてのインタビューで主人公より脇役を「作品の中で重要な位置にいる」と語ったことがありました。主人公を活躍を彩るには脇役は欠かせないのはどの作品も同じです。

脇役を軽視してはいい作品は描けない(書けない)。それは当ブログでのこれまで自戦記報告の連載シリーズ「角頭歩の大冒険」「右玉浪漫飛行」でも同じことが言えると痛感しました。

話が少しそれましたが、こうした脇役・引き立て役の生かし方に作品の主張点がある。そう思わせる構成・内容です。

 

 

さてコミックの話はひとまず置きまして、ここからは里見女流五冠特集に入りたいと思います。前回の第7巻の記事では、里見女流五冠がプロ棋士編入試験を受験することを表明され、第1局の日程が決まった時点で記事を書いたので、それ以降を深く掘り下げることはありませんでした(詳しくは前述の「永世乙女の戦い方⑦」のリブログ記事をご参照ください)。

今回は昨年の下半期の里見女流五冠と、女流棋士が「棋士」になった時の規定について述べたいと思います。まずは昨年の夏以降の里見女流五冠について。何といっても注目を集めたプロ棋士編入試験は残念ながら0勝3敗の不合格。史上初の「女性棋士」の誕生はなりませんでした。ここで簡単ながら、編入試験の将棋を振り返りたいと思います。

1局目:徳田拳士四段戦(2022/8/18・木)

 

振り駒で後手番となった里見女流五冠はゴキゲン中飛車を採用。対する徳田四段は中央に金銀を集中させて対抗。徳田四段は手順で5筋の厚みを築き、ペースをつかみます。里見女流五冠は歩と角を使って反撃の糸口を探すも、先手の中央の厚みを崩すことができません。激しい攻め合いになった中終盤、里見女流五冠はなんとか角のラインを玉に通そうとしますが徳田四段の綱渡りの妙手からの受けの一着が決まり、形勢は先手勝勢に。里見女流五冠は最後まで懸命に攻め込むも徳田四段は冷静に受け止めて127手で徳田四段の勝利。

 

2局目:岡部怜央四段戦(2022/9/22)

 

先手番の里見女流五冠は中飛車を採用し、高美濃囲いを完成。対する岡部四段は、銀対抗から守りを固めて「雁木穴熊」と呼ばれる囲いを完成させます。長い中盤の折衝の中で、岡部四段が踏み込み、里見女流五冠が受けに回る展開に。そのさなか、岡部四段は攻めあぐねて苦しいと判断し、勝負手を決行。里見女流五冠は持ち駒の銀をすべて投入し、徹底して受けに徹します。残り時間も切迫した夕刻、里見女流五冠が受けを間違えたことから形勢は一気に後手優勢に。最後は岡部四段が「玉は包むように寄せよ」の格言を地で行くような指し回しで必至をかけて132手で勝利。

 

第3局:狩山幹生四段戦(2022/10/13)

 

後がない後手番の里見女流五冠は、大一番にゴキゲン中飛車に命運を託します。狩山四段は「超速」と呼ばれる急戦策で対抗。里見女流五冠の歩得と狩山四段の厚みの主張がぶつかる力戦の展開になります。右銀の活用を目指す狩山四段と左桂の活用で飛車の活路を見出したい里見女流五冠。狩山四段が金上がりから飛車を圧迫させますが里見女流五冠は飛車を逃がして形勢は一進一退です。里見女流五冠は9筋の端歩を突いてからは攻め合いに。美濃囲いを崩してまで踏み込みましたが、飛車を取られてしまい形勢は先手優勢。確実に駒得をしていく狩山四段に対して玉頭戦に勝機をつかみたい里見女流五冠。しかし、狩山四段の角が働き、弱体化した後手の美濃囲いに襲い掛かります。最後は持ち駒を惜しみなく攻めに投入した狩山四段が寄せきって103手で勝利。

ここまで里見女流五冠の編入試験の将棋を見てきました。得意の中飛車を惜しみもなくぶつけて戦いましたが、全体として手厚い指し回しに苦戦し、持ち味の攻めを発揮できなかったという印象を受けました。

 

里見女流五冠は第3局の敗戦後の記者会見で、今後の再挑戦について

最後の挑戦といったところだったので、今後、考えることはないと思う。いまのところはない

と語りました。とはいえ、現状の女流棋界を見てみると、女流棋士が公式戦に登場するには、タイトル保持者でないと厳しいこと。女流四強(里見女流五冠、西山女流二冠、伊藤沙恵女流名人、加藤桃子女流三段)の一角を崩して活躍することが容易ではないことなどを考えると、再び編入試験の資格を得る可能性が高いのは里見女流五冠と言えます。今後のご本人のご活躍にも注目したいところです。

編入試験と併せて、女流タイトル戦の挑戦や防衛戦、公式戦での対局も行っていた里見女流五冠。編入試験第1局の直前には女流棋士初の棋王戦本戦トーナメントの初戦に臨まれました。相手は阿久津主税八段でA級在籍経験者相手に堂々と戦いましたが、こちらも手厚い指し回しに苦しみ敗れました。

一方で女流棋戦は夏から秋にかけては、清麗、白玲とタイトル奪取に成功。女流王将は西山女流二冠に明け渡しましたが、11月~12月に行われた倉敷藤花と女流王座は防衛。11月中旬には新型コロナウイルスに感染された里見女流五冠。コンディションを整えるのが難しい中での防衛は見事というしかありません。

 

さて、今年の里見女流五冠ですが、今のところ女流棋戦での対局はありません。と言いますのも、女流名人戦は挑戦者決定リーグで惜しくも挑戦権獲得を逃すも2番目の成績でリーグには残留。マイナビ女子オープンは本戦トーナメント1回戦で脇田菜々子女流初段に敗れて、今期の女王挑戦はなりません。女流王将戦は前期タイトル保持者のため、本戦トーナメントからの登場。他のタイトル戦は挑戦者を待つ状況なので、女流棋戦での対局はしばらくはなさそうです。

一方で、公式戦での対局は竜王戦、棋王戦、銀河戦での対局があります。竜王戦は6組ランキング戦初戦で脇謙二九段に勝ち、次戦は出口若武六段と対局。棋王戦は第49期の予選が早くも始まっており、初戦で横山友紀四段に勝ち、次戦で北浜健介八段と対局です。銀河戦は本戦トーナメントGブロックの初戦に登場。相手は矢倉規広七段で、1/24(火)に放送がございます。

 

 

ここまで、里見女流五冠の昨年の下半期と今後の対局スケジュールを見てきました。ではここからは、里見女流五冠が仮に編入試験に合格した場合に生じる「問題」を見ていきたいと思います。2019年8月、日本将棋連盟は女流棋士と女性奨励会員が棋士の四段になった場合の棋戦参加について、ある規定を発表されました。

 

この規定が設けられた背景としては、2019年内に里見女流五冠がプロ棋士編入試験の資格を得る可能性があったこと、西山女流二冠が奨励会で奮闘していたことなどが考えられ、「女性棋士」誕生の可能性が浮上したことがきっかけと推察されます。

今回私が着目したのは1つめの規定。女流棋士がプロ棋士編入試験に合格した場合の規定です。規定では、女流棋戦・プロ棋士公式棋戦の両方に出場することができるとされています。しかし、現実問題として両方出場して活躍できるかどうかと言えば、難しいでしょう。

里見女流五冠は今期はここまで、プロ棋戦・女流棋戦併せて64局も対局されています(プロ棋士編入試験、未放映のテレビ棋戦は除く)。これはすべての棋士・女流棋士の中で2番目に多い対局数です(本日時点・最多対局数は西山女流二冠の65局)。将棋界はトーナメント棋戦が多いので、勝てば勝つほど対局が増えることを「強者の宿命」と呼びます。とはいえ、いくら里見女流五冠が強いと言えども対局過多で身体・精神の両方に負担がかかるのは否めないでしょう。

もし仮に里見女流五冠が編入試験に合格していたら、今後のご本人のご活躍や成績次第という面はありますが、現状よりかなり対局過多になる可能性もあります。そうなると、どう対局日程を調整していくかが課題と言えます。

当ブログではかつて「女性棋士」の誕生に際して、課題を述べたことがありました。

 

この記事を書いたときは、西山女流二冠が奨励会で次点を獲得され、竜王戦や棋聖戦で大活躍を見せていたころでした。この時に思いついたのは「女性棋士」が出産・育児による休場をどう取り扱うかという問題でした。当然、女性棋士が誕生していない中ではこの議論は活発ではありません。

 

史上初の「女性棋士」が誕生するかは、時代の変化とともに注目を徐々に集めるようになっなってきました。現在唯一の女性奨励会三段である、中七海(なか・ななみ)三段は今期の三段リーグで6勝4敗の成績です。三段リーグは残り8局、今期で昇段をするにはもう星は落とせません。今後の中三段のご活躍にも期待が高まります。

 

「女性棋士」の誕生は、新しい将棋界の歴史の幕開けと同時に、将棋連盟の新たな課題にもなってくる出来事と言えます。女性棋士が安心して対局できる環境を整えなくてはいけない時期ももしかしたらやってくるかもしれません。また、女性棋士の誕生は「女流棋士」の存在価値も問われてくることになります。そういう意味では、このコミックにおける空の存在は、女流棋士の存在価値を問いかける意味合いとしての重要な役割と言えるでしょう。

 

 

さて、里見女流五冠の特集はここまでにしてコミックに話を戻します。このコミックは前述の通り、女流棋士の日常と存在価値を問う意味で有益なコミックと言えます。女流棋士を目指している方やそのご家族様は一度読んでいただきたいかと思います。また、女流棋界を知りたいという方にもおすすめのコミックと言えます。昨今の将棋ブームで女流棋士にも注目が集まる現在、一度このコミックを読んで女流棋士を深く知るのはいかがでしょうか。

 

 

このコミックを読んで、将棋に興味を持った、将棋が好きになったというお声をいただければ、これほどうれしいことはありません。読者の皆様が将棋本を読んで将棋に興味を持つ、将棋が好きになることを祈念いたします。なお、次回の書籍紹介は2/3(金)を予定しています。

 

今日はここまでとさせていただきます。本日も長文となりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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