Canary Chronicle~カナリアクロニクル~

カナリアクロニクル

映画や本のレビューや雑感、創作活動や好きなもののことなど。トリッチのあたまの中のよしなしごとを綴ります。

【雑感】ケイちゃんのお話。【エッセイ】

【雑感】ケイちゃんのお話。【エッセイ】

見た訳じゃないのに、脳裏に焼き付いている光景

あの子どうしているかな……古い思い出を語るよー

ちょっと胸糞悪いことがあったので、昔のことを思い出すなど。

で、2019年に書いた文章を、SEO対策とかはせずに、こそっと出してみようと思う。
ちょっとだけ加筆しました。
思い出しているうちに、懐かしくなってしまい、元文には書かなかった、当時のバイト先の様子なんかを付け加えました。

【雑感】ケイちゃんのお話。【エッセイ】

『フロリダ・プロジェクト』観て、昔バイト先が一緒だったケイちゃんの話をしたくなった。

わたしは30前後くらいのとき、へんな飲食店でバイトをしていた。
場所は池袋とだけ明かしておきます。
そこは一応カフェと銘打っていたけど、割とごはんものがしっかりしていて、昭和の洋食屋さんみたいな感じでした。
で、昼時はちょっとだけ忙しく、あとはほとんどヒマすぎる店だった。

店長は小太りで出っ歯の、仕事がキライなダメなおっさんで、映画がスゴい好きな人だった。

ヒマすぎる店は、昼時以外は、何時間もお客さんがゼロの日も珍しくなかった。
で、ダメなおっさんの店長は、お客さんの居ない、長い長い午後の時間に、店内でよく映画を流していた。
邦画も洋画も、まんべんなく流していた。
わたしやバイト仲間は、毎日何となくそれを眺めていた。
わたしはこのときが、人生でいちばん映画を観ていた時期だったかもしれない。
思えば『櫂』『サンダカン八番娼館 望郷』『ジャッカー』『ホワイト・ドッグ』は、この店で見せてもらった映画だ。

そして、この店のバイト仲間に、ケイちゃん(仮名)という子が居た。

ケイちゃんは太っていて、とても可愛らしい顔立ちをした子だった。
量が多くて背中まで伸ばしたロングヘアの前髪を、ぱっちりとした大きな瞳の上で切り揃えて、いつもにこにこしている女の子だった。

でもなんか、皆からちょっと距離置かれているようで、なんでかなーと思ってたんだけど、何日か一緒にシフトに入っているうちに分かってきた。
何かこう、ちょっと、不思議な感じにだらしなかったのね。

突然休憩室でいびきかいて眠ってたり、そのとき脚をパカーンと開いてぱんつが丸見えになっていたりして、お、おう、って感じが漂ってた。

ちょっと「ふつーの人」とちがってた。
知的障害、という程ではないのだけども、たぶん境界くらいだったのではと思っている。

あとで分かったんだが、彼女はシングルマザーだった。
ケイちゃんはちっこいお嬢さんと、年老いた母親と暮らしていた。
母親の年金はあまり出てないようで、ケイちゃんのバイト代が、三人の生活費となっているようだった。

ヒマすぎる飲食店でのバイトだけではもちろん足りないから、ケイちゃんは風俗と、たぶん援交みたいなこともやってた。
空気なんて読めないし、たぶん善悪の区別も、善悪なんてものはなくても、他人が聞いたらどう思うかなども、分からないようだったので、風俗やってるのもバイト先でふつーに話してしまっていた。
だから、大して親しくもなかったわたしまで、彼女の事情をこんなにも踏み込んだ域まで知っていたんだしね。

ケイちゃんのことで、3つ、強く印象に残ってることがある。

お嬢さんの名前なんていうの?と訊いたとき、めちゃくちゃうれしそうに、あやめちゃん、と答えたこと。
生まれたとき、子どもが女の子だったのがスゴくうれしくて、この世でいちばん好きな花の名前を付けたのーって言ってた。

もうひとつは、真夜中に年取った母親と二人でチャリに乗って、近所を回ったり、時には遠征したりして、ひとんちの庭の果実、例えばみかんとか柿とかをパクる旅をしている、と言ったこと。
たぶんケイちゃんの母親も、ケイちゃんみたいなタイプなのかなと思ったのでよく覚えている。
ぽわーんとした母娘が、真夜中にママチャリで走り回って、ひとんちのみかんとかをもぎ取ってるイメージが、見た訳でもないのに、何故か目で見たみたいに脳裏に焼き付いている。

【雑感】ケイちゃんのお話。【エッセイ】

【雑感】ケイちゃんのお話。【エッセイ】

あと、そのバイト先、突然潰れたのね。
で、みんなでまじかよー次のバイト探さなきゃだなーとか言って、その日居合わせたバイト仲間数人で、金の蔵かどっかチェーンの居酒屋に行って、当時コンビニとかで売ってた、フロムAみたいな求人誌を回し読みしながら飲む、みたいな、ちょう情けない飲み会をやったんだけど、バイト先の人間から飲みに誘われたのがほんとにうれしかったらしくて、ケイちゃんずっとにこにこにこにこ笑い続けてた。
いまだに金の蔵みたいな居酒屋の入り口入って、あの独特の匂いを嗅ぐと、ふっとケイちゃんの顔が浮かぶときあるんだー。

あれから長い月日が経つから、あやめちゃんもとっくに成人していることだろう。

ケイちゃんは、ちょっとあたまよわかったかもしれないし、母親と一緒に他人の庭の果物をパクったりしてた訳だけど、えっと何だろう、責める気持ちには微塵もなれないし、しあわせでいてほしい、というより、しあわせ一色であってほしいなと、心の底から思う。

そして、自分でも何でか分からないけども、この世でいちばん好きな花があやめだったケイちゃんのことを、ずっと覚えていよう、とも思っている。