February 18, 2012

アレックスは頑張っている

 

 アレックスは私の傍らで静かな寝息を立てている。まだ頑張っているのだ。口の中を湿らせてやる程度でもう4日飲まず食わずなのに、まだ静かに生きている。なんていい子なんだろう。時々擦れた声で「ママ!」と呼ぶ。明らかに私を呼んでいるのが分かる。アレックスはマザコン犬だ。私がいなくては生きていけない。昨日は次女がアレックスに会いに来た。弱りきった姿を見てさめざめと泣いていたが、そのうち「アレックスってやっぱり男だよね」という。「何で?」と聞くと、「だって1人じゃ死ねないんだもん。男っていうのは家族に囲まれて手を握られたり声を掛けられたりしないと死ねないんだって。女は1人でも死ねるけど」。確かに。

 そのアレックスと夕べは久しぶりにベッドで一緒に寝た。はじめはベッドの下に布団を敷いて寝かせていたのだが、あまり度々「ママ!」と呼ぶので、私の布団の中に入れてやったのだ。ずっと体に触れていたら安心したのか落ち着いて寝ている。やはりマザコンである。今日は午前中だけ休みをもらった。アレックスは小康状態だし、午後どうしても外せない取材があった。それで、アレックスの世話を娘に任せて仕事に行った。本当はずっと側についていたい。でも、いい子だからきっと待っていてくれるだろう。

 私がいない間アレックスがどうしていたかといえば、1時間に1度くらい目を覚ましては「ママ!」と呼んでいたらしい。その度に娘はアレックスを宥め、口を湿らせてあげる。私は予定が入っていたホテルの取材を終えて事務所に戻り、早速原稿を書き始めるが、もう丸2日殆ど寝ていないから半分朦朧としている。一瞬でも目を瞑ったらそのまま深い眠りの底へ落ちてしまいそうだ。6時になって事務所を出ると、娘から電話が入った。一瞬どきっとしたが、彼女は「今どこ?アレックスがママを呼んでるから早く帰ってきて」。ああ、まだ生きていた。よかった。

 甲州街道の信号を走って渡った。速足で駅へ向かうと、ちょうど来た山の手線に飛び乗った。渋谷でも小走りで乗り換えた。早く、早く。気持ちが逸る。ようやくたまプラーザに着くと、バス停までまた走った。バスはまだ来ていなかった。苛立ちながらバスを待ち、空いている座席に座った。その途端睡魔が襲ってきたが、何とか堪えて最寄のバス停で下りた。また走って家に辿り着いた。玄関のドアを開けて「ただいま!」とリビングへ急いだ。アレックスは覚醒していた。「ただいま。よく待っていてくれたね」と顔を覗き込むと、見えているのかいないのか分からない白い瞳で私を見つめた。まだ何とか持ちそうだ。



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