「ちむどんどん」とNHKのドラマ | へにょへにょ日記[ゆるゆる田舎暮らしブログ]

へにょへにょ日記[ゆるゆる田舎暮らしブログ]

カメラ、写真、本、アート、ペット、犬、家電、料理、ハンドメイド、医療、健康…。なんとなく過ぎてゆく日常のあれこれ。スムースチワワの小太郎と過ごした日々。

 

昨日に引き続き朝ドラ「ちむどんどん」のこと。忘れないうちに書いておきます。

 

批判されていることが大きく報道されちゃったりしてますが、擁護する声ももちろん、あります。

 

この記事が擁護派の意見をまとめたような内容。

 

沖縄の人たちの相互扶助の精神とか、失敗してもやり直せるとか、ドラマでポジティブに描こうとしたことがネガティブに捉えられて批判されてしまった点もあったけれど、そのままポジティブに受け取ればこうなるのかな、という感じです。とはいえ、大多数の人にきちんと伝わらなければドラマとしては失敗なのかもしれない。

 

ドラマ全体のテーマの受け取り方とか、主人公の共感されにくい性格とか、ダメすぎる兄とか、ご都合主義すぎるストーリー展開とか、そういうのは、ドラマ制作者の意図と見る人の感じ方の相違で、人によって好き嫌いがあると思うので、まぁ、いいんです。

 

一番の問題は、登場人物たちのバックグラウンドの設定が雑で、見ていて混乱してしまったこと。丁寧に見れば辻褄は合っているのかもしれないけれど、わかりにくすぎました。

 

暢子の父親は料理人で三線奏者で大工(自分の家を建てた)で戦争にも行っていて、戦後はサトウキビ畑で農業をしていた、と、ドラマの中で小出しに経歴が出てきて、時系列がわからなくて頭の中がハテナでいっぱい。この前、料理人って言ってなかった? 東京にはいつ来たの? 大工の修行はいつしたの? 三線奏者の修行はいったいいつ…って情報が多すぎてわけがわからなくなりました。

 

イタリアレストランのオーナー房子さんも、イタリア領事館で給仕をしていたり、イタリアで数年間過ごしたり、おでん屋台から出発して日本料理やら中華やら、いろんな種類の小さな店をいくつもやっていた、っていう発言があったり、暢子の大叔母だから父の親の姉妹のはずなのに「たった一人の家族」の妹を戦災で亡くしたと言っていたり、学生服姿の写真で学生だったと思われていた妹が実は亡くなったときに妊娠していた(夫がいた)という新事実が後出しで出てきたり、え、この前言ってたことと違くない? って、見ながらびっくり。戦争を挟んでいるはずなので、いつイタリアに行ったのかとか、時系列がよくわかりません。おでん屋台が闇市だから、イタリアに行ったのは戦後か…。

 

↓年表を作ってくれている方がいました。助かる!

 

房子さんの成人してからの経歴はナゾが多いですが、房子さんの両親が沖縄から東京に出てくるときに沖縄の親類に預けた子どもが暢子の父、賢三さんの親で、房子さんと妹は東京生まれで沖縄の親類には会ったことがない、ということのようです。賢三さんは出稼ぎのために東京に出てきて房子さんと一緒におでんの屋台をやっていた、んだったかな。そのあと一緒にお店を開こうと約束したのに、賢三さんは沖縄に帰って東京に戻らずそのまま優子さんと結婚してしまった、ということでした、たしか。

 

ちむどんどん、登場人物が多いのだけど、こういう経歴とか、もっとシンプルでもよかったんじゃないかなぁって、思います。登場人物も、暢子の幼なじみの早苗ちゃんとかフォンターナの従業員の人たちとか、関わりが深いのにあまり出てこないような人たちも多くて、もうちょっと整理して人間関係を密にしてもよかったような気がします。矢作さんの奥さんも、後半で唐突に出てきたし。

 

とにかく、情報が盛りだくさんな割に、ドラマで描かれるのはうわべだけというか、どうでもいいようなやりとりが多くて、肝心のところがナレーションだけで済まされちゃったり、突然数年後にワープしちゃったりってことも多かったです。暢子が東京行きをやめたあとの比嘉家は借金を返しながらどうやって生活したのか、フォンターナでの修行時代もワープ連続、暢子の出産後の育児はどうしたのか、ナゾ多し。

 

あと、昭和後半は、わりと同時代を生きているので、ドラマ見ながら「この時代にこれあった?」みたいなものもちょいちょいあって、それはTwitterで検証している方がたくさんいて、やっぱりおかしいよねーってなりました。イタリア料理、沖縄料理に関してもちょっと違うんじゃないかって検証している方がいて、監修の人のちょっとしたミスというレベルでない間違いも多かった印象(あくまでもTwitter情報なのでわからないけど)。

 

そうそう、これもよく言われてたけど、暢子が下宿していた横浜の鶴見と仕事先のフォンターナの距離感。ちょっと先くらいの感覚で描かれていたけど、実際は電車で1時間くらいのよう。あと、後半でお店を構えた東京の杉並もこの二箇所とは距離があります。さらに、沖縄と東京を行き来する智くんもフットワーク軽くて、仕事とはいえ、沖縄、近すぎないか、と思える登場頻度。さっきまで東京にいたのに、もう沖縄!? みたいな。

 

↓こんな記事も。

 

ストーリーの良し悪しは置いておいて、ドラマとして、設定や時代考証の雑さが際立っていたことが、最大の問題。

 

ドラマ擁護派の方のツイートや記事もいくつか読みましたが、この点について言及していないんですよね。擁護している人たちって、ドラマちゃんと見てるのかな。設定とか考えないで表面的なストーリー展開しか見てないのかな。そんなわけないと思うけども、設定とかより大きなテーマのほうが心に響いた方々も多いのかも。

 

過去作の「まれ」や「半分、青い。」などに言及されている方もいますが、個人的には「半分、青い。」はけっこう好きだったから何が批判されてるのかよくわからないのだけど、主人公(の性格)に共感できない人がそれなりに多くいたってことなのかな。

 

「まれ」はストーリーに不満はあれど嫌いではなくて毎日楽しく見ていました。パティシエの話でお菓子が美味しそうだったし、能登の自然も堪能して、登場人物たちも生き生きしていました。ただ、成功しそうになっても途中で諦めたりの繰り返しでもやもや。そこから上を目指さないのかい! って感じで。

 

両作品とも、今回のような設定の破綻や雑さはなかったと思います。現代の話だから時代設定も問題ないと思うし、純粋にストーリーやキャラクターの性格が批判の対象だったのでは。

 

過去の沖縄を舞台にした朝ドラ「純と愛」「ちゅらさん」との比較も見かけますが、この2つは見てないのでよくわかりません。「ちゅらさん」の頃はまだ朝ドラを毎回見てなかった気がします。「純と愛」は「家政婦のミタ」「女王の教室」などの脚本家、遊川和彦氏の作品で、両方とも、笑わない主人公というのが苦手で、朝ドラも見なかったです。最近は主人公がちゃんと笑うので、遊川氏のドラマ見てます。

 

ドラマ、民放も含めてかなり多く見ているほうだと思います。なので、NHKのドラマの質の高さは十分理解してます。特に時代劇など、NHKで見慣れていると、民放の時代劇のセットも衣装も安っぽく感じてしまうくらい。朝ドラでもセットがその時代を表していて見えないところまで細やかに作られていたり、時代考証が丁寧だったり、脚本もよく練られていて破綻がなかったり。

 

今回はそういう意味で、作りの雑さが目立って、なんだかNHKらしくないなぁって感じました。とはいえ、沖縄の比嘉家のセットとか、お金かけるところはかけて丁寧に作られていたり、実力派の役者さんたちが揃っていて、脚本の粗なんてなんのそので熱演していて、さすがと思ったり、そういうところでなんとか質を保った感じです。

 

鈴木保奈美さんのコント感満載のテンションの高さ。ダメ兄貴の竜星涼さんの熱演などなど。房子さん役の原田美枝子さんは途惑いが感じられつつも、最終週の沖縄で、やけくそみたいに叫んでいたのが印象的でした。房子さんの経歴、キャラクター、つかみ所がなかったです。やりきってすごい。

 

今、再放送している過去の朝ドラ「本日も晴天なり」を見ています。若き日の原日出子さんがかわいい。夜ドラ「あなたのブツがここに」も最終回まで見ました。面白かった。どちらも1回15分のドラマ。「ちむどんどん」の15分と、この2つのドラマの15分。密度が全然違います。同じ15分とは思えん。ちむどんの15分はいったい…。

 

あなブツはNHK+で全話配信中だそうです。配信期限はサイトで確認してください。

 

 

【今日の撮影機材】

カメラ:FUJIFILM X-T20 → 価格.com

レンズ:XF80mmF2.8 R LM OIS WR Macro → 価格.com

date:2022/9/29

※写真は縮小しています。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ