この夏、本屋でめっちゃくちゃ面白い本を見つけましてね。


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『100年前の東大入試数学 ディープすぎる難問・奇問100』
(林俊介、KADOKAWA 2022)


著者の人はユーチューバーだそうで、数学や物理の問題を動画でアップしている人のようです。こういう面白いYouTubeだったら見てみたいなぁ。

僕はもともと大学入試問題を解くのが趣味です。その中でも東大入試はやはり良問が多く、世間の注目度が一番高いこともあってしっかり問題を作っています。というか単純に面白い問題が多い。受験者をふるい落とすことを目的とした私立大学の重箱の隅を突つくような瑣末な知識を問う入試問題に比べると、面白さが雲泥の差です。

その中でも、100年以上前の東大入試を見てみると、「指導要領なんて知ったこっちゃない」「高校までの学習内容なんて知らん。大学で学問したいならこれくらい解いてこい」という東大の気骨が感じられます。手加減一切なし。いいなぁこういう姿勢。受験生時代はそういう血も涙もない出題に「勘弁してくれよ」という感じだったんですが、いざ大学で本気で研究活動をすると、そもそも研究って血も涙もないものですからね。


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入試数学の中でも僕が特に好きな「1行出題」。このぶっきらぼうなところがたまらない。
これまでも「円周率が3.05より大きいことを証明せよ」(2003年東京大学)「tan1°は有理数か」(2006年京都大学)、「1000以下の素数は250個以下であることを示せ」(2021年一橋大学)などの「名作」があったが、さすが昭和初期の東大入試はひと味違う。

まず、問題文が読めない人が多いのではないかと思う。xxxは「xのx乗のx乗」ではない。正しくは「xのxのx乗乗」だ。わかりやすく書くと「xの『xのx乗』乗」。xの何乗かなんだけど、その「何乗」にあたるものが「xのx乗」、という関係になっている。「3の3乗の3乗」は273だから19683だが、「3の『3の3乗』乗」は327だから7625597484987になる。 全然違う。

この問題ではさらにこれを微分しろと来る。累乗が面倒くさいときの微分はひっくり返して対数をとるのが定石だから、この問題も f(x):=xx とおくと、両辺の自然対数をとれば logf(x)=xlogx となって両辺を微分しやすくなる。見た目は恐ろしいが、アイデア一本のスルーパスを出せれば敵陣をあっさり突破できるタイプの問題だろう。


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昔の問題は英語の出題もいつくかある。この問題は要するに「イギリスの小包の取り決めによると、小包の長さと周の合計が6フィートを超えてはいけないのだという。このとき、許されるもののうち最も退席が大きい円筒形の小包の長さおよびその体積を求めよ」ということ。要は体積の最大・最小問題だから円筒形の体積を文字式で表し、その関数をグラフで表し増減表を見れば機械的に解ける。円筒の底円周と長さの合計が6フィートと決まっているから、体積に必要な変数はひとつで済むというところがポイントだろう。

思うに、なんで英語なんだろう。たしか東大数学教室は昭和初期までドイツに留学している人が多かったはずだ。矢野健太郎氏のエッセイにも、中川銓吉教授にドイツ語の発音を何度も直され、肝腎の数学の議論がまったく進まずに困った、という話が載っていた。森鴎外の『舞姫』に出てくる無節操野郎・太田豊太郎だって高校卒業までには英語・ドイツ語・フランス語をマスターしていた。東大入試だってドイツ語の出題でもよかったはずだが、明治39年の段階ですでに学術外国語として英語を選択していた東大の意図を知りたい。



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追跡セヨ」って、一体なにをすりゃいいの。
本書の解説を読んでみたら、どうやら「曲線の概略を求めよ」ということらしい。たぶん”trace”の直訳だろう。「追いかける」という意味のほかに、「図面を引く」という意味がある。 こういう出題の古めかしい日本語を見ているだけでもかなり面白い。

問題そのものは猛烈に難しい。関数だけいくら眺めていても概形すら想像できない。当然、式を変形しなければ処理できる形に持ち込めないが、その最初の砦がやけに堅い。現在の東大入試よりも明らかに難易度がかなり高い。


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出たな逆三角関数
現在では指導要領から外れていたため出題は御法度になっているが、大学に入ってからちゃんと数学を勉強するとむしろよく逆三角関数なしで問題なんて解いてたな、という印象のほうが強い。

今ではsin-1xと表記することが多いが、もともと半径rの円周上に取ったθラジアンの角度は、長さがrθの弧(arc)に対応する。だからarcsin(x)という表記になっているのだろう。逆三角関数というのは要するにx軸とy軸で90度回転したグラフになるので、三角関数の最も大きな特徴「周期性がある」という点では変わらない。周期性があるので区間を区切って考えるわけだが、ふつう-1から1までのところを正弦の逆関数の場合は-π/2からπ/2とおかなければならない。


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こういう、数値も数式も一切出てこない問題というのがわりと多くて面白かった。「紙の上に描かれた放物線がある。定規とコンパスを用いてその軸を求める方法を述べよ」という問題。方法を具体的に述べるだけでは十分条件を満たすだけなので、ちゃんとその方法で作図できる理由を証明しなければならない。2段構えになってる問題だろう。放物線なので話はそれほどややこしくなく、作図そのものは難しくない。難しいのはその方法が普遍的であり得る証明のほうだ。これを最後までぶち抜ける学生がはたしてどれほどいたのだろうか。

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「幾何學的意義ヲ説明セヨ」などと仰せられましても

「大変に興味深いです」とか書けばいいの?



昔の高校生のほうが間違いなくよく勉強してたと思う。