何年か前、久しぶりに小学校時代の同級生二人と酒食をともにしたことがあります。

 

 久しぶりに会う同級生とか幼馴染というのは、友人の中でも一種独特な特権を有した存在のような気がしますね。

 

 そして、お互いが未来を見つめるというよりも、固定されてはいるけれど、非常にノスタルジアで美しい光景に互いが向き合っているような気がします。

 

 その晩、三人で呑んだわけですが、そのうちの一人、K雄が刺身をつまみながら、遠くを見るような目色を私に向けては、こんな事を口走ったのです。

 

 「おい、そういえば、レインの実家のさ、緑色人間だったっけ、ニラ叔父さんだったっけ、名前はよく覚えていないんだけど、まだ生きているのかい。」

 

 「えっ、何のことだい。」

 

 一瞬、彼方の世界へと記憶の糸をたどる私でしたが、賑やかな居酒屋の喧騒の中に、K雄の真顔が少年時代に変貌していくのを感じ、緑色人間というコトバに思わず膝頭を打ったのです。

 

 「ああ、あの話ね、ニラ叔父さんの事だろう。俺たちが幾つのときに、その話をしたっけかな。」

 

 「俺は、小学校六年生の時に転校してきてからね、そして、すぐレインの家までY郎一緒に遊びに行ったからさ、12歳の時だと思うよ。」

 

 隣でほろ酔い加減に出来上がったY郎は、私たちの話を、なんだい、そりゃと身を乗り出した。

 

 Y郎は覚えていないというが、そもそも私からY郎にはニラ叔父さんの話はしていなかったと思われます。

 

 「ホントにさ、子供ながらに俺は怖かったんだぜ、もうレインの家に行くのはよそうとマジに思っていたんだからね。」

 

 緑色人間・・・。

 

 当時、私の実家には祖父母が健在で、比較的大きな敷地で悠々とした少年時代を過ごしていたものです。

 

 庭の隅には畑があり、祖母が季節の野菜を丹精込めて作っていたものです。

 

 その畑の裏に六畳程の小屋かな、もう戦前から建築されたかのような古ぼけた掘立小屋があったのです。農作業に使う道具とかね、味噌や梅酒用に漬けた一升瓶等がランダムにしまわれていたのです。

 

 当時は、その畑の周りで、K雄やY郎と遊ぶことも多かったのですが、或る日を境にK雄は畑の近く、ひいては私の家には寄りたくないと言い出したのです。

 

 それが、私が語った緑色人間ないしニラ叔父さんに起因するのです。

 

 これは誰にも言うなよ、我が家の秘密だし、勝手に話したとなると、お母さんに怒られるからな、そんな前置きのもと、私はK雄に、こんな話を聞かせたのです。

 

 畑の裏にある開かずの間のようなオンボロ掘立小屋にはな、緑色人間が住んでいるんだ。

 

 俺のお爺さんの遠い親戚でね、戦争で頭をやられておかしくなっちゃったんだ。住むところがないから、もう俺が産まれる前から、あの小屋でずっと廃人のようになって寝ているんだ。

 

 ただね、頭がおかしくなってから、なぜかニラしか食べられなくなってね。

 

 朝昼晩、何年間も隣の畑のニラだけしか食べていないんだよな、そうしたらさ、どんどん皮膚がニラのように緑色っぽくなってきてね。皮膚の不思議な病気だね。それに身体中からニラの匂いがするんだよね。

 

 頭がおかしくなったから、暗い小屋の中では、一日中、ニラを食べながら、ケラケラと笑っているだけなんだよな。もうどんなときでも笑っているだけだけどね、俺は大丈夫だよ、何をしても怒らない、でも知らない子供が一緒になって笑ったりしたら、大変なんだ。

 

 突然、怒り出してね、柔道じゃないよ昔の柔術の技でどこまでも追いかけてくるんだから。

 

 それに笑うだけじゃない、気味悪がっても、そういうところは敏感だから、同じように発狂するんだ。

 

 緑色人間の話を神妙に聴いていたK雄少年は困惑の眼差しを私に向けます。

 

 意地悪心とかイジメではなく、K雄をワンダーランドに彷徨わせたいというサービス精神と少年特有の悪戯心が相混じって、私は、更に加えて、こんなことをK雄に言ってしまったのです。

 

 それでな、この間、ニラ叔父さんに、K雄の事を話したんだよな。とても面白い奴がいるから会ってくれとな・・・。

 

 そうしたら、頭がおかしくなって、あまり意味はわからないみたいだったけどな、一層嬉しそうに笑うんだよな。

 

 今度会ってもらうけど、くれぐれも一緒になって笑っちゃ駄目だぞ、それに気持ち悪がってもすぐに見抜かれるから駄目だ。

 

 それ以来、K雄は私の家で遊ぶのを避けるようになったのです。まあ、もっともな話ですね。それ以前から、私とK雄の関係に微妙なところがあったのも事実でした。

 

 居酒屋の和卓で、懐かしそうに当時の恐怖の思い出を語るK雄に、突然、私は立ち上がり、深々と一礼しては謝ったのです。

 

 「ごめん、今でも信じていたなんて・・・。緑色人間だとかニラ叔父さんっていうのは、全部、俺が考え出した物語だったんだよ。」

 

 作り話・・・?

 

 何だか不思議な微笑を浮かべては、すぐに得心したかのようなK雄ですが、苦笑交じりにこんなことも言ったのです。

 

 「しかし、よく思いついたな、そんな話。ニラを食いながら、ケラケラ笑われたりしたらさ、ホントに堪らないと思ったんだぜ。」

 

 「そういえば、レインは、子供の頃、ホントに想像力が強かったよな。いろいろとさ、よく思いつくなと感じるところが多かったぞ。」

 

 横からY郎が相槌をうちます。

 

 究極的な嘘つき、よく言えば創造力かな。

 

 緑色人間については、100%が私の独創に基づく作り話で、実家にそれらしきモデルがいたわけでもありません。

 

 雀百まで踊り忘れずというコトバがありますが、今でも、いや死ぬまで創作活動に励んでいる私をみたら、K雄やY郎はどう思うのでしょうかね(^^)/

 

 しかし、子供心のファンタジーとは言うけれど、全体的に可愛くないストーリーだな、それに緑色人間がK雄に会いたがっているというあたり、K雄少年には本当に申し訳ないことをしたと反省しています。

 

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