京都・山科で社会奉仕活動に従事する精神修養団体 『一燈園』 の創始者・西田天香師の高弟で、三上和志さんという修験者がいた。
ある日、彼は某病院に招かれて講話に行った。
ホールには患者さんや看護婦さん、検査技師、医療事務員などが詰めかけて、またベッドを離れられない患者はスピーカーを通し、涙を誘う話を聞いた。
1時間ほど話して院長室に戻ると、いたく感動した院長からお願いがあるという。
「実はこの病院に少年院から預かっている18歳になる結核患者がいます。 容態は悪くあと10日も持つかどうかという状態です。
この少年に三上先生の話を聞かせてやりたいのです。
ただ問題なのは両親も身寄りもなく、非常にひねくれていて、三上先生の話を素直に聞いてくれるかどうかは分かりません。
重体で病室からは一歩も出られないのでこちらから出向くしかないのですが、今日のようなお話をたとえ20分でも30分でも聞かせてやりたいのです。
少しでも素直な気持ちになってくれれば・・・。」
そう聞いて、三上さんは躊躇した。
「ちょっと話したくらいで素直になるでしょうか?
そうは思いませんが。」
「確かにそういう懸念はありますが、仮に素直にならないまでも元々です。」
そう言われると断ることもできない。 話してみることになった。
では支度を、と院長は大きなマスクと白し上着を渡した。
「付けなければいけませんか?」
ひねくれてしまっている少年の心を動かそうとする者が、マスク越しに恐る恐る話をしても通じまい。
「もしも伝染してはいけませんから。開放性の伝染病ですので。」
そう言われて、三上さんは意を決した。
「伝染すると決まったわけではありませんから、付けないことにします。 その少年の気持ちを思うと・・・このままの方が良いと思いますので。」
院長に案内されたのは、病院の一番奥にある隔離病棟だった。
中に入ると、6畳ほどの広さの部屋に、白木のベッドが1つ、コンクリートむき出しの寒々とした床の上に新聞紙を敷いて便器が置いてあり、入口には消毒液を満たした洗面器が置かれている。
ゲッソリ痩せて頬骨が尖り、無精髭を生やした少年の顔は黄色く淀んでおり、目の周りが黒ずんでいる。 黄疸を併発しているのだろうか。
「気分はどうかね?」 院長が話しかけたが、少年は顔をそむけたまま返事をしない。
「少しは食べているかい?」 それでも少年は答えない。
「眠れるかね?」 と顔をそむけたまま応えようとしない少年の向こう側に回って三上さんが顔を覗くと、憎々しげな様子だ。
少年が答えないのを見て、院長は構わず言った。
「こちらにいらっしゃるのは三上先生とおっしゃる立派な方だ。
私らは向こうでお話を伺って非常に感動した。
お前にも聞かせてやりたいと思って、無理をお願いしてきてもらった。 体がキツいかもしれないが、辛抱して聞きなさい。 分かったか?」
「・・・・」 少年は黙ったままだった。
「三上先生、どうぞ。」 と言われ三上さんは少年の仲間言葉で話しかけた。
「おい、どうでぇ!」
ところがウンともスンとも言わない。 三上さんは怒鳴った。
「せっかく見舞いに来たんじゃねェか、何とか言えよ!」
ところが、その声が終わるか終らないかののうちに 「うるせェ!」 という言葉が返ってきた。
こんなに痩せた体のどこから出るかと思われるような、大きな声だった。
院長が小さな声で 「こりゃ、駄目ですな。」 と言い、「退散するしかないようです。」 と付け加えた。
「そうですね」 と三上さんも諦め、部屋を出がけに、「おい!帰るぜ。」 と怒鳴った。
そしてドアに手をかけてもう一度振り返ると・・・意外にも、少年は燃えるような目で、こちらをジッと見つめていたのだ。
・・・・・To be continued.