滋賀県甲賀市信楽を中心に作られる陶器で、日本六古窯のひとつに数えられる、〝信楽(しがらき)焼〟。
信楽は畿内と東海地方とを結ぶ交通路で、茶湯の中核として発展した京都・奈良に近く良好な陶土が豊富にあったことで、焼物が発展したと考えられています。
鎌倉時代後期に常滑焼の技術が伝わり、窖窯(あながま)によって壺・甕・擂鉢などの焼き物づくりが始められたそうですが、今日・11月8日は、その代表的な焼物である
信楽たぬきの日
なのだそうな。
損保会社勤務時代、滋賀支店に赴任していた時に夫婦揃って何度か信楽を訪れて購入した陶器は今でも大切に使っていますが、当然たぬきの置物も購入し玄関に置いています。
彼(?)がぶら下げている徳利に〝八〟と書かれていますが、どのたぬきの焼物も同様。
いい八の語呂合わせで今日を記念日とした由。
このたぬきの焼物は江戸時代から茶道具のひとつとして存在したそうですが、現代のような愛嬌のあるたぬきを初めて作ったのは、陶芸家で『狸庵』の初代・藤原銕造(てつぞう)とのこと。
若かりし頃京都・清水焼の窯元で修業していた銕造が、ある月夜の晩にたぬき達がポンポコポンと音羽川の河原で腹鼓を打つ姿を目撃。
その話を聞いた親方から 「それは何人に一人しか聞けぬたぬきの腹鼓だ」 と教えられた彼は、その姿を焼物で再現しようと思いつき、信楽に帰郷後明治30年代に 『狸庵』 を創業し焼いたのが始まりだそうな。
そして全国的にこのたぬきの焼物が有名になったのは、今からちょうど70年前の1951(昭和26)年のこと。
この年昭和天皇が信楽に行幸された際、このたぬきの焼物に小旗を持たせ沿道に並べたところ、それを見た昭和天皇が
〝をさなき日 あつめしからに なつかしも 信楽焼の 狸をみれば〟
と詠まれ、この御歌が新聞で報道されたのが端緒となりました。
元々たぬきは、〝他を抜く〟〝太っ腹(腹鼓)〟に通じることから古来縁起物とされ、愛嬌のあるこの信楽たぬきは 『八相縁起』 をふりまくとして、商売繁盛を願う多くの店舗が店先に置いています。
その八相縁起とは、
笠 ・ 思わざる悪事災難避けるため用心常に身を守る笠
顔 ・ 世は広く互いに愛想よく暮らし誠をもって努め励まん
目 ・ 何事も前後左右に気を配り正しく見つむる事忘れめ
通帖 ・ 世渡りはまず信用が第一ぞ活動常に四通八達
腹 ・ 物事は常に落ちつきさりながら決断力の大肚をもて
金袋 ・ 金銭の宝は自由自在なる運用をなせ運用をなせ
尾 ・ 何事も終わりは大きくしっかりと身を立てるこそ真の幸福
徳利 ・ 恵まれて飲食のみに事足りて徳は密かに我身につけん
・・・さて、なぜ徳利に〝八〟と入れられているのか?
これについては、
◆尾張八郡を支配するという意味の尾張徳川家の裏紋
◆徳川家康の渾名がたぬきだったことから尾張知多半島の常滑焼
で〇八の紋を入れて狸を造り、人気があったことを倣った
という説があるそうですが、現代は〝八〟相縁起に結び付けられています。
さて、実は我が家のリビングには、もう1匹・・・いや2匹のたぬきが。
これ、我が夫婦のイメージにピッタリなんですょネェ。
特にお腹のラインが・・・。😅
信楽に行かずとも、通販で様々なたぬきが入手できますので、縁起物として皆さんもおひとついかがでしょ?