ここでの表記はクリスチャン・ツィメルマン。ドビュッシーの前奏曲集録音以来、25年ぶりとなったソロ・アルバム。シューベルトの後期ピアノ・ソナタ二曲の録音です。2016年録音。ドイチュ番号959と960。新潟で録音され、ピアノの核心をとらえた音響となっています。2017年度のレコード・アカデミー賞を受賞しました。華やかな技巧が散りばめられた曲種ではなく、シューベルト晩年の特別な境地を、淡々と展開します。曖昧さや、幻想といったものを残さない表現は、明るさをともなった第20番D959にあっても、透明感をもって楽譜が透けてみえるような演奏となります。二楽章の中間部の激しい展開は、ここでは非情ともいえる劇性があり、強く衝撃を受けるものでしょう。二曲はどちらもソナタとしては大曲です。シューマンのいう「天国的な長さ」は数多のピアニストにとっては、冗長な時間となりうるものです。ベートーヴェンの衣鉢を継ぎ、ソナタの分野に力を注いだシューベルト。短い生涯であり、シューベルトにはルーティンに作曲に時間を注ぐことがありました。番号が付されていますが、未完の断章となっている作品も多いのです。作曲者の死後、出版社の都合で作品番号が付されるなどの経緯で、作曲番号はあてになりません。ケンプが全集という形でソナタを録音したころ、シューベルトをまともにとりあげるピアニストは少数派でした。それ以前、偉大なベートーヴェン弾き、シュナーベルがD960に加え、即興曲集を録音しています。鋭くシューベルトの音楽を捉え、重要性を認識していたのです。現代的な視点では、シューベルトの作品は、それ以降のピアノの音楽の先駆であったり、先見性を示すものと受け止められています。一般に抒情的な展開が続きますが、それだけではありません。感情の振幅は激しく、とくにD960 は、ピアニストの数がいれば、それだけの数の録音があるほどに、多様な展開となります。シューベルトが短い生を閉じたとき、ベートーヴェンは中期ソナタに向かう直前。32歳でハイリゲンシュタットにあり、遺書を書き心境に区切りをつけたうえに作曲に邁進するのです。
 ツィメルマン盤。歌謡的なD960はよく歌い冗長なところはありません。二曲はまさに「天国的な長さ」となっています。「即興曲集」の録音(90年)にもあらわれていた演奏のリアルな部分と、シューベルト的な抒情は均衡がとれていて、細心の注意がはらわれていることが理解できます。しばし、晩年の作品は痛切なものです。同時に31歳という若さは、瑞々しさでもあります。小品にシューベルトらしさを発揮したのですが、大曲にあっても歌謡性や、時間を無視した展開があります。D960のトリルの音量も適宜に配慮され、全体もすっきりとした味わいで一気に聞かせます。

 


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