イヴァン・フィッシャー、ブダペスト祝祭管弦楽団。バルトークの管弦楽全集は「中国の不思議な役人」を中心に据えた96年の一枚にはじまりました。ほかに「ハンガリー農民の歌」、「ハンガリー・スケッチ」、「ルーマニア民族舞曲」、「トランシルヴァニア舞曲」をおさめています。渡米前のバルトーク作品。戦後のハンガリー系の指揮者たちのアメリカでの活躍は目立ったものでした。ライナー、セル、オーマンディ、ショルティ、ドラティといった名士は第一にオーケストラの把握にすぐれていました。広いレンジにダイナミクス。リズムは強力で、アメリカの機能的なオーケストラから最大限の響きを引きだすことができたのです。多くがビルダー的な資質を備えていて、楽団の基礎から合奏力を高めることになりました。ライナー、ショルティのシカゴ交響楽団、セルとクリーヴランド管弦楽団、オーマンディとフィラデルフィア管弦楽団、ドラティも、ヴィオラ協奏曲を世界初演したミネアポリス管弦楽団ほか各所で活躍していました。その出自でもあったバルトークの音楽はハンガリー系の指揮者が資質を発揮しました。アメリカのオーケストラの機能性の高さを示すものでもあります。本名はフィッシェル・イヴァーン。フィッシャーもブダペストの音楽一家に生まれたハンガリー人。ブダペスト祝祭管弦楽団にあるように、ハンガリーのアイデンティティを前面に打ち出す演奏展開をしています。コチシュ、シフといった人との協奏曲録音。たとえばコチシュでは作曲者指示があるものの、なかなか実現していない配置にまでこだわったものでした。コダーイの作品での民族楽器や、アメリカ型の機能主義的な進み方とは異なる方法論をとります。ハンガリー人である出自。国の交わりで、独自のスタンスをとるのも、諸民族の交流が著しい複雑な位置にあることにも根ざしています。国のあり方は、音楽にもジプシーやトルコの音楽など周辺の音楽も混交することになりました。農民音楽の蒐集、研究を行ったバルトーク。それを表現主義的な音楽のうちにも展開していきます。拍子の複雑など、民族的なものに根ざすものも多く、ハンガリー系はリズムに鋭敏なのです。

バルトークの舞台作品はハンガリーに生まれ、その題材はグロテスクな内容のものが多くなっています。「中国の不思議な役人」も台本が不謹慎といいうことで上演禁止にもなりました。少女の性を餌に、お金を得ようとする悪党三人。そこに巻き込まれた役人(近年はマンダリンと記すことも増えています)が、ひたすらに愛を求め、殺されてもなかなか死ぬことがない。少女の同情を得て、息絶えるという物語。人間の疎外や愛の不毛。音楽のうちにも生への執着と、グロテスクな景観は反映しています。これはモダンでスマートなものではなく、荒々しくも強いものを持っています。

 


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