シャイーのブルックナー、交響曲第八番。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、99年の録音です。典型的なドイツ音楽を流麗な旋律線で解いていくイタリアの指揮者たち。ジュリーニ、アバド、ムーティ、シノーポリ、そしてシャイーはみなヴェルディを得意としていました。そして、少なからずブルックナーをもとりあげています。53年、ミラノに生まれたシャイーのはじめてのブルックナー録音となったのは84年のベルリン放送交響楽団との第七交響曲の録音でした。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団と二つのオーケストラを率いての全集は第八交響曲に完結し、制作期間は十五年に及びます。流麗な音響美のある録音は、これまでに圭角を残し野人とまでされたブルックナーの典型的な演奏とは一線を画すものとなっています。実演でブルックナーに接すれば、木管、金管、弦楽器といった個々のセクションで成り立ち、個々の楽器の音色を生かしたものとは異なるものです。ドイツでは、R.シュトラウスという管弦楽法を著し、色彩的な管弦楽を駆使して、器楽、歌劇と二つの分野で成果をあげた作曲家がいました。交響曲が創作の中心でともに長いという共通項をもったマーラー。長さ以外に共通項はないのですが、かつては並べて称されることがありました。指揮者として実演経験が豊富であり、指示を詳細に書き込んでいったマーラー。ブルックナーは、自作に自身を持つことができずに改編を繰り返しました。脚光を浴びたのはすでに後期の交響曲。肖像で接するブルックナーは老いたものとなっています。その作品の価値を認める指揮者たちも、無骨さを心配し、善意から聞きやすいように手を加えることがありました。管弦楽法となると、ブルックナーのものは、あまりにも独自で欠点も多い。シャイーの場合も、ブルックナー以上に、マーラー演奏に微に入り細を穿った演奏を展開し、現代の細部をひろいあげる録音がそれを手助けしています。

流麗はすでに十五年前の第七交響曲にも見られたものですが、30代前半の若さから年齢の積み重ねと、表現の深化のあとははっきりと確認されるものです。旋律線を支えるものはハーモニー。充実した響きが支え、無骨とはほど遠い演奏です。楽章の配置も特徴的で、生前から評価を得ることが多かった緩徐楽章が三楽章にきています。第四楽章の重量と、バランスも後半に安定した響きに結実する作品。練り上げた美しさを発揮している演奏です。

 


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