厚労省のトップは言うまでもなく厚生労働大臣で、確か総理大臣の椅子に最も近いと報道されている人だ。現職の総理大臣にも、そして――スキャンダルなどで議員辞職をしなければという前提だけれども――未来の総理大臣の覚えを良くしておくと、多分斎藤病院長が狙っている学長の座にも有利に働くのだろう。

 権威に物凄く弱い斎藤病院長が現職の総理大臣が「披露宴」にご来臨された時にも主役だった最愛の人と祐樹のことはそっちのけと言った感じだった。

 二人の共著の本の記念のパーティという名目だったが二人の間では「披露宴」が共通認識だったのでむしろ病院長の下手な介入がなくて助かったと思っていたが。

 総理大臣経由か厚生労働大臣単独かは分からないものの、大臣のご指名だったとしたら土下座してでも最愛の人や祐樹を動かすだろう。

 そして救急救命の仕事は誰にでも出来るわけではないものの、祐樹が抜けても問題がない程度に人材は居る、というか育っている。斎藤病院長のこの意気込みだと救急救命室勤務からも外れるだろうし、Aiセンター長の業務は幾らでも調整が効く。そもそも死亡時画像診断なので一刻を争うようなことは全くなくて、依頼された――会社的な表現だと納期だろうか――日時までに所見を送れば良いだけだ。祐樹が居なくとも放射線科の野口准教授以下の医師も控えているので大丈夫だろう。

そして、最愛の人の勤務時間以外で動くことは確定なので、夜間が主な活動時刻になるハズなので、夜の時間は二人で長く過ごせるというのも新鮮だった。平日の夜は祐樹の夜勤が詰まっているせいもあって一緒に過ごすということは殆どなかった。

この申し出を受ければ病院長公認で二人の時間が取ることが出来る。

犯人捜しは専門ではないし、したこともない。ただ最愛の人の記憶力と医学的知識、そして祐樹の分析力が合わされば何とかなるような気がした。といっても、具体的なことは何も聞いていないが。

一緒の時間が増えることは単純に嬉しいので、この(さい)病院長の命令に乗ってみようと思う。

「では警察の協力は一切仰げないということですか?」

 怜悧で落ち着いた声で我に返った。

「そうです。厚労省の指示に従ってください。では香川教授と田中先生宜しくお願い致します」

 長いままの煙草を重そうなクリスタルの灰皿に押し付けて消している。どうやら「御高説」(土下座付き)は終わったらしい。

 重い荷物を下ろしたような足取りで隣室のドアを開けてお辞儀寄りの会釈をしている。

「ご紹介の必要はないですよね?では、後は良しなにお願い致します」

 隣室のドアから現れたのは予想通りの森技官だった。アルマーニの服がこれほど似合う日本人もそうは居ないだろう。個人的には物凄く悔しいが事実なので仕方ない。

「香川教授、田中先生お引き受け頂いて有難うございます。今回も宜しくお願いします」

 斎藤病院長は大任が済んだと言わんばかりに隣室に消えていった。

「いえ、こちらこそ。相変わらずこの病院に通い詰めていらっしゃいますね。愛しの君が居るからという公私混同かも知れませんが……」

 祐樹のジャブを柳に風と受け流した森技官は不敵かつ神妙な笑みを浮かべている。この二つの表情を同居させるのは難易度が高いにも関わらず、完璧に出来ている点は祐樹も見習いたい、個人的には悔しいが。

「森技官、呉先生から色々とお話を伺っていますので久しぶりという気はしないですね。

 お元気そうで何よりです」

 ごくごく自然な淡い笑みを浮かべた最愛の人が律儀な挨拶をしている。森技官の恋人の呉先生共々親しい仲ということも有るが、来るべき病院長選に向けて愛想よく振る舞おうと努力している姿が愛おしい。

 秘書が三人の顔を見ながら愛想笑いではない感じの笑みを浮かべてコーヒーを運んできた。

「いえ、充分頂きましたので結構です」

 祐樹と森技官が珍しく異口同音で答えてしまった。個人的には大変不本意だったがこの程度のことで怒っては最愛の人の前で男が(すた)るというものだし、祐樹にはスマホで録音した、取って置きのモノが有る。核兵器を持っている国は批判されるが、所持していると気持ちに余裕が出来ると身を以って知っている。森技官のあの発言を呉先生が聞けば確実に激怒するに違いないので、イザという時には仄めかそうと思った。

「私は頂きます……」

 律儀な性格の最愛の人は出されたモノを断らない。彼自身の淹れたコーヒーが100点満点だとすれば、この秘書嬢のシロモノは20点といったところで正直自販機のコーヒーの方が美味しい。

 きっと森技官も同じような感想を抱いているのだろう。どうせ別室で飲んでいたに決まっているし。秘書嬢はコーヒーをトレーに載せたまま祐樹最愛の人に何か話しかけようとしている、しかも世の中のノーマルな男性なら断る気が起きないような笑みを浮かべて。

「この先は内密の話になりますので席を外して頂けませんか?」

 祐樹同様に美女に微塵も興味のない森技官が斬って捨てるように言った。もしかして祐樹の内心を見透かしたのかも知れない絶妙なタイミングだった。その点は素直に感謝したい。最愛の人の秘書は停年間近と聞いている。だから病院内の人脈も当然広いので病院長選に向けて協力を仰げるという利点もあるし、裏方に徹して決して出しゃばったりはしない。

 しかし、病院長の秘書は腰かけ程度しか居ないので味方に付けるほどでもないから放置・スルーが一番だろう。

「警察の協力は一切なしということでしたよね。では森技官が説明して下さるのですか?」

 秘書嬢が肩を落として――多分祐樹最愛の人狙いのような気がする――別室に消えたのを確認した後祐樹が質問した。

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