森技官なら5個以上の理由を列挙しても祐樹は驚かないだろう。重ねて言うが性格は難アリではあるものの、頭脳も口も良く回る人間なのは確かなのだから。
「二点で終わりでした……。家に置いていると何だか(おぞ)ましいオーラが漂って来るようで嫌ですし、此処(ここ)に置いておくと誰かに見られたらと思うと()(たま)れないですし……」
 呉先生は、最愛の人とか祐樹とは異なって自覚のない性的少数者だった。
 もし森技官が現れなかったら一生無自覚のままで女性と結婚をしている未来もあったかも知れないなとは思っていたけれども、こういう下着を「悍ましい」とまで言ってしまうのならば多少は自覚していて、それを必死に打ち消していたタイプなのかも知れない。
「恐らく森技官の本音の理由は二番目だと考えます。自分にも他人にも厳しい人ですが、優秀な部下は得難い宝なので大切に酷使していると思いますよ」
 冗談を言った積りはなかったが、口に入れていたコーヒーを吹き(こぼ)しそうになって男性にしては華奢な手で口を押えている。
「……大切に酷使……ですか」
 笑いの発作はどうやら治まったようだったが肩が揺れている。
 呉先生は祐樹の大事な友人でもあるので先ほどの嫌そうな表情をしているよりも笑ってくれた(ほう)が良いのは言うまでもない。
「言語矛盾かも知れませんけれど、森技官は部下の限界を把握してその八割から九割の仕事しか与えていないと思います、基本的に。
 『例の地震』の時にそう強く感じましたし、最愛の人と厚労省に行って彼の同僚とか部下と話していてもそう感じています。
 同僚や部下には尊敬と畏怖の念を抱かれていますね、私が見聞きした範囲内では」
 呉先生は森技官の仕事振りを断片的にしか見ていないので分からないのかも知れない。優秀な精神科医で、学会での実績はK大附属病院でも上位に入る呉先生だけれども、厚労省に呼ばれるレベルには達していない。まあ、森技官が強引に後押しすれば実現はしそうだけれど公私混同は基本的にしない人だと判断している。
「そうなんですね……。家に帰って来ても『どこそこに行った』程度しか話してくれないもので……。
 それに深夜にタクシーで帰宅して寝室に来る余力もなくて玄関から最も近い応接室のソファーで寝ていることも多いですし。休日は仕事の話をしませんので、田中先生から伺って良かったです」
 陽だまりの中に咲くスミレの風情の微笑みを浮かべている。あれこれ言っても呉先生は森技官のことが大好きなのだろう。
「それはそうとシルクの下着はもっと上品ですよ……。ネットで見ただけですけれども。それに実際に障ったことのあるシルクはこんなペラペラした生地ではないですし、艶も有ってとても綺麗です」
 確かスリップだと思うが名称は異なるかもしれない黒い下着を手に取ってしげしげと眺めた。乳首周りは一応レースっぽいけれども、医局の中で最も指が太い黒木准教授でも簡単に入れられそうなほど間隔が開いている。
 胃の辺りにポケットが有るのかなと思いながら指を滑らしていくと(すそ)の辺りに違和感が有った。
「ああ、ここにポケットめいた折り返しが有りますね。拘置所にも留置所にも行ったことはないのですし、ましてや女性用のトイレがどのようなモノかは入ったこともないので……。しかし、一時期話題になった多目的トイレほどのスペースはないことくらいは分かります。
 ざっと身体検査を受けた後でトイレに入って合成麻薬を取り出すために最も手っ取り早いのは裾の辺りではないでしょうか?こういうスリップの乳房の下の辺りのポケットだったら、服もかなり脱がなくてはならないでしょう。
 女性の場合スカートを着けていることが多いので、たくし上げれば簡単に取り出せます。私は警察が介入してくるような大それたことはしていませんが、ちょっとした悪戯(いたずら)なら(イジ)り甲斐のあるウチの医局の久米先生によくやります。好感度が高くなるとこういう下着を見せてくれて、さらにレベルアップすれば全裸になってくれる18禁恋愛シュミレーションゲームなどですけれど。その好感度をマイナスにさせる裏技を思い付いたこともありますしね。その悪戯(いたずら)最中(さいちゅう)にはそれなりに緊張しますよ。見つかってはマズいので。緊張すると手が震えたり強張(こわば)ったりしますよね?」
 呉先生は何かを思い出すような感じの遠い目をしていたけれども、正解に至ったのか朝日を浴びたスミレの花のような笑みを浮かべた。
「ああ『夏の事件』で第一報が入った時に何もない所で派手に転倒して顔を強打したとかいうあの先生ですか?」
 可笑しそうに唇を弛めると――多分森技官が愛して止まない――野のスミレの風情の可憐な笑みが浮かぶ。
「彼は私が警戒するほど手技の潜在(ポテン)能力(シャル)は高いのですが、それ以外は天然ボケというか、我が医局の癒しキャラです。
 それはそうと、拘置所とかで、確か所持していても罪になる合成麻薬をこっそり取り出すには私の緊張などとは比べ物にならないほどでしょう。この裾のように最も取り出しやすい所にポケットは作るのではないでしょうか?」
 呉先生が「なるほど」といった表情で頷いている。
「しかし、こちらの乳房の下にポケットが仕込んであるのは何故なのでしょう?」
 華奢な指が嫌そうに派手なピンクのブラジャーの内側のポケットに触れている。下品な色かブラジャーのどちらが嫌なのかは分からなかったけれど。
「森技官の腹心の部下というからには仕事が早い人ですよね。そしてこういう特殊な仕掛けを施す仕立屋(したてや)だか縫製工場は――まあ工場という規模ではないでしょうが――まともな会社ではないのではないと考えられます」
 呉先生が感心した感じで口を開いた。
「確かにワコールでしたっけ?そういうメーカーでは作らないでしょうね。まともじゃないというは?ああ、コーヒーが空になっていますね。もう一杯如何ですか?」
 チラリと時計を見たら時間が有ったので「お願いします」と正直に言った。何しろ世界で二番目に美味しいコーヒーなのだから。






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