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あなたのとりこ 555 [あなたのとりこ 19 創作]

 社長は自分が口にした会社解散と云う言葉のインパクトが、思った通り甚大である事に大いに満足して、如何にも勿体付けたような口調で云うのでありました。
「手厚く、と云うのは退職金を手厚く、という事ですか?」
「まあ、そう云う事にも、なるかも知れないだろうね」
 社長の言はどこか歯切れが悪いのでありました。
「規定額よりも多く出せると云う事ですね?」
 均目さんがここで食い下がるのでありました。
「今はっきり保証しろと云われても困るが、まあ、そう云う事も可能だと。・・・」
社長は語尾を曖昧にするのでありました。いざそうなった時、期待されていた程増額出来ない、或いはしない点をここで早々に弁解しておこうち云う肚でありましょう。
「会社の現状はそこ迄差し迫っているんですか?」
 日比課長が社長に向かって心配そうに聞くのでありました。
「まあ、予断を許さない、と云うところではあるかな」
 社長がこれに関してもここでトーンダウンしたような曖昧な云い方をするのを、頑治さんは得心がいかないのでありましたが、それは均目さんも同じようでありました。
「あれ、会社解散と云うのは差し迫った現実ではないのですか?」
「もうにっちもさっちもいかないと云う訳じゃないし、明日にも、と云う事でもない」
 ここで社長が俄に、社員の受けた衝撃を一先ず少しばかり和らげるような事を云い出すのは、一体全体どう云う考えからでありましょう。大袈裟に如何にも深刻ぶって見せたけれど、実情としてはそれ程でもない事に少しの良心の呵責を感じたのでありましょうか。いや、そんな可愛気のある社長でもないようにも思えるのでありますけれど。
「事態は少しも油断出来ないところに来ているよ」
 土師尾常務が横から口を挟むのでありました。「ここに来て売り上げが相当減っているし、資金繰りもなかなか思うようにいかない」
「矢張り片久那制作部長が居なくなったのが原因と云う事ですかね、会社がそんな風に、一層左前になって仕舞ったのは」
 均目さんが土師尾常務の顔を見ながら云うのでありました。
「それは関係無いよ!」
 土師尾常務はムキになって不快感を表するのでありました。矢張り土師尾常務ではどうにも頼りにならないと云う事かと、均目さんにズバリ指摘されたと感じたのでありましょうが、均目さんは別に土師尾常務の会社運営の無能さ加減をここで論う意図は特に無かったのかも知れません。しかしそうであってもここは常務取締役としてのプライドに関わる問題でありますし、片久那制作部長へのずっと抱き続けていた陰火のような嫉妬や引け目もあって、土師尾常務としてはここは竟逆上して仕舞ったと云う事でありましょう。
 いやまあ、土師尾常務の無能ぶりを論おうと云う意図を、均目さんは暗にしっかり持っていたのかも知れません。人の悪さでは均目さんもなかなかのものでありますから。
「当面の売り上げの落ち込みは、土師尾君の器量とは関係ないと思うよ」
(続)
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