この日はKAAT神奈川芸術劇場にやって来ました。この辺りにはかつて、1859年(安政6年)の横浜港開港に
伴って外国人居留地が建設された場所です。2007年(平成19年)横浜山下町地区の再開発事業における
神奈川芸術劇場・NHK横浜放送局建築工事に伴う発掘調査により、外国人居留地遺跡が発見されました。
KAAT神奈川芸術劇場とNHK横浜放送局の建物が建つ場所は、明治時代の地番による48番地、54番地、
55番地と53番地及び一部駿河町通りに当たります。関内地区における初めての本格的な調査の成果として、
出土遺物の一部と発掘調査の概要を現地に展示し、開港当時の山下居留地の姿を現代に伝えています。
建物の中に入ると、KAAT神奈川芸術劇場の1階にあるKAATアトリウムの壁には、
この建物の敷地に残っていた遺跡の全体像を示すパネルがあります・・・ ↓
さらに、山下居留地遺跡からの出土品、ドイツタイル(乾式象嵌プレスタイル)、
ラムネ瓶(コルク栓)、西洋皿(銅版転写染付け文様)が展示されています・・・ ↓
建物を出て裏手に回ると、旧横浜居留地48番館の遺構があります。
この建物は、日本で紅茶やダイナマイトなどの取引を行っていた商人、
J・P・モリソンの事務所兼住宅として、明治16年に建てられたといわれています・・・ ↓
横浜居留地時代唯一のレンガ造りの遺構といわれ・・・ ↓ 煉瓦の積み方はフランス積みになっています。
遺構の前には案内板がありますが、案内板の台座もフランス積みになっています・・・ ↓
建物のNHK横浜放送局側へ進み、建物の横へ入って行くと、
山下居留地遺跡の数々が展示されていました・・・ ↓
こちらは48番地の煉瓦基礎遺構です・・・ ↓ 幅4.0m以上、長さ21.0m以上に及ぶ
地下室の壁の一部です。煉瓦の積み方はイギリス積みとなっています。
こちらは55番地の煉瓦基礎遺構です・・・ ↓
平面2.2m×2.2m、高さ1.0mが残っていた正方形の煉瓦基礎です。0.4mのセメントに載っていました。
こちらも55番地の煉瓦基礎遺構です・・・ ↓ 大きな基礎には補強の鉄筋が垂直方向に入っています。
鉄筋の下端部には留め金具が取り付けられ、煉瓦基礎の横穴から当時の技術を見ることができます。
こちらは48番地の井戸状遺構の縁石です・・・ ↓ 長方形の切石を放射状に並べています。
その奥には、48番地の切石排水桝も展示されています。
こちらは駿河町通りの切石側溝です・・・ ↓ そして、手前に見えるのは駿河町通りの
下水管(瓦管)です。明治初期につくられた日本最古級の近代土管です。
奥に見える煉瓦は、54番地、55番地で出土した建物断片で、関東大震災で崩れた建物の一部です。
手前は48番地出土の切石で・・・ ↓ 震災で建て替えられた建物の部材が排水桝に転用された切石です。
遺構へ行こう〓fab44〓山下居留地遺跡群