『君戀しやと、呟けど。。。』

此処は虚構の世界です。
全作品の著作権は管理人である紫草/翆童に属します。
無断引用、無断転載は一切禁止致します。

『血族3』(小題:折り返し)完全版

2020-07-17 12:30:25 | ニコタ創作
カテゴリー;Novel


このお話は、
『家族』
『姉妹』
『血族1』
『血族2』
の続編です。

7月自作/折り返し『血族3』


 何がどうなって、二人の人間がいなくなってしまったのかと思う。
 二十代を終わろうとしている今、人間不信から結婚どころか、恋人もできずにいる。
 高野祥華、二十九歳。大学に残り、研究者になっていた。

 母と芽美がいなくなり、いろいろ捜す努力はした。しかし、みんな仕事を持ち、一人でできることには限界があると早々に悟った。休みのたびに出かけてしまえば、身体的に辛くなってくる。
 ある時、瑛里華が言ったのだ。
『もうお母さん、いなくてもいいよ』
 と。
 その言葉に縋ってしまった。一番、苛酷な選択を一番小さな瑛里華がしてくれた。祥華はそのことを一生、忘れてはいけないことだと思っている。
 人生の折り返し地点があるとしたら、我々は母の消えたこの日をそう思うだろう。

 ある日。
 松本隼人がやってきた。
 母と芽美がいなくなってから、よく出入りするようになった。瑛里華と話が合うらしい。かなり年は違うのに、瑛里華も誰よりも懐いている。
「高野の父さんに呼ばれたんだ。本当は親父も来る筈だったんだけど、ちょっと町内の会合が入ってしまって。謝っておいてほしいと伝言された」
 父は隼人が来てくれたらいいよと言う。
「何か、話があったの?」
 何も聞かされていなかった祥華は、リビングに集まる二人に声をかけた。
「俺は、ただ来て欲しいって言われただけ」
 父は苦笑いを見せ、ちょっとだけ勇気のいることをしようと思ったんだと言った。

 勇気のいること。
 何だろう。
 隼人と顔を見合わせる。
「最初で最後に、一度だけ。お母さんと芽美を本格的に捜そうと思う」
 成程。本格的、ということがこれまでにない言葉だ。
「瑛里華の職場の知り合いに、元刑事さんで探偵をやっている人がいるというんだ」

 瑛里華は何と警察官になった。
 といっても事務の仕事だったが。
 それでもお巡りさんの知り合いは増えていく。
 何も言わなかったけれど、もしかしたら母を捜したいと思っていたのかもしれない。
 今は自宅から通勤しているが、少し時間がかかるため、一人暮らしをしようと部屋を探している真っ最中だ。
 ここよりも松本の家に近くなるので、隼人が相談に乗っている。
「元刑事さんなら信用できるから?」
「それもあるが、やはり捜す能力が高そうだろう」
 そう言いながら笑っているが、やはり見つけたいのだろう。
 父は何もなかったかのように、母の消えた翌日から台所に立った。朝食も夕食も、もちろん祥華は手伝うが会議などの予定が入らない限り、父は作り続けた。そして、こんなに大変なことだったんだなと言ったこともある。

 隼人には、どうだろうと問いかけている。
「隼人君が止めた方がいいというなら、依頼はしない。世間から見れば妻に逃げられた男の悪足掻きかもしれないと思えるんだ」
 それを聞き、隼人は少し驚いている。祥華も驚いた。いつの間に、彼をこんなに頼りにするようになっていたのだろう。
「いいと思います。親父にも相談して金銭面の相談をしましょう」
 すると、それはいいと断っている。

 捜す。捜される方はどうなのか、ふと思った。
 こちらの連絡先は何も変わらない。なのに、あちらからの連絡は全くない。見つけられても迷惑なんじゃないかと思うと、捜すことが本当にいいのかと考えてしまう。
 そんな思いを知られたか。
「何、考えてる?」
 隼人に声をかけられた。

 素直に思っていることを告げた。父も同じ思いだという。
「ただね。社会に胸を張って生きていきたいじゃないか。今はまだここにいる時と何も変わらず、保険証も持って行ってる。使っている連絡は私のところに来るのだからな。それを止めたいというわけじゃない。ただ区切りをつけた方が、芽美との関係にしてもいいだろう」
 別居ならちゃんと別居として住所を移せばいいだけだとも。
 父の言葉に初めて税金のことを思った。
 確かに給料から引き落とされるものをあえて止めることをしていなかっただけかもしれない。しかし、それを使っていたとは知らなかった。扶養家族の恩恵を受けたまま失踪なんてありえない。
 母のこと、すでに戻ってこない人という感覚ではいた。それでも母には違いない。情けない人にはなって欲しくなかった。

「そうね。お父さんに甘え過ぎてるね。見つけて、ちゃんとしよう」
 瑛里華が知り合いだという探偵社に出向いたのは、その日から四日後の木曜日のことだった――。

 太田と名乗った探偵が我が家を訪れた時、まさか約束の一ヶ月では無理で延長を求められるのかなと思った。
 確かに途中経過は必要ないと断ったし、父の高校教師という立場を思うとたびたび呼び出されても困る。父は、一ヶ月捜してみて無理だったらそれまでの結果を用意して欲しいと言っていた。
 連絡があったのは、約束の一ヶ月までまだ二週間以上ある日の夜だった。
 夜、リビングで新聞を読んでいた父の携帯が鳴った。翌夜、やって来るという。
 しかし結果は二人の居場所を捕らえた写真と映像を持参しての訪問だった。

「単刀直入に申し上げます」
 簡単な挨拶をすませると、太田はすぐさま封筒を差し出し見るように言った。
 写真は三十枚以上あった。母だけのもの。芽美だけのもの。古いアパートだろうか。窓辺に洗濯物を干す二人の姿もあった。
 スーパーで買い物をしている芽美は、やはり難しい顔をしている。あの子は優しい表情をすることがないのだろうか。
「必要ないかと思いましたが、映像もあります。置いて行きますので後でご覧になって下さい」
 働くのは芽美だけのようだ。居酒屋で働く姿もある。
 そして太田は言った。
「離婚することをお勧めします。芽美さんは高野さんのお子さんではないでしょう」

 太田の言葉に、祥華は雷に打たれたような衝撃を受けた。父の顔を見る。彼は瞳を据えて太田を見つめ、やがて目を伏せた。
「やはり、そうでしたか」
 そして初めて、芽美の話を語りだした――。

 芽美がやって来る日。
 駅まで迎えに行くという父に、母は自分が一人で行ってくると家を出た。
 やってきた彼女は初めましての言葉こそあったものの、本当に自分の娘かと思った。今時の高校生よりも、もっと質素な感じだ。白いTシャツにジーンズ、スーツケースを引く姿はこれから合宿にでも行くような感じに見えた。

「もともと祥華は自分に似ていると思っていたんだ。顔立ちは似ていなくとも、生徒たちの言葉を借りればオーラの色が似ているというか」
 だからこそ入れ替わりの話を聞いた時は絶対に間違いだと思った。
 しかし現実は血の繋がりはないという苛酷なものだった。

 一方、芽美に血の繋がりを感じたかというとそれはない。
 刹那、娘は祥華と瑛里華の二人だけだと決めた。芽美には悪いが学校の生徒と同じレベル、いや、それ以下の態度だった。
 長い間、一緒に暮らしながら、芽美の態度に不信感を持った。孤立するような態度をとるのは何故かということ。そして母親とだけの親密度は少し異常に見えた。執着するのは母親ただ一人という感じだ。
 それに伴い、妻は病んでいった。
 最初は単純に、芽美の我が儘のせいかと思っていた。しかし家事を何もしなくなり、寝室に閉じこもり、その様子に違和感を感じた。
 多くの違和感のなかで暮らした。救いは祥華と瑛里華の二人の存在だ。そして足掻きながら、普通を通してしまった。
 何かが違うと思うものの、原因は分からないままで。

 あの日。
 誰にも何も言わず家を出て行ったと分かった時、もしかしたら芽美は自分の子ではないかもしれないと頭をよぎった。理由などない。直感とも呼べる何か。
 そして今、それが真実だと言われている――。

 太田を玄関先で見送りながら、近いうちに行ってみると祥華は告げた。彼は、その選択がベストだろうという。
「お母さんは、たぶん待っていると思いますよ」
 祥華の瞳から一筋、泪が零れた――。

【To be continued.】 著 作:紫 草 
 

コメント    この記事についてブログを書く
« 『血族2』(小題:大人の事情... | トップ | 『血族4』その1 (小題:... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ニコタ創作」カテゴリの最新記事