『君戀しやと、呟けど。。。』

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『驟雨』 (小題:ダイナマイト(爆弾))

2018-07-24 21:54:36 | ニコタ創作
カテゴリー;Novel


 本当は何を言いたかったんだ――。

 もう聞くことのない、この答え。その問いだけが頭の中をループする。
 もしかしたら一緒にいる間、彼女は寂しかったのかもしれない。何も言わなかったから気づかなかった。

 否、違うか。
 知ろうとなんてしなかった。いつも物静かで、従順な彼女を都合よく連れて歩いていた。いつだって別れられると思っていたし、彼女が離れていくとも思っていなかった。

 二歳違いの二人。十八からの五年という時間。彼女にはまさに思春期から青春への大切な時間だったろう。
 よくいえば幼馴染の近所の女の子だった。高校に入った頃から見違えるように可愛くなっていった彼女を、気が向くと連れ出した。
 ただし、ご近所ということは両親同士もよく知っている。何処に行って、何を食べて、どんな話をしたのか。気づけば筒抜けになっていた。
 どれだけお喋りな奴なんだと、少し距離を置いたこともある。あとで話がばれたのは彼奴のせいじゃなく、偶然見かけた近所の小母さんのせいだとわかったが――。

 最初は大学二年の夏休み。
 それまでつきあっていた女が地元に帰るといい、遠距離恋愛はできないと結局別れることになった。バイトに明け暮れようとも思ったが、休みはある。
 あの日、映画でも観ようかと新宿を歩いていると、そこに偶然、彼女がいた。
『何してるんだ』
 突然、声をかけたからだろう。
 ものすごく驚いた顔をして振り返った。その時は学校の友達と一緒に遊びにきたのだと話した。それがきっかけとなり、時々連絡をするようになった――。

 気にしたことはなかったが、彼女は学校のことも自分のこともあまり話すことはなく、でもさらりと大学に受かったと告げてきた。それまでは家から一番近い公立高校に通っていたから、自分のことは棚にあげて大学のレベルなんてしれてるだろうと思った。だから、どこの大学かを聞くこともなかった。

 大学三年の夏がくると決まった恋人はいないという言い訳をしながら、不特定の女と飲みに行ったり遊びに行ったりしていた。それが途切れると声をかけるのが彼奴、風子(ふうこ)。
 大学生活がどんな様子かも知らない。バイトもしていたと思う。ただ誘えば出てきた。
 一緒にいる間だけ、楽しく過ごす。それだけだ。
 親にチクられると困るから、至って品行方正なデートしかしなかったし、風子について知りたいと思うこともなかった。

 大学四年になると就活と卒論で、全く会わなかった。
 風子からの連絡もなかった。それを寂しいと思うこともなかったし、何よりつきあっているという実感すらない。
 いつ頃だったろう。
 母親から、風子とのことはどうなっているのかと聞かれた。どうと言われても、こんな感じだったから、ただ知らないとだけ答えた。とにかく就職先を決めることが最優先だった。あの時、連絡をとろうなんて思う筈がない。

 漸く決まった就職先では、卒論をコピーして提出するように言われた。卒論のない学科の者はレポートを出すらしい。そのため、卒論とは別のレポートでの提出も認められていた。
 文学部を名乗っていても、それほど研究テーマに時間を費やしたことはなく、多くの文献をコピペして書き上げたようなものでいいのか。それでも内定が取り消されることはないだろうと、そのまま質の悪い卒論を出した。
 入社して知ったのは、多くの文学部系列の者たちは新たにレポートを出していたということだ。それほど大きな規模の会社ではなかったが、最初の配属が見事にそれに左右されたことは事実だろう。
 自分は、倉庫の書類整理に回されたのだから。

 男の多い会社ではあっても、女子社員がいないわけではない。しかし倉庫配属はそれだけで相手にされないことを知る。
 営業や事務に比べると、ランクが下ということらしい。結局、仕事に追われながらも彼女の一人もできる筈がなく、時間ができれば風子に連絡を取るようになっていた。

 流石に就活の時期だろうと思ったから、どんな様子かを聞いてみた。すると、ただ微笑んで大丈夫だと答えた。
 それまで、いろいろと詳しく聞くことのなかった間柄では、それ以上つっこんで問い質すことはできなかった。
 でも四年になった段階で決まっているとは思えなかった。
 どう大丈夫なのかといぶかしみつつ、少し連絡を控えようと思った。社会人の一年は信じられないくらい早い。我慢するという状態でもなく、あっという間に一年という時間は経っていた。

 卒業を祝うという理由は、久しぶりに連絡をするにはいい口実の筈だった。
 そして初めて風子の顔を見たいと思っている自分に気づいた。小学生の頃から知っている顔をどうして見たいなどと思うのか。答えは簡単だ。知らないうちに好意という感情を寄せていたのだ。
 そう思うと短い一文にも気を使った。しかし、その文面が届けられることはなかった――。

 あれ!?

 最初はスマホに不具合でも起こったのかと思った。
 ただ風子に対して一年近くメールをしていないからといって、他で使っていないわけじゃない。
 LINEと思ったもののIDを知らなかった。なら電話をしようとコールする。使われていない番号だと機械音が告げた。
 こうなったら最終手段だ。風子の家へとやって来た。

 よく考えたら、小学校の時以来だ。
 今の世の中、携帯という文明に本当に助けられていたのだと知る。両親を知っていると言っても、もう覚えてはいない。
 インターフォンを押すことも躊躇われて、佇んでいると声をかけられた。
「こんな所で何してるの」
「お袋」
 仕事帰りにスーパーに寄ったのだろう。白いビニール袋を二つ下げている。持つよと手を出し受け取った。
 母は何も言わないまま歩きだし、一緒についていく形になった。

 帰宅して食卓に入ると、そのまま食事の支度を始める。
「風子ちゃんなら、いないわよ」
 唐突な一言だった。
「嘉川さんちの前に立ってるんだから、それしかないでしょう」
 確かにそうだ。
「いないって、どこか行ったの」
 自分のその言葉に、母の顔が何とも言いがたい悲しそうな表情になった。
「何だよ」
「どうして今さら風子ちゃんの所に行こうなんて思ったの」
「メールも電話もつながらなくて、だから直接会いに行こうと思っただけ」

「遅いだろうな」
 今度は背後から、親父の声がした。
 お帰りなさい、という声に続き、嘉川さんの家の前に立っていたことを教えている。
「もっと早くに行動を起こせば違ったかもしれないがな」
 父のその言葉は嫌な予感を秘めていた。
「風子に何かあったの」

「結婚したよ」

 それは小型爆弾の爆発のように自分の中で衝撃波となって広がった。
「私らはやめておけと言ったんだ。相手がストーカーのようにつきまとっているような男だったからね」
 しかし風子は黙ってプロポーズを受けたのだという。
「その相手に、お前が風子を弄んでいると言われてしまったら、もう何も言えなかったよ」
 弄ぶって……。

「私、前に聞いたわよね。でもお前は風子ちゃんとは何もないみたいな感じだったから、もう駄目だと思ったの」
「いつ」
「え?」
「だから結婚したのは、いつ」
「先月よ。卒業と同時にね」

 失ったものの大きさは計り知れない、と痛感した。
「最後に会った時、何か言いたそうだった。四年になる前の春休みだった」
「確か、その頃に結婚が正式に決まったな」
 父の言葉が今度は刃となって胸に突き刺さった――。


【了】 著 作:紫 草 
 
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